第4話 鍛え上げられた筋肉は魔法と見分けがつかない

『神獣の加護あれ』


 村の皆が祈りをつぶやき、刹那の静寂の後、一気に活気の溢れた声が一面へと広がる。

 俺は籠に山盛りの焼き立てのパンの中、その一番上に置かれていたものたちを真っ先に二つつかみ上げると、片方を傍らに座るラナへ放り投げ、がぶりと勢いよく頬張った。


 村の、特に子供や開拓の中心に居る大人たちの食事は共同でとられる。

 それは薪などの節約、または単純に集団の結束のためなど理由は多岐にわたるのだろうが……まあともかく村の食事は集団で行う。

 家族かどうかは関係なく、幼馴染だろうが何だろうが大体が外の集会場に集まり、一斉に席について飯を食う。


 香ばしい小麦と焼けた香り、舌の上にわずかに感じるサワードゥのさわやかな酸味。

 ともすれば少し嫌にすら感じてしまうものを、熱々のスープと共に喉奥へ流し込んでしまう。


 子供の舌からすれば少し刺激が強く感じてしまう、チリペッパーの辛みにすこしむっと顔をしかめると、俺の横からどしりとした衝撃が伝わってきた。

 ぬう、と大きな影……そして輝く頭の光が俺へと降りかかる。


 その大男は実用的に鍛え上げられた筋肉をぴくぴくと痙攣させ、手にしたジョッキの中身を一気に煽ると、にい、とそろった白い歯を見せて声を張り上げた。


「元気そうだな!」

「うるせえよオヤジ! 元気も何も朝会ったばっかだろ!」


 ホーマン、ホーマン・サトゥリア。

 言うまでもない俺の親父様だ。

 人間性は陽気で豪胆、その上にスキンヘッドで日焼けした肌と相棒の大斧ときたもんだ。


 実のところ俺は前世の親をあまり知らない。

 かすかに記憶があるのは皿の割れる音や怒鳴り声くらいで、気が付けば孤児院の前にいたのだけは妙に鮮明に覚えている。

 孤児院で育った先生は優しい人だったがどうにも一線を引いた雰囲気で、悪くはなかったが『親』って感じではない。


 だがこのホーマン、親父殿はどうだ。

 裏も表もありはしない。その発言一つとっても安直といえば安直、単純といえば単純。


 だがシンプルな奴は嫌いじゃない。

 あれこれと理屈っぽい奴の何倍もいい……時に、ちょいとデリカシーに欠けるが。


「今日は何を成し遂げたッ!」

「超光る泥団子作った!」

「噂の光り輝く泥団子か! その意気や良しッ! 夜には持ってきて見せろ!」

「ラナにぶち壊された!」

「ちょっとシュン!」


 つん、とほほを膨らませたラナが俺の服を引っ張った。


 事実だろうが! 俺のかわいい究極天極み泥団子・至極が無残に飛び散ったのはよぉ!


「わっぷ!?」

「きゃっ!」


 俺とラナ、二つの頭を覆いつくすほど大きな左右の掌が、ぐりりと頭を撫でつける。

 ごつりとした皮に熱い体温が頭から伝わり、俺たちは同時に小さな悲鳴を上げた。


 ホーマンはガハハと活気のいい大笑いを上げながら、もぎゅりとパンを一息に食んだ。


「そうか! 破壊もまた循環の一つよ! 悔しいかシュン!」

「悔しい!」

「ならばそれを糧に次は壊れぬものを作るがよい! 切磋、研磨、それこそが己を高みへ導く常道、創造の前には破壊がある!」

「わからんけどわかった!」


「よし、そしてラナ!」

「ひゃい!」


 ラナは正直ホーマン、親父殿を好んでいない。

 能天気というかボスゴリラ気質な彼女と相性は良さそうに思えるが、自分以上の熱量やパワーがあるホーマンはむしろ気圧されてしまうようだ。


「お前の行動がシュンを成長させたんだ! その心意気や良し!」


 良くはねえだろ。


 俺はスープの中の燻製肉を噛みちぎりながら内心ごちる。

 


「されど時にその行動は人を傷つけかねん! 顔ばかりではなく足元と人心もしっかりと見るがいい!」

「はーい」


 分かってるのか分かってないのか、テーブルのささくれをつんつんと指先でつつきながらラナが返事をする。


「ふふ、そんな物言いじゃ子供たちには分からないでしょう」


 そんな俺たちの後ろをすり抜け、一人の女性が笑いながら現れた。

 彼女は長い緑髪をゆらりとたなびかせると、その細腕に見合わない大きなお盆から、ジョッキと湯気がもうもう上がる大きなお椀をごとりとテーブルへ置く。


「はいあなた・・・、おかわりよ」

「ああ、悪いなママン!」


 ホーマンは彼女……エーフィから受け取ったジョッキの中身を一気に飲み干すと、熱い吐息をもらしてダン、とテーブルへ叩きつける。

 二人の親密なやり取りを見ればもはや多くを語る必要はあるまい、我が愛しの母上はホーマンのジョッキをお盆の上へと戻すと、彼の横へと座り込み器の中からスープを一掬いし、そっと喉奥へ流し込んだ。

 ホーマンはエーフィをやさしく抱きかかえると、仲睦まじく同じ器のスープをその巨体に見合わぬ小さなスプーンで啜りだす。


 夫婦の仲が良くて良いことだ。

 ちょっと気まずくなった俺はちらりと斜め上あたりへ視線を向けると、こちらをじっと見ていたラナと目が合う。

 彼女はにまっと笑い、スプーンをずい、と突き出し、


「はいあなた、お代わりよ!」

「ほあっちゃぁ!?」


 盛大にぼたぼた激熱のスープをスプーンから垂らしてきやがった。


 なにすんねん!

 オヤジ達も笑ってないでコイツを止めろよ!



「ホーマン!」



 生温い空気に差し込まれた冷たい声。

 声の主――水車小屋の管理人であるポフィおじは肩で息をし、鋭い怒鳴り声をあげた。


「東の柵が破壊されていただぁ!」


 開拓村、当然周囲は獣の闊歩する危険地帯。

 故にこの村は堀、そしてぐるりと堅牢な丸太の壁に覆われている。

 堀の中には鋭くとがった杭が無数に打ち込まれており、丸太の壁もひどく強固なものだ。


 もしこれを壊した存在が村の中に侵入していたとしたら。

 ポフィおじの焦りもさもありなん、月に一度はあるものの慣れはしない恐怖と緊張の一瞬。


 ピリリとひりついた空気が村人たちを包み込んだ。


「人員の大半はこちらにいる。スカー殿は……あの方はいいだろう。よし、俺が行く!」

「あと足りないのは……ピーヤ婆か」

「婆なら水車小屋の中だぁ! 婆は足腰も悪いしなぁ、あそこなら頑丈やろ!」


 オヤジはさっと丸太の椅子から立ち上がり、村人の様子を確認しては、同じく集まり始めた男たちといくらか言葉を交わす。

 数度の点頭を繰り返し、オヤジは声を張り上げた。


「聞いていたな! 悪いが皆一端近くの家の中で待機してくれ、俺たちは柵の修理と見回りに行く!」


 その言葉と同時、蜘蛛の子を散らしたかのように村の女、そして子供たちも連れられて各々近くの家へと姿を隠す。

 残った者たちへオヤジはじろりと睥睨すると、にい、と白い歯を見せ笑った。


「命知らずのバカは付いてこい! 村の英雄になる時だぞ!」

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