Another World(アナザー・ワールド)〜運命に抗う少年は、安寧を取り戻すために混沌を穿つ!
新田光
序章 もうひとつの世界
序章 運命の歯車
「じゃあ、いきましょうか」
そう言って、白髪に水色のメッシュが入った少女──クレア・ミラーが門の前で雷斗を先導してくれる。
その光景に俺──
これは門といっても普通の門ではない。
空間を捻じ曲げて作った常識外の門。
俺たちは平穏を取り戻すために、その門を潜る。
──魔法界。
これから赴く場所はそう呼ばれている異世界だ。
俺は心配そうな視線を向けるお袋の肩をそっと押し、「大丈夫だよ」と声をかけた。
いつもはキリッとしている目元も今は不安で落ちている。
──俺が絶対守らなきゃ……
そう決意する雷斗だったが、ふと、父のことを思い出す。
とても立派な警察官で、雷斗は父のことを尊敬していた。だが、ある日事件に巻き込まれて死亡。
唐突的すぎる出来事に、母は焦燥。雷斗は胸の奥がチクリと痛くなり、失うことの怖さを知った。
もう失いたくない……
だから、母もこの生活も。絶対に奪わせてたまるか!
母の手をギュッと握り、「行こう!」と声をかけて一歩踏み出す。
目の前に続くのは暗闇。落ちてしまったら、地獄の底まで行き、死んでしまうのではないかと思わせる。
──怖い……でも、引き返すことは絶対にできない。
だから、俺は勇気を振り絞ってその門を潜った。
光すら遮断される通路を通りながら、俺は思った。
──なんでこうなった?
確かあれは、静かすぎる夜だった。
何事もなく、いつも通り平凡な日々を過ごしていた日。次の日もこの日常が続くと思っていた平穏な日。
だが、異変は起きた。
それを振り返るには、二週間前に時を戻さなければならない。
俺とクレアが出会い、運命の歯車が動き始めたあの日に。
******
「ただいまー」
気だるそうに口にするが返事はない。
当たり前だ。この家に雷斗以外いない。
無音の夜。静寂が虚無感を引き起こし、この時間は少しだけ人の温もりが恋しくなる。
(お袋でもいてくれるだけましか……)
出張で家を出ている母の姿を思い出し、ため息を吐く。
考えても仕方ないことなので、カバンを置いてキッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けて趣味の料理作り。手早く夕飯を済ませる。
その後は何もしない。特にやることはないし、ぐうたらしながら、スマホで時間を潰す。
これが最高に幸せなのだ。
「もうこんな時間かー」
だが、幸せな時間は一瞬で終わる。
気づけば二十二時を過ぎ、雷斗は急いで寝る支度を始める。
風呂上がりに洗面台に立ち、髪を乾かしていた時だ。自分の顔を見ながらため息を吐いた。
「それにしてもこれのどこが中の上なんだ。俺の友達は人を見る目がないかもな」
前に友達に言われたことを思い出し、自分の顔を再評価。どう考えても高評価なのが納得いかない。
瞳も他人と違って碧眼。垂れ目でやる気がなさそうなところが自分でもムカつく。
髪の毛に至っても金髪で、しかもこれが地毛だ。
しかし、何を言っても現実は変わらないので、雷斗はいつも通り歯磨きを終えたのち、自室へと戻った。
「寒い、寒い。ちょっと冷房かけ過ぎたかな?」
真夏に感じる肌感にちょっとした感想を述べ、雷斗はベッドへと沈んだ。
やけに静かすぎる夜だった。
******
カーテンの隙間から刺す光が朝の訪れを教えてくれる。
小鳥の囀りも聞こえ、とても良い一日の始まりだ。
そんな中で『ジリリリ』と鳴るうるさいアラーム。それを手探りで止めた。
「──まだ、眠い……」
そう言いながら寝返りを打つと、雷斗の手が柔らかい感触を得る。
妙に温もりすらも感じ、甘い匂いも鼻を刺激する。
(リアルな夢……)
そう思いながらふわふわとした世界に入ってこうとするが、
──なんか重くね?
胸の辺りにずっしりとしたリアルな重さを感じ、雷斗の意識は完全に現実に回帰する。
その違和感を確かめるように、雷斗は上体を起こして目を擦る。
そして、視界を下に移した。
「お、んな、の子……」
白髪に水色のメッシュが入った長髪が、布団の上に乱れ、華奢な背中がうつ伏せになっている。
とても艶かしい寝息を立てている。
脳は無理解を示した。
急激に喉が渇き、心臓が跳ね上がるのがわかった。だが、それを振り切り、
「多分、夢だ。だって、さっきリアルな夢見たもん。うん、そうだ。そうだ。だから……」
そう言って、雷斗は自分の頬を思い切り平手打ちした。
「痛ってー!」
ジーンとした痛みが頬に込み上がってきた。
これは現実だ。
「なんで! なんで! どうすれば……」
先ほどの痛みが証明してくれる。
目の前にうつ伏せで寝そべっている少女は本物だ。それがわかったから、雷斗は一歩も動くことができなかった。
妙に惹きつけられる少女を目の前に──喉がひりついた。
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