最終回 重い女
「...んっ、もぉ〜。一生くん、顔赤いよ?」
情事の余韻が身体中に残っている静謐甘美な雰囲気の中、真香先輩は生まれたままの姿で僕の胸板に『すき』となぞる。
当然、僕も何も着ていないので、先輩の人差し指と僕の肌が滑らかに擦れ合った。
くすぐったさと胸の高鳴りが交差し、脳内が恋で埋め尽くされていく。
あれから僕たちは何もかも忘れて、交わり合った。
真香先輩の肌は壊れてしまいそうなほど、繊細で柔らかかった。
僕の孤独も、喪失感も、醜いルサンチマンも、彼女の温もりが全て包み込んでくれたことは、一生忘れないだろう。
「せ、先輩が可愛すぎるせいです!」
「...もう先輩じゃないでしょ?真香、って呼んで?」
「.......ま、真香!さん」
「ん、及第点はあげる!......もぉ〜君ってば照れ屋さんなんだから〜」
真香先輩は満足げにはにかむと、シャワーを浴びる為にベッドを降りた。
バスルームから水音が響き始める。
真香先輩と付き合って舞い上がっている僕からすれば、この音も陽気な四重奏に聞こえた。
幸せだ。僕は今、世界でいちばんの幸せ者だ。
それもこれも自分自身の意思で大好きな人と一緒になれたからだろう。
バスルームからの音に少しそわそわした僕は、何気なく部屋を見渡した。
この部屋に来た19時頃にも思ったが、やはり生活感があまりない。
隙なく整理整頓されており、そもそも物の絶対数が少ないので、どこか無機質さを帯びていた。
今流行りのミニマリストというやつだろうか。
ガジェットや雑誌、本、インテリアなどがなく、まるで僕を受け入れる為に用意された舞台セットのような感じだ。
「...なんだこれ」
ダイニングテーブルの引き出しがわずかに開いていた。
いつもの僕なら、人のものを無許可で見るなんて事は、絶対にしない。
しかし、このあまりに情報量が少ない部屋で大好きな彼女のことを知りたいという欲求が上回ったしまった。
僕はバスルームの方を執拗に確認して、そっと引き出しを開けた。
そこには一冊のノートとぐちゃぐちゃになった領収書が入っていた。
ノートの表紙には、几帳面な文字でこう書かれている。
『一生くん ラブラブノート vol4』
背筋に悪寒が走った。
嫌な予感を脊髄で感じながら、震える手でページを捲る。
『6月20日 バイト先のシフト調整を色々融通してもらえるようになった。あの子から他の女の匂いがする。許せない許せない許せない許せない。これもきっと、私の実存の糧となる。何もない私に優しくしてくれたあの子は渡さない』
『9月3日 西園寺流奈のインスタ垢を見つけた。流行に弱く、退屈を嫌っているミーハーな女子という感じだ。K-popや男性インフルエンサーが好きらしい。あの子は女の子らしい子が好きなのだろうか。』
『12月5日 長嶋優が数年前にコンビニで全裸になってる写真を彼のアカウントから見つけた。インスタでDMをし、例の写真の件と5万円の報酬を提示したら協力してくれると言ってくれた。流石は彼のサークルメンバーである。どうやら流奈をヤリチンで有名な先輩がいる合コンに連れて行って、先輩をけしかけ撮影する予定らしい。』
『12月25日 血糊と使用済みのゴムをメルカリで買った。私は彼に選択して欲しいので、絶対にうやむやでするつもりはない。選び取らないと私と彼の人生の意味にはならないから。』
息の根が止まるかと思った。
そこに書かれていたのは、単なる日記ではない。
僕の人生の筋書きだった。
領収書の日付はかなり昔のものから最新のものまであって、宛名は探偵事務所や興信所。
何が何だかわからなかった。
あれは全部、僕は何も選んでな、、、
「...見ちゃった?」
背後から人類愛と慈しみに満ちたような声がした。
振り返るとそこにはバスタオル一枚を羽織り、豊満な胸を少し揺らしながらこちらを見つめている真香先輩が立っていた。
濡れた髪から零れ落ちる水滴が、リズミカルに床へと直撃してシミを作っている。
真香先輩は僕が勝手に見たことに対して、怒ってもいないし、焦ってもいなかった。
ただ愛おしそうに僕の目を覗き込んでくる。
「ど、どういうことですか!?今わかんない。えっ、えっ、先輩が全部仕組んだんですか?」
「違うよ。必然。君は優しいから悪い人はそれを利用しようとするでしょ?」
真香先輩はゆっくりと僕へ近づき、ベッドに腰掛けた。
そして僕の頬に冷たい手を添える、
「あの子は浮気した......そうだよね?」
「そ、それは...はい。」
「きっとこの世に意味なんてないんだよ。君はずっと誰かが選んでくれるのを待ってた。そうだよね?」
「.......」
「君は傷つき、苦悩して私を選んでくれた。私も計画し、愛して君を選んだの。一生くんはそれをわたしが仕組んだ、って言うかもだけど、そこで生まれた意味は同じ純愛だよ?」
真香先輩を小首をかしげ、さも当然かのように呟く。
狂っている。意味がわからない。
意味?選択?純愛?
けれども足が動かない。
恐怖のせいではない。
きっと僕も真香先輩という安寧を求めているのだ。
例え温もりが、言葉が、偽りだったとしても。
初めて僕が選び抜き、僕を求めてくれたのが真香先輩だったから。
「一生くん、大好き。愛してる。好き好き好き好き好き好き」
真香先輩は、純白の腕を僕の首に艶かしく絡みつけてくる。
甘いシャンプーの香りが脳天を犯していく。
強烈な眠気に似た何かが、僕の中を掻き回しているのを感じる。それはまるで絶頂のようだった。
「外は冷たいよ?裏切りと無関心と搾取で満ちてる。でも、この部屋にいれば君はずっと私の主人公でいられるの」
僕の愛おしい彼女は耳元で小悪魔のように囁いた。
彼女の温かい息が僕を包み込む。
「...せ、先輩さっきの続きしませんか?」
「ふふ、よくできました。だ〜い好きだよ。私はずっと君だけの女の子だから、重い女だけど愛してくれる?」
【完結】
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