第七章 新天地

 快速から新幹線に乗り継ぎ、二時間ほど揺られたのち、瑠央と姫奈は目的地へと到着した。


 二人は手を繋いで、仙台駅のホームへと降り立った。その瞬間、瑠央はこれまでになかった肌寒さを感じ、首元を締め直す。


 今は六月初旬で、夏になるかならないかの時期だが、東北に入ったせいなのか、気温が東京よりも低いようだ。たった二つほどの県を跨いだだけで、これほど違うものかと驚きを覚えた。


 姫奈も寒さを感じているらしく、腕をさすっていた。彼女は瑠央よりも薄着なのだ。


 瑠央は上着を脱ぐと、姫奈に被せた。姫奈は「ありがとう」と笑顔で応じる。


 「まずは服を買おう」


 昨日から着替えておらず、ずっと同じ服装のままだ。まだ臭いはないが、これではいずれ駄目になるだろう。


 二人は仙台駅ビル内にあるショッピングモールにて、服と必要な物品を買った。持ち運びに便利な小型のキャリーケースも購入し、中に荷物を入れる。


 キャリーケースを引いて歩く二人の姿は、どう見ても旅行中の若いカップルそのものだ。よもや、家出中の高校生兄妹とは想像もつかないだろう。つまり、警察の目をかいくぐれる算段が高かった。


 準備が整ったあとは、泊まる場所を探さなければならない。瑠央と姫奈は、仙台駅を出て、榴岡方面へ向かって歩いた。


 現在の時刻は昼前くらい。平日とはいえ、駅近くの路上は大勢の人間が往来していた。さすがに学生服姿の人間は少ないが、高校生くらいの若い人間の姿もあり、瑠央と姫奈に注意が向けられる要因は皆無といえた。


 「どこに泊まるの?」


 キャリーケースを引きながら、姫奈は尋ねる。


 「そうだな」


 瑠央は悩む。近くにビジネスホテルはあるが、宿泊の際は身分証の提示が求められるだろう。


 それは、大抵の宿泊施設で言えることだ。つまり、泊まる場所は限定される。


 「やっぱり、ラブホかな」


 瑠央が言うと、姫奈は唇を尖らせた。


 「せっかく仙台まできたのに、またラブホに泊まるの?」


 「仕方ないだろ。身分証なんて出せないんだから」


 瑠央がぴしゃりと注意を促すと、姫奈は拗ねたように、そっぽを向いた。


 やれやれと思うが、気持ちはわかる。だから、姫奈の機嫌が良くなるネタを提供しようと思った。


 「ラブホに泊まるのも少しの辛抱さ。この地域にきた理由を思い出してみて」


 瑠央は姫奈にそう伝える。すると、姫奈は日が差したように顔を明るくさせた。こちらの腕に抱き付く。


 「わかってる。早く見に行きたい!」


 姫奈は、遊園地をせがむ子供のように、無邪気に催促した。


 二人が逃避行の先に仙台を選んだのには、いくつか理由があった。一つが、東京からほどよく遠く、かつ都市の規模が丁度良い点。


 そして、最大の理由が、以前デートで発見した『白い家』の物件がある土地だからだ。


 昨夜、鶯谷町のラブホテルで話し合ったところ、姫奈の強い希望があった。二人で暮らすなら、前から語っていたように、海を見下ろす丘の上に建つ、一軒の『白い家』がよいと。


 姫奈の願望は聞き及んでいたので、瑠央は思案する。叶えてやりたいが、どうすればいいものか。


 その時、瑠央は思い出す。前のデートの時、不動産屋で姫奈から始めて『白い家』の話を聞いた際、紹介されていた家。売れ残りを処分するために、東京でも広告されていたもの。


 掲示されていた物件は、仙台だと表記されてあった。逃避行の行き先が決まるかもしれない。


 瑠央はスマートフォンで、記憶にあった不動産屋の名前を検索する。案の定、全国規模の会社であり、仙台でも同じ物件が紹介されてあることを発見した。


 そこで二人は、『白い家』の姿を直接見るために、目的地を東北の地に定めたのだ。


 「家の内見は明日な。今日は泊まるところの選定と、体裁を整えるのが先だ。服も洗わないと」


 瑠央の提案に、姫奈は渋々ながらも「はーい」と首肯する。


 「それで泊まるラブホはどこにするの?」


 「駅から遠くもなく、近くもない場所がいいな。それに、一箇所に泊まり続けるよりも、転々としたほうがリスクが少なくなる」


 「例の『白い家』にはいつ住むの?」


 「うーん」


 あの物件は賃貸ではなく、売却物件と表記されてあった。高校生の身分で、かつ、家出中の若い男女が物件を購入するのは至難の業といえた。そもそも、逃走資金が潤沢とはいえ、購入費用としては当然、足元にも及ばない。頭金がせいぜいである。


 だが、賃貸ならその限りではないはずだ。二人とも高校生ではあるが、賃貸契約が結べない理由にはならないだろう。特に、瑠央の年齢は十八である。成人としてカウントされるため、保護者の同意は必要ないのだとネットでは説明されてあった。


 もしも、上手く賃貸契約が結べるのならば、『白い家』に住むことが可能かもしれない。


 何にせよ、明日、不動産屋に話を訊いてみるまでは何もわからないのだ。もしかしたら、融通を利かせてくれる可能性も無きしにもあらずである。


 だが――。


 瑠央の心に影が差す。仮に『白い家』に住めたとしても、そこから先はどうなるのだろうか。勢い込んで家を飛び出してきたはいいが、先行きは暗いかもしれない。


 「お兄ちゃん?」


 姫奈が、心配そうに顔をのぞき込んできた。瑠央は無理に笑顔を作り、肩をすくめる。


 「あの家の件は、不動産会社に相談だな。借りられるのなら、すぐにでも借りて住もう」


 瑠央の前向きな意見に、姫奈は目を輝かせて頷いた。


 「うん!」


 朝は晴れていた空が、今は雲に覆われ始めていた。



 二人が拠点にするラブホテルは、仙台駅から少し離れた宮城野地区にあった。仙台駅から歩いて十五分ほどかかり、人通りの多い住宅街の隅っこに隠れたように存在するため、二人を捜索する人間がいたとしても、なかなかたどり着くには困難な場所だと思われた。


 部屋を選び、室内に入った二人は、ほっと息をつく。昨日から緊迫の連続であり、落ち着けるタイミングなどなかったため、ようやく安全圏に逃げ込めたという気持ちが二人を安堵へと導いた。


 「さっそく着替えよう」


 姫奈はキャリーケースから、買ったばかりの洋服を取り出した。そして、着替え始める。


 瑠央も同じように服を替えた。汚れた服のほうは、あとでコインランドリーにでも行って、洗濯すればいいだろう。


 着替え終わった二人は、お互い向き直った。姫奈の服はテレコレースのキャミソールに、長袖のトップスを合わせたコーデだった。ボトムは黒のフレアスカート。落ち着いた雰囲気だが、とてもセクシーに感じた。


 「可愛いよ」


 瑠央は姫奈を抱き寄せた。レースになっている華奢な肩に手を回していると、このまま押し倒したくなってくる。


 ここはラブホテルだ。本来、そういう行為をする場所である。姫奈も乗り気のようだし、セックスしてもいいかもしれない。


 そう思い、瑠央は行動に移そうとしたが、寸前で自重する。今はまだやることが山積していた。セックスをしている場合ではないのだ。今夜はここに泊まるのだし、夜にも体を重ねることができるだろう。


 瑠央は姫奈にキスをすると、言った。


 「色々やることがある。出かけよう」



 二人揃って、ラブホテルを出る。このラブホテルは料金が先払いであるため、外出は自由であった。


 衣替えのごとく、服を新調したため、寒さは感じなかった。


 瑠央と姫奈は、手を繋いで、予めスマートフォンで調べた近くのコインランドリーに赴く。


 中に入り、さっきまで着ていた服を二人分、まとめて洗濯機に放り込んだ。他に利用客は見当たらず、貸切のような状態だ。しかし、防犯カメラhが付いているため、淫らな行為はできないだろう。


 服が回転しているのを見ながら、瑠央は姫奈に言う。


 「仙台駅前に不動産屋がある。そこに例の物件が掲示されているみたいだから、内見が明日可能かどうか、相談に行ってみよう」


 ディズニーランドに行くと告げられた子供のように、姫奈は無邪気に喜びをあらわにした。


 「うん! ようやく、二人で暮らす夢の家を見られるんだね」


 「ああ。そうだな」


 瑠央は頷き、洗濯中の服を残したまま、姫奈と一緒にコインランドリーから外に出る。戻る頃には丁度洗い終わっている頃だろう。


 空は雨が降り出さんばかりに、曇っていた。


 仙台駅に向かっている最中、瑠央は気になるものを見つけ、立ち止まった。今現在、二人が歩いている場所は、仙台駅から続く宮城野通りという大通りの途中だった。


 気になるものとは、小さな石碑だ。プレートが嵌っており、『榴岡公園』と記されてあった。


 「公園があるんだって」


 瑠央は隣にいる姫奈に言った。


 「奥のほうにあるのかな?」


 姫奈も興味を惹かれたらしく、きょろきょろと辺りを見回していた。


 確かに、公園と記されているものの、目の前には駐車場が広がっているだけだ。奥は丘のようになっており、先が確認できない。ここからでは、公園らしきものはなさそうに見える。どこにあるのだろうか。


 「これじゃない?」


 姫奈は白魚のような細い指で、石碑の隣を指差す。


 姫奈が指差した先には、小さな立看板が置かれてあった。立看板には、案内図が貼られている。


 その地図によれば、駐車場の奥にある丘の先に、公園が広がっているとのこと。


 「行ってみようか」


 瑠央は訊く。


 「不動産屋はどうするの?」


 「まだ時間はあるし、店舗は逃げはしないから、充分間に合うよ」


 瑠央の説明に、姫奈は首肯した。


 「デートだね」


 姫奈は楽しそうに呟く。


 「行こうか」


 二人は手を繋ぎ、公園のほうへ向かって足を踏み出した。


 榴岡公園は、地図で見る以上に広大な公園だった。駐車場の奥にある丘の先に広がっていて、外観から想像できないほど、奥行きがあった。


 入り口から遊歩道が続き、内部は随分と入り組んでいることが理解できる。遊歩道を老人や子連れの女性がのんびりと歩いている姿が目に入った。


 歩道脇には、針葉樹が多く植えられており、曇り空から放たれる鈍い光を受け、絵の具で塗ったようにくすんだ色を反射させていた。


 しばらく、二人は無言で景色を堪能する。空は曇っているとはいえ、公園内はとても穏やかだ。平和な日常を体現しているようだった。許されざる兄妹愛の末、家出をし、逃避行に走った二人にとっては、まるで別世界である。


 少し歩き、やがて開けた場所に出た。芝生に覆われた野球場くらいの広場だ。レジャーシートを広げて座っている利用者や、芝生の上を走り回る子供たちの姿が散見される。


 やや肌寒い気温だが、行楽中の人たちをチェックすると、薄着の人も多かった。東北に住む人は、やはり関東人よりも寒さに強いと思わせる光景だった。


 瑠央たちは、手を繋いだまま、広場真横の遊歩道を通過する。子供たちのはしゃぎ声が耳へと届いていた。


 広場を抜ける時くらいに、姫奈が唐突に質問を行った。


 「ねえ、前にエジプト神話の話をしたの覚えてる?」


 瑠央は頷く。確か姫奈と一緒に千代田区の家に住んでいた時に聞いた話だ。


 「大地の神ゲブと、天空の神ヌトのことだろ? 兄妹で愛し合っていて、父に知られて激怒されるやつ」


 瑠央が答えると、姫奈は嬉しそうに表情を緩めさせた。結構昔のことなのに、瑠央が詳細を覚えていたことを喜んでいるのだろう。


 「その話の結末って、まだ話してなかったよね」


 瑠央は以前の光景を思い出す。ヌト神とゲブ神のエピソードを聞いたあと、姫奈はその結末をはぐらかせてしまった。結局、それ以降、姫奈の口から物語について語られることはなかった。


 「そうだね。気になってたよ」


 瑠央がそう言うと、姫奈はこちらを見つめてきた。繋いでいる手に、わずかばかり力が込められる。


 「確か話したのは、二人の仲が発覚して、引き裂かれたところまでだったよね」


 「ああ。ヌト神がゲブ神の子供を身篭ってて、祖父の太陽神からも出産を禁止させられるって展開までかな」


 「その先を話すとね……」


 姫奈は語り始めた。愛し合う二人の兄妹の物語の結末を。


 「お兄ちゃんが言ったように、おじいちゃんである多様神ラーの怒りのせいで、ゲブ神とヌト神の間にできた子供が出産できなくなっちゃうの。その時世界の一年の日数が、三百六十日で、今よりも五日間少なかったんだ」


 遊歩道を歩く瑠央と姫奈のそばを、幼稚園前くらいの小さな男の子が、元気に走り過ぎていく。


 子供を見送りながら、姫奈は続けた。


 「太陽神ラーは、その三百六十日全てにおいて、ヌトに出産することを禁じちゃうの。それで、追いつめられた二人は、絶望に明け暮れる」


 「……まあ、息子と娘が子供を作るなんて、父や祖父からしたら、絶対に認めるわけにはいかないからな」


 妙なところは、リアルな神話である。ヌト神とゲブ神の神話が作られた当時は別として、現代では許されざる所業だ。


 瑠央と姫奈としては、納得できない事実だが、どうしようもない。二人で乗り越えなければならない現実だろう。


 「その時、一人の神様が二人の前に現れたんだ。名前をトートといって、学問や書記を司る優秀な神様」


 姫奈曰く、そのトートはヌトとゲブ、二人の若い夫婦が絶望に明け暮れていることを憐れみ、助け舟を出そうと画策したらしい。


 そして、奇抜な解決方法を導き出す。


 「トートは、こう考えたの。三百六十日、全ての日において子供を産んではいけないのら、一年の日数を増やせばいいんじゃないかって」


 「随分とぶっ飛んだ発想だな」


 瑠央は突っ込みを入れたが、姫奈は些事と言わんばかりにスルーして、話を続けた。


 「トートは時間を所有する月とセネトで勝負をして、勝利を収めるの」


 「セネト?」


 「古代エジプトにあった最古の石取りゲーム。将棋みたいなやつかな」


 瑠央の質問に答えた姫奈は、物語の結末を語っていく。


 「月とのゲームに勝利したトートは、見事日数を五日分手に入れた。その五日のお陰でヌトは子供を産むことができたの」


 そのゲットした五日間が要因で、一年の日数が三百六十五日になったとのこと。


 「トートってやつは随分といい奴だな」


 見返りもなく、善意のみで近親相姦の末、子供を作った兄妹を助けるとは。しかも飛びっきり優秀な奴らしい。


 「そうだね。私たちの前にもそんな『協力者』が現れたら、私たちの未来も上手くいくんだけどね。私たちの味方は今、誰もいないんだから」


 姫奈は眉宇に憂いを帯びさせながら、そう呟いた。


 瑠央はゆっくりと空を見上げ、思う。


 姫奈の言うとおり、現状、逃避行を続ける自分たちは孤立無援だ。そのような二人に助っ人が現れたら、さぞかし頼もしいことだろう。二人の代わりに矢面に立ってくれるかもしれない。


 だが、それは河清を待つかのごとき、儚い願いなのだ。夫婦になり、子を成そうとしている兄妹を助けようとする者は、この世界において皆無に等しいだろう。


 空を見上げている瑠央の頬に、突然、水滴が当たる。曇り空はやがて、ぽつぽつとした雨を降らし始めた。



 小雨の中、瑠央と姫奈は公園を出て、そのまま駅前の不動産屋に向かった。ちょっともったいなかったが、途中のコンビニで傘を買う。


 二人で傘を差して、駅前に舞い戻り、目当ての不動産屋を訪ねた。


 店舗に入った二人を応対したのは、事務員姿の中年女性だった。女性はにこやかな営業スマイルで、二人を歓迎した。


 瑠央が例の『白い家』の物件について、内見がしたいと申し出ると、女性は快く了承してくれた。


 特に身分証などを求められることはなかった。簡単な書類に名前と住所を記入するだけで、約束を取り付けることができたのは幸いだった。もちろん、名前と住所はでたらめに書く。


 明日の朝十時に、この駅前店で待ち合わせする予定を組んで、二人は店舗を出た。思いの外、あっさりと話が進んで、拍子抜けすると同時に、安堵が訪れる。


 来た道を引き返す形で、瑠央と姫奈は宮城野通りに戻った。忘れずにコインランドリーで洗濯物を回収し、近くのスーパーで夕食を買ったあと、ラブホテルへと帰還を果した。


 雨はさらに本降りとなっていた。


 時刻は十八時過ぎ。二人で部屋にあるテレビを観ながら夕食を摂る。ちょうど夕方のニュースの時間であり、東京の放送と宮城県の放送が随分と違うことをここで知った。


 夕食を済ませたあとは、二人で風呂に入る。姫奈とお互い体を洗い合いながら、乳繰り合う。そして、気分が盛り上がったところで、姫奈からフェラチオを受けた。今まで数えきれないほど姫奈にペニスを咥えられたが、気持ち良さは衰えることはなかった。


 姫奈の小さな口は、とても心地よく、瑠央の気持ちの良いポイントを熟知していた。完全に姫奈は、瑠央の体に合わせて成長を遂げているのだ。


 姫奈の口内に射精すると、姫奈は喉を鳴らして飲み込んだ。フェラチオの度に、姫奈は瑠央の精液を摂取しているので、姫奈の体の一部は、瑠央の精液で構成されていることになる。たんぱく質なので、体には悪くないだろうが、何だか不思議な気分に陥ってしまう。


 フェラチオを済ませ、二人は本格的にセックスに移った。風呂を出て、ベッドへ直行する。


 それから夜遅くまで、二人は体を重ねた。

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