辰巳対談

小山らみ

辰巳対談

 干支村。大晦日。

 一年の大役を終えて帰って来た辰と、これから出陣する巳が、日の出前にことばをかわす。

「辰さん、おかえりなさい」

「巳ぃさん、ただいま。やれやれだな」

 さすがに疲れがたまっているのか、辰はゆっくりと天から舞い降りた。

「気の流れが乱気流気味の一年だった。巳ぃさんも気をつけて行けよ」

「はい、覚悟きめてます」

 辰は巳のぴかぴかした雄姿に目を細める。いま生まれたみたいな輝き。そうか、脱皮したんだな。

「そういう姿を見ると、こっちまで気持ちがよくなるね」

「そういってもらえると、元気出ます!」

 巳が目をきらきらさせて答える。さすが巳年のはじまり、ちょっと気合の入り方がちがってる、辰はそう感じた。

「なにかこう、一皮むけたってこういうときに言うのかね」

「辰さん。じつは、ちょっと聞いてもらっていいですか」

「いいよ、何?」

 巳は少し目を伏せてから、あらためて辰に向かい話しはじめる。

「こういうこと話せるのって、辰さんしかいないんですよ。もふもふさんたちには言ってもわかってもらえないことだから」

「たしかに、長ものでなければわからないことってあるよな」

「そうなんですよ」

 巳はちょっとさびしそうな表情になった。

「また巳年になる。人間界に行かなきゃならなくなる。そう考えてね、落ち込んでたんですよね」

「そりゃまたどうして?」

 辰は少し心配になった。一年の大役はたしかにしんどいのだが、干支村のものにとっては十二年毎に回ってくるルーティーンだ。

「ヘビって、人間界では嫌われてるじゃないですか、悪役じゃないですか」

 巳は何か思い出したのか、暗い表情になる。

「あー、長ものはどうしてもな。リュウやドラゴンだって、神話や異世界ものではよくヒーローに退治されてる。でも、ありゃ人間のファンタジーだから、ま、しかたないだろ」

「辰さんには、ぴんとこないんでしょうね。辰さんの眷属は、みなファンタジーの世界の、天界の存在だから。人間界でリアルに差別やいじめにあったことないから」

 ふと、辰はタツノオトシゴが土産物屋に並んでいるのを思い出し、もやっとした気分になる。まああれも、お土産にするくらいには愛でられているということになるのかもしれないが。

 「辰さん、ヘビたちはね、人間界で地を這ってるんですよ。ヘビとしてけんめいに生きてるんですよ、人間と共存して平和に過ごそうと」

 巳の声はうわずり、ふるえていた。

「でも、人間は嫌うんです。民話でも悪役がデフォ、たまにヘビが好きな人間出てくると、そういう登場人物が気持ち悪い役回りだったりってのがふつうなんです。あ、そういえば昔『少年ケニヤ』なんてのがありました、あれは大蛇が主人公の味方で、いっしょに敵と戦ってた。でもね、なんで覚えてるかっていうと、例外中の例外だからなんですよ。ふつうは悪役にされてるんですよ! 地を這う化け物がデフォ」

 たしかにリュウやドラゴンは空飛んでるのがデフォだわな、ヘビとはタイプちがうのかな、と、辰は思う。

「それでね、巳年だっていうと、なぜかヘビは金運がつくとかいって祀られたりするんですけど、それもね、けっきょくうわべだけ、内心気持ち悪いと思ってても、お金が欲しいから形だけまつりあげるんですよ。それ以前に、やっぱり悪いことするから金集まりやすいんだろっていう、そういう偏見ね」

「そんなにわるくとることないよ。人間は十二年に一度はヘビ好きになる、それでいいじゃないか」

「辰さんはそういうけど、人間は長ものの気持ちなんてかんがえないですよ」

 長ものとしては辰にも思い当たることがある。辰は、巳がどうやって気を持ち直したのか聞きたくなった。

 「いわれてみればそうだ、人間は自分勝手に拝んでくるよな。で、そんないろいろもやついてたのに、なにがきっかけでふっきれたんだい?」

 巳は、ちょっとはにかんだ笑みを浮かべた。

「もふもふさんたちから離れて、ひとりで沈んでたところに、トリさんが来てね、トリさんの仲間には飛べるのが大勢いるから、ちょっと人間界を見てきてもらうよって」

 「トリさんは、もふもふさんにくらべると、ちょっとこっち寄りなとこあるよね」

 辰はトリさんの羽と、ウロコ模様が残ったあんよを思い浮かべる。

「それで、スズメやメジロやツバメに声かけて、人間界をレポートしてくれたんです」

「つまり、現実を伝えてもらったんだね」

「はい!」

 巳がやっとうれしそうな顔になった。

「来年は巳年だからって、土鈴や、置物を焼いてるけど、どれもとってもかわいい姿だよ、ウェブサイト向けのフリー画像にも、かわいいヘビさんがいっぱいいるよ、かわいいヘビさんはみんな好きなんだよって。かまぼこ屋は、かまぼこでできるかわいいヘビさんの作り方をXで発信してたよ、とも」

「うむ。十二年に一度の愛され年なんだよな」

「そうです、そう前向きにとらえることに自分で決めたんです。巳年が終われば干支村に帰るわけだし、人間がそういう気分になってるのなら、もうそれにのっかって、今年一年はアイドルやってやるって!」

「それで、脱皮して、気分一新、なんだな」

「ええ。もうね、気にしないですよ、他人がどう思おうと、巳は巳なんだから。だいたい人間って脱皮できないですから、わたしみたいに心身ともに刷新! なんて上等なことできませんからね。巳でよかった、ですよ」

 辰は巳の晴れ晴れとした顔を見て、干支村のためにも十二支はだいじだなとあらためて認識した。

 初日の出が迫っている。

「それじゃ、いってきます。乱気流、こわくないですよ、地上の人に明るい気が届けられるよう、ぴっかぴかのすがたで天を舞います!」

「その意気だ。今年は巳ぃさんの年だもんな」

「それじゃ!」

「気をつけてな!」

 脱皮済みのぴかぴか光る真新しい巳の体が天を蛇行していく。あのくねくねした動きは辰にはできないものだ。巳が思い込んでいるより、巳をきれいだと感じる人間も多いのではないだろうか。

「辰さん、おかえりなさい」

 うしろから、かわいい声がした。ふりかえると、そこにはウサさん。

「お疲れさまでした」

「ただいま、やれやれだよ。温泉にでもつかりたいね」

 そこにイヌさんがあらわれ、無事に戻った辰を見てぱっとあかるい顔になる。

「おかえり、辰さん! 温泉、いまサルさんがつかってるよ、サルさんは温泉が好きなんだ。いい湯加減だっていってたから、辰さんもいっしょに入ろう」

「ありがとう、それじゃ、いきましょうかね」

 温泉に向かうためくるりと向きを変え、自分の前を歩いてくウサさんとイヌさんのもふもふしたしっぽのついたお尻の文句なしのかわいらしさ。たしかに、もふもふさんたちには長ものの悩みなんてわかってもらえそうにない。

 長ものとはいえ、リュウは脱皮はできないからねえ。脱皮で気分一新できる、巳ぃさん、あんたがうらやましいよ……

 辰はふと、こんなこと聞いてくれそうなのは巳だけだなあ、この一年、巳を恋しがりながらもふもふさんたちに囲まれて干支村で過ごすんだなあ、そう思った。

「巳ぃさん、あんたが帰ってくるのが、いまから待ち遠しいよ」

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辰巳対談 小山らみ @rammie

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