第28話 追われていた弓使い
「ど、どうしよう!?えーと、こういう時は・・・!」
「落ち着け!とりあえず、今のうちに剣は変えとけ」
練習用の初期装備は、ここでは不要だ。まだ時間はあるので、慌てず準備すればいい。
「わわわ、分かった!」
混乱するムルジアに指示を飛ばしつつ、俺は突き進んでくる敵集団を凝視する。
とりあえず、まずは確認だ。
俺は手早く刀を抜きつつ、集団の先頭を行く2人のプレイヤーを凝視する。
まず、1人目は、大きな弓を担いだプレイヤーだ。長い紺色の髪を二つおさげにした軽装のプレイヤー、髪型や服装からして多分女性か。
モンスターの群れから距離を空けて、全力疾走で逃げてる様子だ。
見た感じ、わざとモントレを作ってる感じじゃない。
それに、彼女の頭上に見えるアイコンは緑。MPKをするプレイヤーキラーという訳でもなさそうだ。とはいえ・・・
「なんか昨日、今日とモントレに縁あるなぁ」
思わず呟きながら、俺はメニューウィンドウをオープン。救難対応の為の簡易パーティー申請の準備をする。
「おーい!」
「は?・・・え?ちょっと、なんで!?」
俺がとりあえず大声で呼びかけると、弓の女性プレイヤーから慌てた声が返ってきた。
「ええっと・・・う、後ろの奴、見えるでしょ!?・・・に、逃げた方がいい、よ?」
お、どうやらこっちを気遣ってくれているようだ。となれば、やはり彼女は敵ではない。俺は手早く申請を送る。
「手伝うから、承認しろ!」
「ええっ!?ちょ、なんで、逃げないの!?」
「お、おい、ちょっとお前?!」
送られてきたパーティー申請に目を剥く弓のプレイヤー。
まあ、この反応は分からんでもない。
昨日のミーティさんじゃないが、こんな初期エリアにいるプレイヤーが、あんな数を相手に出来るとは思わないだろうからな。
しかし、なぜかムルジアも俺の対応に狼狽えた声を上げていた。
そんなムルジアに、俺は思わず首を傾げる。
「いや、戦るに決まってんだろ。相手は初期エリアの雑魚だろうが」
「いや、それにしたってあの数じゃ・・・」
「バカ、だからこそ、だろ。あんなん練習の成果を試す絶好のチャンスじゃねえか」
こう言っちゃアレだが、これはムルジアにとっては願ってもない実戦機会だ。
今日の練習の成果を試すのに、これほど打ってつけな相手は、そういない。
それに、仮に死んだ所で何か問題がある訳でもないのだ。
「どうせこの後、ログアウトするんだ。死んだって大した影響ねえだろ?」
そろそろ日も傾いて来てるし、夕飯食いにログアウトしなきゃなのだ。
デスペナルティなんて貰っても困りやしない。
「そ、そりゃそうかもだけど・・・!」
「そんなビビんなくたって大丈夫だって。ほら、いくぞ」
「えー?!あー、もう!!」
悲鳴染みたヤケクソ声を上げるムルジア。
それを横目に、俺は彼女からの申請が承認された事を確認。
ムルジアを連れて走りながら、手短に指示を出した。
「よし。とりあえず、魔法をぶっ放して、向こうの足を止めるぞ!あとは教えた通りに「斬って離れて」で周りから削ってけ。俺は、突っ込んで蹴散らすからよ!」
「わ、分かった」
「よし。ウイリー、来い!」
「~~!」
ウイリーを【召喚】しつつ、俺はムルジアに合図。ムルジアとウイリーが即座にそれに応えた。
「行くぞ!ウイリー、【ファイヤーボール】!」
「~~!」
「・・・・【ウォータージェット】!」
「うひゃー!?」
飛んで来た火球とジェット水流に女性プレイヤーは悲鳴を上げた。
しかし、案外余裕の身のこなしで、彼女はそれらの隙間を潜り抜ける。
おお、いい動きだ。
そして、女性とすれ違った魔法は、モンスターの群れに炸裂する。
「GYAON!?」
「GEGYAAA!?」
爆炎と水圧に押し返され、群れの勢いが一気に止まる。
その隙に、俺は女性に駆け寄り、声をかけた。
「とりあえず後ろへ!ウイリー、その人を守れ!」
「あ、ありがとう!」
「~~!」
「ダッシュしてA・・・ダッシュしてA・・・」
「防御も忘れんなよ!」
ムルジアに注意を飛ばしつつ、そのまま勢いを殺さず群れへ襲いかかる。
初手イカズチで、正面のワイルドドックを切り伏せて、さらに切り返しで右手側のゴブリンの首を飛ばす。
「よし!」
群れてはいても、所詮は初期エリアのモンスター。この程度の敵なら、俺でもワンパンだ。
昨日の『暗闇の窟』の群れより数は多いが、危険度自体はかなり低い。
混乱している今の内に切り込めば、一気に数を減らせるはずだ。
「【烈剣・累】!」
「はあぁあ!」
飛びかかってきたワイルドドックをゴブリンの集団へ吹き飛ばし、それで包囲の崩れた所へ斬り込んでいく。
そしてそれに気を取られたゴブリン達に後ろからムルジアが襲いかかった。
練習していた横薙ぎのモーションは、攻撃範囲が広いので、纏めて数匹のHPを一気に消し飛ばす。
「いいぞ!ここだ!ってトコでガンガン斬ってけ!」
「わ、分かった!」
「ただ「離れる」を忘れんなよ!足止めてると、囲まれるからな!」
「わ、分かってるよ!」
明らかに分かってなかった返事をするムルジアに苦笑しながら、俺はざっと周囲を確認する。
「WOW!」
「うおっ!?」
しかし、流石に敵の数が多すぎた。
周囲を見回す隙に、1匹のワイルドドックが背後から飛びかかってきた。
俺は咄嗟に振り返って刀の柄でワイルドドックを殴り飛ばす。
「あっぶねぇ!」
もうちょっとで押し倒される所だった。
しかし、まだ助かった、と息つくのは早い。
多少蹴散らした所で、次々とワイルドドックやゴブリン達が襲いかかってくるのだ。
「くっ・・・!」
くそ、昨日の『暗闇の窟』の時とは違って、連中のヘイトが全部俺に向いてて、キツイ!だが、
「・・・集中しろ!」
雑魚相手だと、正面から突っ込んだのは俺自身だ!
ここで死んだら、ゴブリンシャーマン戦の時と同じだ。
同じ轍を踏んでたまるか!
俺は意識のギアを上げ、全力で全方位を幻視する。
本来見えない全方向の敵を警戒し、そして片っ端から切り伏せた。
「はぁ!・・・【累】!・・・はッ!オラァ!」
「はぁッ!!」
【烈剣・累】で進路をこじ開けながら、ダメージ覚悟で強引に群れを引っ掻き回す。
ムルジアも、群れの外周を周りながらワンパンしやすいゴブリンを狙って斬りかかった。
さらにそこへ、第3の攻撃が飛び込んでくる。
「【ペネトレイトアロー】!!」
「「「GYAN!?」」」
「・・・おお!?」
不意の飛んできた1本の矢が、数匹のゴブリンの身体をまとめて串刺しにした。
同時に、先ほどの女性プレイヤーの声が、フィールドに響き渡る。
「お待たせ!こ、ここからは・・・ボクも一緒に戦うよ!」
その言葉と共に飛んできた矢が再び敵を射抜き、敵の包囲に穴を開けた。
俺は咄嗟に、その包囲の穴へ斬り込んで、群れの外へと飛び出す。
そして、ショートカットからポーションを出して飲み干し、削られたHPを回復した。
「ふう!・・・助かったぜ!え~と?」
「リコリオだよ!見ての通り【弓兵】でレベルは18!」
「リコリオさんね。・・・俺はユーフラット!そっちの金髪はムルジアだ!」
「よろしく!巻き込んでごめんね!追いつかれそうだったから助かったよ!」
「気にすんな!」
むしろ、カッコつけて突っ込んだのに、逆に助けられてんだから、世話がない。
俺は、改めて群れとの間合いを測りながら、リコリオさんを守る位置へと移動する。
「とりあえず、近づけさせなきゃ、大丈夫か?」
「お願い!ボク、遠距離オンリーでさー!だから、トレインからは逃げるしかなくて!」
「・・・なるほど」
確かにチラッと見た感じ、リコリオさんは近接系の装備は持っていない。
武器らしいものは、身の丈を超える黒い弓と矢筒くらいだ。
アレでモンスタートレインをどうにかするのは、確かに色々無理がある。
しかし、後衛のリコリオさんの存在は、今の俺達にはありがたかった。
なんせ俺もムルジアも、思いっきり剣で戦う前衛だからな。
集団と戦うなら、後衛の存在は必要不可欠だ。
逆に言えば、腕の良い後衛がいるなら無理に敵陣に突っ込む必要はない。
「よし。ウイリー、その人に敵を近づけさせんなよ!」
「~~!」
「ムルジア、お前もこっち来い!リコリオさんの前で群れを食い止めるぞ!」
「わ、分かった!」
後衛がいるなら、前衛の仕事は戦線の維持だ。前線を後衛に近づけさせなければ、それだけで殲滅速度は跳ね上がる。
そして、それはすぐに効果を現した。
敵全体がリコリオに向かおうとするので、俺達があまり動かなくても迎撃できるようになったのだ。取りこぼしても、ウイリーの魔法で迎撃出来るので、効率が格段に跳ね上がる。
とはいえ、数が数だ。流石にちょっと忙しいので、俺は後ろに尋ねた。
「リコリオさん、範囲攻撃は?」
「お、決めるんだね?分かった、任せてよ!」
「よし!・・・ウイリー、お前も攻撃のタイミング、リコリオさんに合わせろ!ムルジア、一気に押し切るぞ!」
「お、おう!」
「~~!」
作戦を、迎撃から彼女の弓矢とウイリーの魔法による殲滅に切り替える。
俺の集中力もいつ切れるとも限らないし、早く終わらせるに越した事はないのだ。
「いいよ!」
「よし、押し込め!【烈剣・累】!【蛟】!」
「セットアップ!はぁ!・・・【ウォータージェット】!」
「いっけー!【フォールボンバー】!」
「【~~】!」
俺が突っ込んでくる敵を食い止め、吹き飛ばし、さらにムルジアがジェット水流で集団を押し返す。
そしてそこへ、曲射で放たれた矢が上空から飛来して敵陣中央で炸裂し、さらに【ファイヤーボール】の爆炎が弾ける。
あっという間に、モンスターの群れは半壊してしまった。
「やった、これで・・・!」
「あと少しだね!」
一気に敵を吹き飛ばして、ムルジアとリコリオさんの表情が緩む。
俺も、終わりが見えて来た事に小さく安堵が溢れた。
ここまで来れば、あとは消化試合だ。
しかし、そう思った直後、フィールドの空気が変わった。
「「「ッ・・・!?」」」
かつてない戦慄が俺達の背筋を駆け抜けた。
「AWOOOOOOO!」
「は?」
「あ・・・!」
「んな!?」
力強い遠吠えが響き渡り、その声に塗り潰されるように、周りの景色が激変する。
だだっ広い明るい草原が、視界の端から薄暗い草原へと切り替わっていくのだ。
今まで見たことのない劇的なフィールドの変化に、思わず目を見張る。
なんだこりゃ!?
しかし、驚いている間にも、畳み掛けるように事態は動いた。
「GURURURURU・・・!」
「「「ッ!!」」」
事態が飲み込めない状況の中、低い唸り声が這い寄って来た。
「!?・・・お、おい!」
「ッ・・・マジか?!」
「ええぇ、うそぉ・・・」
ムルジアの声に振り返って、俺は思わず引き攣った。
いつの間にか、ソイツは俺達を悠然と睨みつけていたのだ。
周囲のモンスター達の存在を、空間ごとまとめて塗り潰すような強烈な威圧感に、俺は思わず戦慄した。
「・・・な、なんだ、コイツ?!」
そこには、見た事のない緋い獣が立っていた。
姿形はワイルドドックに似ている。しかし、サイズがどう見ても段違いだ。
明らかに他のワイルドドックよりも2回りは大きい。
なりは犬だが、サイズ感はもうヒグマだ。
その威容の猛犬が、苛烈な敵意で俺達を睨んでいたのだ。
その姿は、まさに威風堂々。
それを目の当たりにしたゴブリン達は、一目散に逃げ出した。
逆にワイルドドック達は、奴の下へ迷いなく集結する。
結果、6匹のワイルドドック達が、赤毛の猛犬に並び立って俺達を一斉に睨みつけてくる。
そんな光景を目の当たりにして、ムルジアが震える声で呟いた。
「・・・こ、コマンダードック・・・!」
「!?」
ちょっと待て、その名前、聞き覚えがあんぞ?
確か昨日、アヤが言っていたこの草原に出現する7種目のモンスターだ!
フィールドに1匹しか存在しないという徘徊ボス!
「・・・ったく、とんでもないのが出てきたな」
予想だにしない事態に、思わず悪態が漏れた。
大柄で燃えるような緋い体躯。手下を従えるその風格。そして何より、このプレッシャー。
明らかに今まで戦ってきたチュートリアルのモンスター達とは別物だ。
これは、簡単に勝てる相手じゃねえ。
刀を握り直し、俺はコマンダードックを睨みつける。
すると、コマンダードックの放つ気配が、さらに熱を帯びた。
「AWOOOOOOO!」
草原を焼き尽くさんばかりの灼熱の敵意が、遠吠えと共に場に響き渡る。
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
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