第22話 天使は此処に

 保健室事変を乗り越え、なんとか殺人鬼モードの夏織を宥めることに成功した。

 まぁ結局、心中ライフをかけた勝負の決着はつかなかったがな。


 授業も特に何もなく終わり、後は帰宅するだけとなったのだが、隣の席の冬姫に話しかけられる。


「芹十君、この後は暇でしょうか?」

「ん? まぁな。家に帰って今ハマってるクソゲーを――」

「暇なんですね?」

「…………。暇です」


 冬姫の圧に勝てることなく、俺は首を縦に振ってしまった。

 俺たちの話を聞きつけ、遠くの席にいる夏織と隣のクラスの晶くんもすぐ側までやってくる。


「ではこの後も勝負をしませんか?」

「ねぇちょっと、私もう帰りたいんだけど」

「あら、次の勝負は〝料理〟でしようとしていましたのに……。どちらが胃袋を掴むか、気にならないのですか?」

「……芹十、この勝負引き受けるよ!」


 手のひらをクルクルさせている夏織に対し、呆れ混じりのため息を吐く。

 どっちみちクソゲー漬けになりそうだったし、美少女二人の手作り料理を味わえるという点では有意義なもの、か。


「あはは……セリくんすみません。お嬢サマのわがままに付き合ってもらっちゃって」

「いいんだよ。冬姫の元気そうな姿見てると、俺も元気になってくるからな」

「セリくんは本当に素敵な人っスよね! 僕が女の子だったら多分惚れてたっス!!」

「おお……我が天使よ……」

「何言ってんスか!?」


 相変わらず癒し枠の晶くんの頭を撫で撫でしてやると、恥ずかしそうにしながらも微笑んでいた。

 危ない。手から浄化されて塵になるところだった。そして今から勝負をする夏織と冬姫よ、そんな恐ろしい視線でこちらを見ないでくれ。


 殺気を感じながらも、俺たちは冬姫が用意をした勝負場もとい、家庭科室までやってきた。


「食材とかはどうすんだ?」

「既に手配しております。冷蔵庫に入っておりますので、それで勝負をいたしましょう。食材はすべて同じですのでご安心を」


 正直言って、夏織には期待していない。アイツの料理スキルはお世辞にも上手いとは言えず、何度鼻を摘みながら食べたことか。

 しかし今回は期待の冬姫もいる。勝負的には夏織に勝ってほしいが、俺の味覚的には冬姫に勝ってほしいという……。うむ、ジレンマだな。


 椅子に座って頬杖をつきながら、エプロン姿に着替えた二人を見つめてそんなことを心のなかで呟く。


「さて、では制限時間は40分。作る料理は何でもあり」

「ん、大丈夫。さっさとやって、芹十の胃袋を握り潰す……!!」


 夏織さんや、胃袋を掴むではなく握り潰すのかい。やめておくれ、切実に。

 胃がまたキリキリし始めた気がして腹を抑えたが、晶くんが気にしてくれている。やはり天使である。


「あ、えーっと、ではお料理勝負スタートっス!!」


 晶くんの合図で勝負がスタートした。

 俺と晶くんでどちらかを決めるのだが……あれ、おかしいな。晶くんが苦い表情をしながら消火器を構えているぞ? まさか、そんなことないよな?


 そんな不安は大正解と言わんばかりに、冬姫の方では不穏な独り言が聞こえてくる。


「人参はこれくらいですね。ぶつ切り……つまりブツブツになるまで切ればいいのですね!」


 内心美少女の手料理が食べれるぞとウキウキしていたのだが、もはやそれは消え失せていた。


 ――そして数分後……。


「「完成したよしました!!」」


 机の上に広げられる料理……と思われるもの。

 片方はおどろおどろしい見た目で、もう片方は「ぼくがかんがえいきょーのりょうり」みたく全てを詰め込んだ物。

 スゲェや。こんなにも食欲が進まないなんて思わなんだ。


「じゃ、じゃあまずは夏織のやつから。はむ……ゴフッ。フッ……フウッ……つ、次は冬姫の……ヴッ……」


 二人の料理を食べたのだが、それぞれ甲乙つけがたい代物だった。伸び代しかないなんて素敵な料理なんだろう。


「芹十、どっちの料理がいい!?」

「ワタクシですよね?」

「ちょ……ちょっと、待って、うぷ。少し時間をくれ……」


 人の作った料理で苦い顔をするのは良くないとわかっているが、流石に無理だ。

 息を整えて、口内にある味が消え失せてから言葉を喋ろうとしていると、隣から一つの料理が置かれる。


「あの……よければこれ食べてお口直し……は、失礼かもっスけど、どうぞ。余り物であんま豪華ではないんスけど……」


 晶くんから差し出された料理は輝いて見え、自然と手が動いてそれを口に運んでいた。


「うっ……!? 美味ッ!! 今回の勝負、晶くんの勝ちだ!!!」

「えっ? へっ!? ちょ、何言ってんスか!」

「晶くん、毎朝俺のために味噌汁作ってくれないか?」

「本当に何言ってるんスか! ……ま、まぁそこまで褒められると照れるっスね〜……」


 満更ではなくニヘラッと笑う晶くんだったが、背後から飛んでくる二人の殺気に気がついて俺の背中に隠れる。

 なんでこの三人の中で男の晶くんのヒロイン力がピカイチなんだよ。


「晶……ワタクシを出し抜くとは覚悟がおありですね……?」

「芹十、ちょっとそこどいで欲しい」

「あのなぁ……二人とも、そんな怒る暇あったら晶くんに料理教えてもらえよ」


 今回の勝負は晶くんの勝ちということで、俺の心中ライフを一削って彼に渡すことになる。

 ちなみに晶くん、押しに弱かったのでマジに毎朝味噌汁作ってくれそうな雰囲気で激アツだった。

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