第2話 休憩所

 休憩所こと最初の目的地にたどり着いた3人は他の乗客の大多数にならいバスの外へと出た。12月の冷たい風が、車内の暖房で火照った体を吹き抜けていく。

 サキが体をそらして大きく伸びをすると、肩甲骨あたりからポキポキと小気味良い音が響いた。続けてサキが言う。


「やっと到着かー。じゃあお手洗い行ってくるわ」


「こら、女の子がうんことか言っちゃだめ!!」


「言ってなかっただろ」


 理不尽なお咎めを受けたサキがトイレへと向かおうとすると同時、バスガイドがマイクロホンで話し始める。


『はーい。皆さま最初の目的地に到着しました〜』


 言って、ガイドはこの場でやけに存在感を放つ、3メートルほどの石像を指差した。


『それでは皆様、こちらにございます観光名所の『人生に意味などない、人はそもそも生まれるべきではない』像の前で写真を撮りたいと思います』


「観光地の思想が強すぎるな!」


 サキは思わず叫んだ。


『はい、皆さん並んで並んで〜』


 ガイドに促され、トイレに向かおうとしていたサキはしぶしぶ像の前に並ぶ。隣に由香とルナも並ぶ。


「まったく、修学旅行じゃねーんだから、知らねー他人と一緒に写真なんて撮ってどうすんだよ」


 隣に立つ由香が反応する。


「まあまあ、旅は道連れ・世はまさに大海賊時代っていうでしょ?」


「後半ワンピースじゃねーか」


 そんなとりとめもない話をしているところに、ガイドの大声が響く。


『はいみなさ〜ん。それでは撮りまーす! 1足す1は〜?』


「トゥー!」


 半分アメリカ人のルナが元気よく言うと同時、シャッター音が響いた。


「トゥーだと笑顔じゃなくてキス顔になってない?」


 サキはルナがキス顔キメた写真を頭の中に思い浮かべた。一方のバスガイドは、デジカメの画面を一瞥し、納得いかない顔で首をひねる。


『うーん、もう一回撮りまーす』


 再びカメラが構えられる。


『はい皆様笑って〜。2足す2は〜?』



「4じゃねーか!」


「よん」の「ん」の顔で撮られたため、全員とても辛そうな表情をしている。その中で唯一サキだけは「じゃねーか」の「か!」の形相ぎょうそうを浮かべていた。


 ガイドはもう一度デジカメを確認し、首を傾げる。


『うーん。皆さん心が全然笑ってないんだよなあ......』


「お前に私らの心の何が分かんだよ」


『そうだ! これから皆さんに、飲むと自然に笑顔になる薬を配ります!』


「その方法だと、心が笑ってないままじゃねーか!」


「なんか、サキちゃん独り言がすごいね」


「独り言というか、一人叫びね」


「ほっとけ馬鹿」


 サキは二人の感想を一蹴した。


 でも確かに、相手に届かないツッコミを一人でぼやいているのは、傍目から見たら気味が悪いのかも知れない。思ったことがなんでも口に出る性格も、なかなか難儀なものだ。サキは思った。


【バス内】


 休憩所を出たバスは快晴の空の下、再び目的地へと進む。


「それにしても、あのガイドの人全然ガイドしてないと思わない?」


 ルナが前方の座席に座ったままのバスガイドを一瞥して言う。休憩所を出て30分は経つだろうが、一度も言葉を発していなかった。


「確かに全然喋んねぇよな。ま、飯と風呂以外興味ないからどうでも良いけど」


 そっけなくサキがそう答える。


「それじゃあ、私がバスガイドしてあげる!」


 二人の間に座る由香が自身あり気な声で言った。


「あら、頼もしいわね」


「アタシ寝るから、あんまりうるさくしないでくれよ」


 サキは二人の会話に興味がないと言わんばかりに目を閉じる。しかし耳は閉じていないので、会話は聞こえてくる。


「えー、皆様こんにちは。バスガイドの由香です。本日は我がベルフェゴール礼拝観光にようこそ!」


「......」


 7つの大罪・怠惰を司る悪魔を崇拝する謎の観光会社の名前が聞こえてきた気がするが、サキはスルーして眠りへと意識を集中した。


「本日は足元のおぼつかない中ご参加いただきありがとうございます」


「......」


「えー、こちら、右手に見えますのが韓国、左手に見えますのが北朝鮮になります」


「おい! 38度線の上走ってんな!」


 我慢出来ずに起きるサキ。


「右が韓国ってことは、東方向に走ってるわね」


 ルナが感心したように言った。


「絶対どうでも良いだろそんなの」


 と、偽ガイドを注意している最中、マイクロホンのブツブツというノイズがバス内に響き本物のガイドの声が耳に届いた。


『はーい、まもなく目的地に到着しますので、皆さま『ご準備』と『覚悟』をお願いしまーす』


「これから何が起こるんだよ!」


 こうして、覚悟を持った乗客達はバスから降り旅館へと入っていった。

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