第6話 同衾未遂ともう一つの遺書

 結局、あのあと先生にはこってりと絞られた。

 まぁなんとか誤解は解くことはできたが、不審ポイントはめちゃくちゃ稼いでしまったな……。


 幸いにも全力ハグ作戦は功を奏し、授業中はきちんと自分の席に座ってくれた。とても喜ばしいことだ。

 ただ、授業中にチラチラ俺のことを見て怒られていた。休み時間中、べったり俺に引っ付いて怒りを露わにしていたが、怒られたのは自業自得だろうに。


 そしてなんやかんやあり、無事に今日の授業を終えることができた。


「はぁぁぁ……まだ月曜だったのにもう疲労困憊だ」

「芹十大丈夫? 過労死しちゃダメだよ? 私にできることならなんでもするから死なないで……」

「そんなやわな体じゃねぇよ。……あと、あまりそういうことは言わない方がいいぞ」

「芹十にしか言わないよ」

「ん゛ん……!!」


 やはり腕にしがみつくのはデフォルトで、夏織は心配そうに俺の顔を見上げてそう言う。

 高校からの下校中で周りに人もいなかったから、聞かれなくてよかったな。聞かれてたらまぁ……サイアクな目に合わされそうな予感がするし。


「んじゃ、俺はこの辺りで――」


 夏織の家まで到着し、ここらあたりで別れようとした。だが、このまま去ろうとするのならば夏織がくっついている片腕を置いていくしかなさそうだ。

 生憎俺は赤い髪じゃないし、片目に傷跡なんざ残ってないし、海賊でもなんでもないから片腕欠損はごめんだね。


「あの、お家に帰りたいんだけどもォ〜……?」

「うん、わかってる。帰ろうね」


 ぐいぐいと引っ張られ、みるみる夏織の家に引きずられ始める。


「夏織さん!? 少しお話を……って力強っ! あぁ、さながら蟻の巣穴に引きずり込まれる虫の死骸の気分だッ!!」


 事細かく状況を説明してくれるアニメキャラのように騒いでいるうちに、夏織の巣穴いえに引きずり込まれた。

 まぁ、多分今日はこうなるだろうなと半ば諦めていたしな。覚悟はできてる。


「はぁ、お邪魔しまーす。……って、今日はいないのか?」

「うん。パパは普通に仕事だし、ママも撮影だから今日は遅くなるかもって」

「お前の母親すげぇよな。俺の母さんと同い年なのに美人すぎるし、写真集出たらSNSでトレンドになるし……」


 美少女の夏織の母親だけあって、めちゃくちゃ美人なのだ。多分あの人のせいおかげで俺の癖が少し壊れたと思う。


「んで、何するんだ? クソゲーでもするか?」


 寂しさを紛らわせられるような提案をしたのだが、彼女はふるふると首を横に振る。

 何かしたいことでもあるのだろうかと思い、されるがままに夏織の部屋に連れていかれた。


「芹十がいなかった土日はさ、もう死んじゃったと思って全然寝付けなかったの。だから、さ……一緒に寝て欲しいなーって……」

「なッ……!!?」


 夏織と一緒に寝るのなんて、多分小学二年生以来だった気がする。

 だが、その一線を越えてしまうのは良くない気がする! 弱みに付け込んでいるようなそんな気がするし……。いや、でもこうなっちまった原因は俺だしなァ〜〜!!


「芹十、早く」

「くっ……! 俺はここまでなのか……!?」


 妖怪ベッド引きずり込み同衾美少女に手を引かれ、とうとう終わりだと思ったその時だった。

 俺がベッドに手をついて枕が大きく跳ねると同時に、枕カバーの中から一枚の紙が現れる。


「ん? なんだこれ」

「あ――ちょっと! だ、ダメっ!!」


 何やら夏織が焦った様子で手を伸ばすが、それよりも早く俺が手に取り、紙を見る。

 どうやらそれは写真だったようだが、それは……。


……?」


 この前夏織が『落書きの練習するから芹十の写真撮らせてー!』とか生意気なこと言って、写真を撮られてたことを思い出した。

 その時の写真をなぜ枕カバーの中に入れてるんだ?


「あ、あぁ……あうぅ……!!」

「おぉ、撃退成功した」


 顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせたかと思えば、布団にくるまって身を隠す。


「なんで写真なんか枕カバーに入れてたんだ? ……もしかして俺の遺書が原因か……?」

「違うの! その、えっと……うー。普段から入れてて……あの、夢の中でも芹十に会いたいなぁって、思ってて……」

「エ、えー……」


 随分と可愛らしいことをしているなぁという微笑ましさが半分、自分をそこまで求めているのかという照れ臭さがもう半分を占めていた。

 布団から湯気が上がっているし、俺自身も顔が熱い感覚がする。室温がものの数秒で上昇した気がした。


「その……まぁ、なんだ。これからはもっと構ってやるから。元気出せよ」

「うぅ……恥ずか死ぬぅ……」


 もう布団の中に引きこもって出てこないかと思ったが、ニュッと手だけを出してくる。

 なんかにぎにぎしてんな。これは……罠か?


「手ぇ! 握ってよっ!!」

「アッ、ハイッ」


 しばらく手をジッと眺めていたのだが、とうとう怒られてしまった。

 大人しく従って手を握ると、ひょこっと顔を半分出してくる。そして「えへへ♪」とはにかんだ笑顔を見せてきた。

 やめてくれ夏織。その尊い笑みは俺に効く。


「ほんとうに、よかった……。芹十がしんじゃったら……」

「……夏織?」

「……すー……すー……」


 相当寝不足だったのか、手を握られて安心したのか……。わかりやしなかったが、夏織は寝息を立て始める。

 改めて思うが、まさか遺書一つでここまで変化するとは思っていなかった。……ただ一つ、疑問点がある。


(思い返してみたが、俺の遺書ってあった気がすんだよなぁ……)


 探し忘れなのか、はたまたもう捨てたのか……。まぁもう必要のないものだし、気にしなくていいだろう。

 そう思い、俺は床に座ってうたた寝を始めた。



 # # #



 ――とある室内にて。

 銀色の髪に赤い瞳を持つ少女が、一枚の紙を眺めていた。そこには「遺書」と書かれており、

 そう、これこそが芹十が書いたもう一つの遺書だ。


「お嬢様、そろそろお食事の時間です」

「あぁ、もうそんな時間でしたか。わかりました。すぐ向かいますわ。行っていいですよ」


 ノックの音がした後、メイドらしき人が部屋に入ってきてそう告げた。

 メイドはペコリと一礼した後、部屋を後にする。


「明日から新たな高校へ転校ですしねぇ。うふふっ、楽しみです。と再会できるなんて。……そういえば、ワタクシとしたあの約束はまだ覚えているでしょうか……」


 その少女は口角を上げ、呟いた。


「――という約束を」

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