3分で眠れる源氏物語の話

 たまには文学的に、源氏物語にまつわる話でもしよう。

※源氏物語の解説ではありません、念のため。

※あくまで個人の意見・感想であることを、念押ししておきます。


 私は中学生の頃、角川文庫の源氏物語を所有していた。与謝野晶子による現代語訳(確か、謝野晶子という表記だったと思う)。当時は上中下の全3巻だったものの、1冊1冊が文庫製本の限界に挑戦したかのような厚みだった。中学生女子(当時)は、上巻で3回、中巻で1回、挫折した。読んでいるうちにいつのまにか意識が遊離し、レムとまどろみの世界へいざなわれてしまうのだ。それでも下巻まで読了できたが、下巻に到達した頃にはもはや、意地と執念で、文字を目で追っている状態になっていた。果たしてこれは「読んだ」と言えるのだろうか。


 弁解ではないが、なぜかくも挫折しまくったのかを述べてみたいと思う。

 まず、同時期に書かれた枕草子にもいえることだが、主語がないままだらだら続く長文が多い。主体となる人物が入れ替わっても、主語を省略して文が続くのである。2人以上いる場面の描写は、気を付けて読まないと、これは誰のセリフで誰の挙措きょそなのか、頭の中がこんがらこんがり焼き上がってオーバーヒートする。うっかりすると、知らんうちにもう1人その場に加わっていたりして、オマエどこから生えてきたと驚くことになる。


 次に、主要な登場人物の多くは貴族であり、個人名にあたる固有名詞がほとんど出てこないことである。作中でどう表現されるかといったら、ほぼ「あだ名」。源氏だって紫の上だってあだ名。特に女性はほぼあだ名。そして男性は官職名。個人名が出てくる男性と言えば、惟光これみつとか義清よしきよとか、つまり貴族でない身分の低い男性。女性の方は夕顔とか、身分が低くてもあだ名で表現されることが多い。貴族の男性は出世するにしたがって呼び方が変わっていく。誰かが出世して官職が上がると、元の官職には別の人が就くわけだから、同じ呼び方でも中身が代わっているということが多々ある。女性だって、たとえば弘徽殿こきでん女御にょうごってすごく気が強いはずだったんだけど最近そうでもないなと思っていたら、呼び方が同じでも別人に代わっていた、なんてことも普通にある。要注意だ。帝も作中で代替わりしていく。退位して、朱雀院とか冷泉院とか呼ばれるようになると、とりあえず個人の見分けはつくようになるけれど、これって固有名詞ではあっても個人名じゃないよなあ。主人公だって呼び方がどんどん替わっていく。源中将とか源氏の大臣おとどとか。こんがらがったまま半分寝ながら読んでいると、いつの間にか六条院と呼ばれるようになっていて、地の文で最大級の敬語が使われるようになっていて(准太上天皇じゅんだいじょうてんのうなので)、ふと我にかえったときに、「この六条院て誰だ、最近やたら出てくるなあ、そういえば主人公の源氏は最近全然出てこないけどどうなったんだ」などと、寝ていたことが一発でばれる恥さらしな感想をつぶやくことになる(しかも下巻では、源氏が亡くなって本当に登場しなくなるので、ミナキの頭の中は相当にカオスとなる)。


 それから、当然ながら、千年後の中学生に、当時の生活風俗がわかるわけがないということだ。授業で教わった以上の知識はそうそう身に着かないし、知識があっても感性で理解できていない。方違かたたがえってなんだろうメンドクサイとか、病人を医者に診せずにカジキトウって何やねんとか、男女のコトが終わったのに相手の顔も見たことがないとかどーゆーシチュエーションなんだとか、無知ゆえのツッコミで頭がいっぱいになってしまう。男女のコト云々に至っては、中学生相応の理解度と無理解度との合わせ技だ。

 さすがに紫の式部の人も、自分の著作が千年後の中学生に読まれるなどとは想定していなかったらしく、マダム与謝野もおせっかいな注釈はつけなかったので、無知な中学生は当たり前のように書き流される習俗やしきたりに翻弄されることになるのだった。おそろしい人っ。


 もう一点――これは非常に個人的な観点なのだが、思い入れることのできる登場人物がいないことである。主人公の光源氏さえ、女性からは必ずしも好意的に見られているわけではない(作者である紫式部もどうやら、光源氏に「やれやれ」と思っているフシがあるように思える)。当時の男性(貴族)のスタンダードなのかどうか知らないが、自分がふらふらとあちこちの女性に手を出していながら、正妻や第一夫人に責められると「あなたは心の狭い女性だ、どうしてそんなやきもちを焼いて私を悲しませるのか」と意味不明の逆ギレをかまして、泣く。申し訳ないが、ミナキに言わせると「けッ」である。どうやら当時の平安貴族は、ミナキの好みから著しく乖離かいりした方々のようである(たぶんお互い様だ)。そして、あきれ果てながらもそんな彼らに頼らないと生きていけない女性というのも、ヤな立場である。偏見を承知で言ってしまうが、花散里はなちるさとなどはものすごく、都合のいい女、に思えて仕方がない。


 以上の理由により、中学生ミナキマサオの意識はしばしば、物語の世界に入り切れずにふらふらとさまよい、ヨダレをたらしてカクッとなってはっと目覚めるという、不毛な事態におちいるというわけだったのだ。わかんねーよ、源氏物語(言っちゃった)。

 ちなみにミナキの好きな女性の登場人物は、源典侍げんてんじ近江おうみの君である。どちらもこの時代の女性としては自己主張が強く、自分の欲望や感性に素直である。ただどちらも、どうしたわけか作中ではお笑い枠として扱われているのが若干気になる。


 その後、角川文庫の源氏物語は、全3巻から全5巻に組み直され、持ち運びしやすい厚みとちょっと大きな文字になった新装版が出ていた。しかし、ン年前に公共放送の大河ドラマで紫式部が主人公となった際、書店のフェアでは角川文庫版はまったく見かけなかった(うちの周りだけだろうか?)。絶版になっちゃったのだろうか。ちょっと寂しい気持ちのミナキであった。


※源氏物語を愛する方々、スミマセン。個人の感想ゆえ、ひらにご容赦を。

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