第5話 ある日家の中
「命知らずのバカは付いてこい! 村の英雄になる時だぞ!」
オヤジが大斧を勢いよく振り上げると同時、残った若い男たちが勇ましい叫び声をあげた。
村の壁が壊されるのは月に一度あるか無いかといったところ。
しかし侮ることなかれ、時には逃げ遅れた人の死があることだって当然ある。
さすがの俺と言えど呑気に外を歩き回るわけにはいかない。
あーあ、今日はお家で引きこもりですわ。
退屈なんだよなぁ……この世界娯楽なんて大してないし。
しかしいやぁ、なによりこうなってしまうと問題は……
「ラナ、戻ろ――」
「わ、私も行く!」
筋肉集団へやたら勇ましく駆け出すキッズが一人、ラナだ。
「無理に決まってんだろアホ!」
無理無理無理無理! さすがに無理! 五歳児のキッズに何が出来んねん!
ぺしりと頭をひと叩き、彼女の腕を両腕でつかんで引っ張る……が……!
うおおお! 力つえええ!!
「何言ってんだバカ! ほら隠れるぞ!」
「行くもん! かつもん!」
そう、幼年期の体は男女差などない。
むしろ女児のほうが男児より成長が早いまであるのだ。
ずりずりと引っ張られていく俺。
なんと情けない。ガキに負けるガキ、まごうことなき真の敗北者じゃけえ。
くそっ! こんな体じゃなけりゃ余裕で勝てるってのによぉ!!
「母さーん!!」
「はいはい」
俺の叫びに母さんがニコニコと近寄り、子猫でもつまみ上げたかのようにひょい、とラナをつかみ上げる。
彼女はそれでもなお抵抗を続け手足をぶんぶんと降っていたが、笑みも崩さず体だけを捻って軽く避けると、ラナはついにあきらめたように暴れるのを閉ざすのだった。
母さんはこれでも元々冒険者だった、親父と共に最高峰とまでは言わんが多少は腕に自信がある。
ちんちくりんのキッズに負けるわけがない。
「さ、英雄の凱旋を待ちましょ」
小さく肩を竦める母さんの姿は、実にいつも通りだ。
◇
「二人とも座った座った」
灰の奥底から熾火をほじくり出し、母さんは小枝や薪を手慣れた様子で放り込んでいく。
しばらく顔を近づけ息を吹きかけていたものの、やたらと上手く行かなかったのだろうか、腰に差していた細く艶やかな木の枝を手にすると、二度暖炉の脇を小さく小突いた。
ひょう、と柔らかな風が集まる。
炭、そして火が付いたばかりの薪から青臭い香りがかすかに鼻をくすぐり、俺は不貞腐れた顔のラナを小さく小突く。
「座れよ」
「……ん」
まったく、
「いつか行こうぜ、強くなってさ」
返事はない。
「絶対強くなれるぜ、俺たちならよ」
話を聞いてるのか聞いてないのか、ラナは首元から二つの、彼女からすれば不格好なほど大きなペンダントを引っ張り出し、カチカチと手の内でぶつけ合わせて下を見ている。
静かだ。
俺が足をぶらつかせ小さくきしむ椅子、そしてカチカチという小さな金属音だけが家の中に響く。
揺れる暖炉の火が一層俺たちの影を大きく映し出した。
「はーい! じゃあ読みたい絵本はあるかしら? 早い者勝ちよ!」
「あの人が戻るまで絵本でも読んでいましょ?」
ぱっ、と二人の顔が上がった。
小さく目を合わせる。
真っ先に飛び出したのは俺だ!
「これこれこれこれ! 絶対これ!」
ちょっと擦れて黒くなった絵本を本棚から抜き去り、真っ先に母さんへ渡す。
もう予見していたのだろう。母さんはくすくすと笑い頭をなでる。
「神獣伝説ね、シュンはこれ本当に好きねぇ」
「えー? またぁー?」
ぐずるラナも同じく撫でると、母さんははらりとページをめくりあげた。
普段の口調ともまた違う、少し柔和になった声が物語を紡ぐ。
「神獣様はむかし、どこにでもいました――」
物語は口伝から始まる。
口伝には元がある。
そうだ。
この世界には神獣が実在する。
果たしてそれが物語のように心優しい生き物なのかはともかく、そいつらは数多の姿をもってこの世界にいる。
「――そして人に魔法の力を与えて、みんなどこかへ行ってしまいました」
この世界で俺には夢ができた。
目的もなく生きてきた前世。
俺に特別な力や目標はなくて、突然自分の未来が大きく変わることを願いながら、別に何か努力もしなくて、そんな自分自身を変えたいとも思ってなかった。
なのにこんなのを、生ける伝説の存在を目の前にぶら下げられちまったら、そりゃ……ねえ。
「俺はぜったい神獣に会う!」
夢、出来ちまうって。
「いつか王都に行ったらそうねぇ、もしかしたら会えるかもしれないわねぇ」
「王都にいるやつは知ってる! そうじゃなくて、もっと世界中にいるやつに会いたい!」
だから俺は魔法が欲しい。
いるのは分かってるが、そいつらに会うには恐らくまともな方法じゃ無理だ。
クソほどの危険が山盛りの中を抜けるには魔法だ。魔法がいる。
オヤジ達が倒すような魔獣なんかきっと比じゃねえ、そんな壁をぶち壊せるほどの魔法がいるんだ。
だからまずはスカーに魔法を習わなくちゃいけない。
「神獣様ってすっごい大きいんだよ! 私知ってる! 会ったら私たち食べられちゃうよ!」
「いーやそんなことないね! もし俺を食うってんなら俺が喰ってやる!」
「むりむり! でもシュンは私が守ってあげる!」
「いーらーなーい! 俺が最強になる!」
「わーたーし! わたしだよっ!」
ばしばちテーブルを叩きながら主張するラナ。
バカガキがよぉ!
この俺がお前ごときに守られるわけねえだろうが!
全くこれだから……世間知らずのキッズは困る。
俺は……俺は……
.
.
.
「んがっ」
……あ?
暗い。
薄暗い部屋、体から伝わる柔らかい布の感触。
ここは……寝室だ。横にはラナが眠りこけている。
ぼう、とした視界であたりを見回し、窓枠の外から小さな月明かりが覗いていた。
「……夜か」
寝てたんか俺。
困った身体だ。
いったいいつ寝たのかも覚えちゃいない、その割に実にすっきりとした目覚めだ。
ガキボディ最高やね。
「……母さーん」
毛布を落とし、ずり、ずりと歩く。
ラナを起こさないように声は潜めて、靴のかかとを踏みながらゆっくり。
何も聞こえない。
寝室を出ても家の中はしん、としていて、冷たい風に小さく体が震えた。
「母さーん、おやじー」
単純な構造の家だ、そう歩くことはない。
寝室を抜ければ廊下、仕切りもなくつながったリビング。
昼間の火はすっかり消えて、薄暗い中で小さな赤色の熾火だけがいやに目を引いた。
なんだか胸が苦しい。
ざわめきと、血管の鼓動が脳天を打つ。
ぎい、と扉が開いて。
「――っ」
むわ、と獣と鉄さびの匂いが鼻を衝く。
それ、は、そこにいた。
大きなケモノ。
見た目だけは見慣れたものだ。
熊。黒々とした体毛が、背面の月明かりを受けわずかに茶色ばむ。
だがその体格は既存の比にすらならない。
もし、地球の熊が目の前にいたとしたら。
人はツキノワグマですら抵抗すら許されず、一方的に噛み殺されるだろう。
もしそれが樋熊であればご愁傷様。彼らは車すら軽くひっくり返す上、人間の四倍の速度で追いかけてくる。
もし、だ。
もし、そんな化け物共の二倍はあろうかというやつが、家の前にいたとしたら。
俺は無意識に呼吸を抑えていた。
目は逸らせなった。
そいつが気付いているのかすら関係なく、そうする以外に本能が知らなかった。
魔獣だ。
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