第6話 元特撮俳優、異世界で戦う

「潮君、その姿は……!?」


 吉田さんが口をあんぐり開けている。

 その姿は、と言われても近くに鏡がないため、自分がいまどうなっているのかはわからない。けれども、服装が変わったということだけはわかる。


 ツルッとしたサテンっぽい生地の黒のボディスーツ。ブーツとグローブは紫。この配色は見覚えがある。真正面から見ていないので何とも言えないが、これはもしかしたら――、


「特命ソルジャーHAYABUSA……?」


 ぽつりとその言葉を吐く。

 三年前、俺は確かにヒーローだった。

 日曜日の朝八時半、テレビをつければ俺はそこにいたのだ。俺は、世界征服を目論む悪の教団『DOMドム』と戦っていた。


 とはいえ。


 もちろんいまのこの状況がありえないことだということもわかっている。撮影当時、俺は変身と叫んで九字を切ったらお役御免だ。そこから先はHAYABUSA役のスーツアクターさんの出番だからである。俺は後から声を当てるだけだった。


「やっぱり私が見込んだとおりだわ!」


 イドルさんが駆け寄り、俺の手を取った。


「一緒に戦ってくれますね!?」

「えっ!? え――……っと」


 俺が返答に窮していると、イドルさんは「ここで戦っては迷惑になりますので、転移します」と言って、何やらむにゃむにゃと唱え始めた。


「潮君、早着替えなんていつ会得したんですか? ううん、これなら2.5次元俳優としても」


 吉田さんはこんな状況でも呑気だ。ていうか何、2.5次元俳優ってこういう早着替えスキルも必要なんですか? ていうかこれ、早着替えとかそういうので説明つくやつでした?


 などと、そんなやり取りをしていると、イドルさんの身体が発光した。その強い光に目が眩む。ゲシャゲシャうるさい怪人も「グワッ!」とか言ってる。


 そして、次の瞬間には、何もないところに移動していた。何もない、というのはまぁまぁ語弊があるのだが、なんていうか、昔の特撮作品のバトルシーンでよく見かける場所、いわゆる『いつもの採石場』である。まだ本物の火薬を使っていた昭和時代、ここでならどれだけ爆破しても安心だったのだ。


 えっ、爆破シーンあるやつ?!


 ていうか、思いっきり流されてここまで来ちゃったけど、これ結局ドッキリじゃないんだよな?! でも、だとしたら、これは何?! 何なの?!


「さぁ、戦いましょう!」


 混乱している俺に向かってイドルさんが叫ぶ。


「あっ、ハイ」


 俺はもう操り人形だ。なんかもうやるしかないのである。


「潮君、手早くね?! あの、皆さん待ってるから」


 ちゃっかり吉田さんも巻き込まれてる――!


「な、なるべく頑張りますけど。ていうか、戦うとか言われても」


 俺は確かにヒーローだったけど、実際に戦っていたのはスーツアクターさんだから、もちろん戦い方なんて知らない。小さい頃からヒーローに憧れてはいたけれど、だからといって空手などを習ったりもしてない。ただ見よう見まねでソルジャーキックの練習はしていたけど。


 けれど、身体が勝手に動くのだ。

 当時実際に戦っていたのはスーツアクターさんだし、繰り出す派手な忍法はCGだった。


 それなのに――、


「ソルジャーキーック!」


 俺のキックはフォームも完璧で、食らった怪人は優に数メートルは吹っ飛んで行ったし、


「火遁の術!」


 人差し指と中指を立てて口元に当てそう叫ぶと、ふぅ、と吹いた息に炎が絡んで、渦を巻きながら怪人に襲い掛かるのだ。


「グワァァ――ッ! おのれソルジャー!」

 

 そんな断末魔と共に、怪人は爆発四散した。はぁはぁと肩で息をしていると、しゅぅ、と身体から煙が上がり、変身が解除された。この辺もHAYABUSAの演出そのままだ。


「なんか、勝ちました……」


 終始、何が何やらだったが、とにかく勝った。お役御免だ。

 よし、さっさと帰ってドッキリを仕掛けられに行こう。いまの俺ならどんな無茶振りにだって前のめりで乗っかれる気がする。もらったぜネクストブレイク!


 吉田さんは「すごいです潮君! これならアクションもノースタントで行けますね!」とか恐ろしいことを言ってる。いや、それは無理です。


「帰りましょう、吉田さん」

「そうですね、潮君」


 そう言ってイドルさんを見る。

 が。


「帰しませんよ?」

 

 ニッコリ笑顔のイドルさんは、そのまま首を横に振った。


「この世界を救ってもらうまで帰しません」

「え」

「あなた、力を貸してくれる、って言いましたよね?」

「い、言いましたけど……」


 だってあの時はドッキリだと思ってたから!

 ドッキリじゃないんだったら嫌だよ!


「待ってください。確認させてください」


 そこで吉田さんが前に出た。あなたは? とイドルさんが訝しげな顔で彼を見る。その質問、遅すぎません?


「僕は彼のマネージャーの吉田と申します」


 慣れた手つきで名刺を渡すと、イドルさんは「あっ、ご丁寧に」とそれを受け取った。


「世界を救ったあかつきには、元の世界には戻れるのでしょうか。その場合、ここで過ごした時間はどうなります?」

「もちろん、その時はお帰ししますし、時間もここへ移動する直前に戻します」


 イドルさんが淀みなくそう答えると、吉田さんはふんふんと頷いた後で「わかりました」と顔を上げた。


「受けましょう」

「吉田さん?!」

「潮君、これはチャンスです! 異世界経験のある俳優なんてブレイク間違いなしじゃないですか!」

「でも、時間は戻るわけですよね?」

「そりゃそうですよ、じゃないと突然の失踪ってことで大事件ですよ!」

「そうですけど、でも、それなら何を以て異世界帰りと証明するんですか」

「そこはもう何らかのオーラですよ!」

「スピリチュアル!」


 とにもかくにも、帰れなくなってしまった以上、やるっきゃないのである。



 後輩達よ、ドッキリには気を付けろ。

 ドッキリかな? と思ったやつが実はドッキリじゃないこともあるんだ。

 芸能界は、恐ろしいところだぞ。

 

 そんなことを思いながら、俺は今日も怪人を倒す。

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これドッキリじゃないの!?〜元特撮ヒーロー、異世界で再びヒーローになる!?〜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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