第15話 鍛錬と鍛接
「ふぁ・・・さて、やってくか」
思わず漏れ出た欠伸を噛み殺しながら、俺は早速準備を開始した。
俺は今日も、ファースの企業組合に直行し、レンタルスペースに陣取っていた。
今日の予定は、ひとまず昨夜用意したインゴットを使ってアヤが来るまでに新しい刀を作る事だった。
というのも、10時くらいにはアヤが配信を始めるのだ。それに出演が決まっている以上、あまり時間がないのである。
何の理由か知らないが、俺はアヤの助っ人としてゲームに引っ張り込まれた。
その助っ人が、それなりの実力があると視聴者に理解して貰う為には、目に見えた成果があった方が良いのである。
「まあ、もうボス突破の動画とかもあるけどな」
でも、せっかくならば、初期装備からある程度の変化は欲しい所だ。そして、装備を変えるなら、やっぱまずは刀だろう。
せっかく【侍】なんて職業に就いたのだし、『将軍様』としては、こだわりたいポイントだ。
初期装備の刀は、耐久値がバカ高くて壊れにくいというのは魅力だが、攻撃力が低く、重量バランスも今ひとつ。出来れば、もう少し振りやすい刀が欲しかった。
「・・・まあ、自分で作れるってのは、ある意味、贅沢だよな~」
気に入らなければ、何度でも作り直せるので、非常に気楽である。
あんまり難しい事は考えず、やるだけやってみればいいのだ。
(・・・そんなに上手くいきますかねぇ?)
フェニスが、ちょっと呆れ気味に脳裏で呟くが、ここは無視。とりあえずやってみなければ、何も分からないのだ。
挑戦あるのみである。
という訳で、俺は早速、ボックスから鍛治用の道具類を出して準備を始めた。
携帯炉を置き、その周りに金床、ハンマー、ヤットコ、万能型枠、水槽を使いやすいように配置。レンタルスペースに付属の椅子を持ってきて座り、水槽に汲んでおいた井戸水を張る。
そして、炉の脇に昨日作っておいたインゴットを積み上げた。さらにそこへ、いくつかのアイテムを並べる。
「・・・鍛接剤やら炭粉やら泥やら、地味にリアルなんだよなぁ」
俺は、思わず首を傾げる。
どれもこれも組合のNPCに言われて買ってきた物だが、普通ゲームの鍛治でここまでやらないと思うのだが。
俺は、『成暴』にハマっていた頃に、古流剣術や日本刀関係の動画を見まくっていたので知っているが、普通の人は、刀作りに炭粉や泥が必要なんて知る訳ないし、鍛接剤など名前を聞いたことさえないだろう。
まあ、ゲームなので作業指示に従ってやれば良いだけだから、理解する必要まではないのだが。
「まあ良いか。さっさとやんべ」
という訳で、とりあえず作業開始だ。
万能型枠を板状の形状に変えて炭粉を振っておき、同時にインゴットを1つ、ルツボで溶かす。
溶かしたインゴットを型に流して整形し、ある程度固まったら型から出してハンマーで叩く。
この時、タイミングを見てタガネを使って板に切れ込みを入れて半分に折りたたみ、さらに叩いて同じ大きさに伸ばす。
そしたら炉に入れて再度熱し、もう一度折りたたむ。
この折りたたんで伸ばす工程を、何度も繰り返し強い鋼を作るのだ。
『折り返し鍛錬』という日本古来の鍛造技術である。
ハンマーで叩く事で、火花として不純物を叩き出し、折りたたんで伸ばす事で炭粉の炭素を鉄全体に混ぜ合わせていくのだ。
本来だったら2人がかり。現代の名工でさえ機械に頼る工程なのだが、ゲーム故に作業は滞りなく終了した。
「・・・次」
同じ工程を、今度は炭粉を減らして行う。
こうして炭素量を変えた2種類の強度の違う鋼を鍛えるのが、刀作りの肝だ。・・・運営は、なんでゲームにこんなガチな刀作りを再現してるんだろうか?
モーションアシストが役に立たない【侍】の仕様の時も思ったが、刀に対してガチ過ぎる気がする。
「・・・まあ、そこまで大変じゃねえから良いけど」
リアルと違って折り返す回数は少ないし、作業の難易度もそこまで高くない。
しかも、ゲーム故にMPとSPを消費する事で材料からコマンド生産も出来るので、一度作ってしまえば、手間は結構省略出来る。
「・・・まあ、俺はMPが無いから、使えねえけどな」
MPポーションを飲みながらだったら出来るが、まだテスト段階なのでそれはしない。
とりあえず、両方の鋼のインゴットを、3つずつ作って感触を確かめる。
ここまでは、ちょっとした準備運動だ。
体が音ゲーに慣れてきたのを確かめて、いよいよ本番である。
「よし、いくか!」
硬い鋼と軟い鋼をそれぞれ熱し、鍛接剤(鍛造で金属をくっつけるための接着剤的な物)で硬い鋼で軟い鋼をU字型に覆うように張り合わせる。
これは『造り込み』という作業で、柔らかく衝撃を吸収する芯金に、刃になる硬い刃金を被せているのだ。
刀の銀色に光っている部分が刃金、黒い峰側の部分が芯金と思えば良い。
物に直接ぶつかる刃の部分は、硬く。衝撃を受け止める芯部分は、粘りのある軟い金属で作る事で、刀は、『折れず、曲がらず、よく切れる』武器になるのだ。
あとは、この合体金属を刀の形になるように叩いて伸ばしていくだけだ。
しかし、ここで俺は慄いた。
「!?・・・硬ったぁ~!」
十分、炉で熱して音楽がスタートしたにも関わらず、金属が硬くて思うように伸ばせない。
音楽のテンポも早く、いきなり難易度が跳ね上がった感じだ。
俺はそれでも食らいついたが、結局、思ったように金属が伸びず、最初の一回は失敗してしまった。
「・・・マジか」
俺は、呆然と消えていく金属塊を見下ろして呟くしかない。
まさかの結果だったのだ。
なんの変哲もない刀を作ろうとしただけだぞ?別に凝った事をしたり、特別な材料を使おうとした訳じゃない。
それなのに、この難易度・・・?
(だから言ったじゃないですか。最初は、素直に鋳造刀にしておいた方が良いですよって・・・」
「うっせえ!鋳造の日本刀なんて、邪道だ、邪道!!」
それ見たことか、と呆れるフェニスに、俺は思わず吠え返す。
実は、炭粉やらを買い込んでいる時、フェニスからそう忠告されてはいたのだ。
しかし、俺はそれを突っぱねて、鍛造の刀を作ろうとしたのである。
だが、実際フェニスの主張は正しかったようだ。
俺はスマホから生産メニューを開いて、そこに並んだ項目を睨みつける。
「くっそ~・・・「ホンモノの刀」は簡単には作らせねえぞ、ってか?!」
俺は、思わず悪態を吐いてしまう。
そこには、現在俺が鍛治で作る事のできる金属製品のリストが載っている。
このリストから作りたい物を選んで実行すると、手順の説明とガイドが出る仕組みになっているのだ。
そして、肝心の「刀」の項目なのだが、なぜか「刀」と「鋳造刀」の2種類あるのだ。
その違いが分かる俺は、思わず歯噛みしてしまう。
日本刀というのは、鉄塊をハンマーで叩いて形を作っていく鍛造で作る物だ。
型枠に融かした鉄を流し込んで剣の形に固めてから作る鋳造式の剣ではないのだ。
もちろん鋳造式の剣が弱いというつもりはない。むしろ工業的には鋳造刀剣の方がよっぽど高度とさえ言える。
石炭が自由に使えず、大規模で高温の炉が使えなかったからこそ、日本人は鍛造で刀を作り続けていたのだ。
しかし、工業レベルとしては低くとも、日本の鍛治士達は、その限られた環境で鍛造を発展させ、世界最高峰の切れ味を誇る「日本刀」という剣を創り出したのだ。
それを知るからこそ、日本刀なら鍛造だろう!という気持ちは捨てられねえよ!
だって好きなんだもの!!
「くっそ~、普通、ゲームなら形だけ変えて中身は同じとかだろ!?なんだって刀周りだけこんなマニアックなんだよ!?」
鋳造、鍛造の違いがあるだけでも驚きなのに、まさか刃金と芯金を合わせて甲伏せにするなんて刀身の二重構造を再現するゲームがあろうとは。
「・・・あえて鋳造式を分けている辺り、開発も色々分かってやってんな?」
そのまま刀を鍛造だけにすると、刀が出回らないので、作りやすい「鋳造刀」なんてジャンルを追加したのだろう。
実際、万能型枠の中には、しっかり刀の設定が入っている。
「・・・むう・・・フェニス、これ、俺の小手先のアレコレでどうにかなると思うか?」
(無理じゃないですかねぇ。音ゲーが難しいだけなら、お兄さんならどうにか出来るでしょうけど)
「・・・だよなぁ」
俺の問いかけに、明らかにやる気がない口調でフェニスが返す。
そしてその分かり切った返答に、俺はグッタリと項垂れるしかなかった。
ここまでの試行錯誤で、【鍛治】におけるステータスの関係性は一応、俺も分かっている。
金属を曲げ伸ばしする力は「ATK」を、加工精度を決める音ゲー的なミニゲームの難易度は「DEX」を参照しているらしいのだ。
つまり、「ハンマーの手応えが硬い」=「攻撃力不足」。「音ゲーが難しい」=「器用度不足」となる。
DEXは、なんとかなる。さっきやった感触からして、おそらく練習すればイケるだろう。
しかし、「ATKが足りていない」という要因は、俺のプレイヤースキルでどうにか出来るものじゃないのだ。
要するに、ステータスの底上げが必要な訳だからな。
「・・・ATKかぁ」
鋼の加工までは問題なかったので、おそらく原因は「鍛接剤による素材の貼り合わせ」だ。
現実の鋼の張り合わせも、しっかり一体化させないと割れたり剥離が起きたりするらしいし、単純な整形よりも難易度が高い扱いなのだろう。
しかし、どうしたもんか?
(いや、普通に諦めて鋳造で作りましょうよ?)
「・・・ヤダ」
(・・・いや、何、子供みたいな事言ってんですか・・・)
「うっせえ!刀は鍛造だ!これは譲れねえ!!」
初期装備は、仕方ねえ。選択肢がないからな。
だが、刀に鍛造と鋳造があると分かった以上、使うなら鍛造に決まっていた。
攻撃力が低いとかならいくらでも諦めがつくが、そこを妥協したら、日本刀好きとして自分を許せない。
「・・・こうなりゃ、作ったインゴット全部使って、【鍛治士】と【鍛治術】のレベルを上げるしかねえな。時間がねえが、やるっきゃねえ」
思わず幽鬼のような声音で呟きながら、俺は改めて炉へ向き直った。
そんな俺へ、フェニスが冷ややかにツッこむ。
(いや、それはダメですって)
「は?・・・なんでだよ?」
(せっかく集めた素材が全部無駄になるじゃないですか。ATKが足りないなら、戦闘で【侍】とか他のアビカのレベルを上げたって良いですし、レベル上げ以外にだって、装備を見直すとか、バフをかけるとか。その辺、全部忘れてません?)
「・・・・あ」
そうだった。この場合、必要なステータスは「ATK」であって、【鍛治士】のレベルじゃない。
いや、【鍛治士】のレベルを上げる事にも意味はあるが、単純なステータスアップなら、生産よりも戦闘の方が経験値効率は上なのだ。
それに、生産プレイヤーだって、生産用の装備を使うものだし、昨日戦ったハードオックスの時のように、作業中にATKバフをかけて貰えば、成功する可能性もある。
その辺のアプローチを試しもせずに、ここで素材を全部使い込むのは、確かに悪手だった。
知らず知らずの内に、失敗のショックで完全に冷静さを失っていた。
(何でもかんでも、ムキになればどうにかなるモンじゃないですよ?少しは考えてから動いて下さい)
「・・・・・・」
ぐうの音も出ない。
「・・・でもよぉ、そうは言われても、生産装備なんてどうすりゃ良いんだよ?それに、バフを掛けてもらうって言っても、アヤが来てからじゃ遅いんだし・・・」
今は、時間もないし、アヤにも頼れないのだ。
頭を抱える俺へ、フェニスは重々しくため息を吐いた。
(はぁ・・・いや、そこはお姉さん以外を頼りましょうよ。具体的には、今話をしてる私を!)
「あ・・・えーと・・・すんません」
そりゃそうだ。
さっきからフェニスは、俺にずっとアドバイスをしてくれているのだ。それを差し置いてアヤの名前を出されたら、良い気などする訳がない。
素直に平謝りする俺に、フェニスはプリプリと苦言を漏らす。
(ホント、失礼しちゃいます!そもそも私は、お兄さんのゲームのサポートの為に生まれたんですよ?!・・・つまり、まさに!今が!私の本領発揮の場面なんです!・・・ここで役に立てなきゃ、私は一体なんなんですか!?)
「いや、そこまで気合い入れんでも」
まあ、7年前、フェニスが電子知性として覚醒する前は、とあるゲームのプレイヤーサポートAIだった訳だから、言いたい事は分からんでもないけど。
しかし、そこは譲れない所なのか、フェニスは声を荒げて続ける。
(いいえ、気合い入れますよ!なにせ、これが私なりのゲームの楽しみなんですから!お兄さんにゲームで活躍して貰うお手伝いが、元サポートAIなりの楽しみなんです!)
「・・・そういうもんか?」
(そういうモンです!)
まあ、俺にはメリットしかない話だから良いっちゃ良いが。
しかし、俺のサポートがゲームの楽しみって言われてもピンとこない。
俺は、今一つ分からない感覚に首を傾げながら、とりあえずフェニスに話を聞いてみる事にした。
少なくとも俺よりはマトモな考えがあるのは間違いないんだろうし。
「よし。だったら、お前の策を聞かせて貰おうか。それだけ言うって事は、何か当てがあるんだろ?」
(もちろんです!お任せください!)
俺の自信満々にフェニスは請け負うのだった。
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