最終話 大切な物を与えた二人の盗賊

「本当に行っちまうのか?」


 マオの勝利を称える歓声が響く中、俺たち三人はお偉いさんたちばかりで場違いなコロシアムを出ていた。


 祝福してやりたいが、マオはこのあと次期国王になる儀式などで忙しい。


 とても近づけたものではないので、見事なまでの圧勝だったなと笑いながら歩いていたら、レイナが言ったのだ。「母の元へ行く」と。


 アンサングの手引きで静養地にて病と闘っていた母だが、回復術師の目途は、まだ立っていなかった。


 だが今回の勝利で、ようやく都合がついたのだ。


 前々からマオが約束していたとのことで、次期国王の座が盤石となったら、王族御用達の回復術師を向かわせるとのことだ。


 どうやらその人物に同行するらしく、準備を急ぐという。


「しかし、さっきの話とやらはどうするんだ?」

「マオ王子が国王となるのはまだ先でしょうから、しばらくはいいかなと。私としても、まずはお母様が健康になってくださらなければ、神職も手につきませんから」


 血は繋がっていなくても、レイナにとって母親の完治が最優先のようだ。


 こればかりは、親を知らない俺やクロノには分からない。


 しばしの別れとなるが、レイナは必ずこの、イベルタルの王都に戻ってくると約束した。


「マオ王子との約束や、二人に会うためというのもありますが、今回の一件でイベルタルの腐敗を根深く知りましたからね。神に仕える身として、聖剣を携えた王に相応しい国にするため、私なりに色々とやってみようと思っていますから」


 それはきっと、今回はずっと囚われの身だったり、人質だったり、とても聖女として役に立てなかったレイナなりの覚悟なのだろう。


 俺も肩をすくめ、楽しみにしておくと言った。


「しかしマオが持つ分には文句はねぇんだが、もし他の王族に渡ってたら大変だったな」

「本当ですよ。そもそも、聖剣はイベルタルの王族か勇者しか手に出来ない神聖なるものなんですよ? それを、あのような欲深き者たちでも手に出来るなど、王族が聞いて呆れます」

「まさか託された勇者のみならず、他の連中まで汚職ばかりとはな。聖剣も汚い連中の温床の中で呆れてたことだろうよ」


 ホントですよ! レイナが声を荒げると、王族として恥ずかしくないのかとか、クドクドと文句を口にしだした。


「母国を守るための力である聖剣の持ち主たちが、あんな体たらくでは、次の世代まで心配になってきてしまいます」

「お偉いさんの考えることは、俺たちには理解できねぇな」


 なんて話していたら、クロノが「簡単な話だよ」と割り込んできた。

 レイナと顔を合わせて耳を貸すと、とてもシンプルな答えが返ってきた。


「みんなお金が大好きってことさ」

「……だな」


 盗賊として、それに関しては否定などできようはずもない。


 レイナは注意しようとしたようだが、今回は金が好きな盗賊のお陰で、強欲な王族たちが裁かれたのだ。


 どうにも納得のいっていない様子だったが、肩をすくめて「時には聖職者として目を瞑ることも大事ですね」と、レイナなりに納得したようだ。


「では、私は準備がありますので」

「ああ、お母様とやらによろしく言っておいてくれ」

「その時は、盗賊であることは隠させていただきますけどね」

「そりゃねぇだろって言いたいところだが、病み上がりの母親に盗賊の友達が二人もいるなんて知らせたら、また体調崩しちまうからな」


 違いないね。クロノもまた加わると、しばらく三人で笑っていた。


 やがてそれが収まると、これにてレイナとは一時の別れとなるだろう。


 あのクズ勇者から盗んだ宝でもあるレイナだが、束縛する気もないし、なにより、また会える。


 じゃあな、と別れの言葉を口にしようとして、レイナは俺を瞳に移してから、深く頭を下げた。


「勇者パーティーから助けていただいたお礼がまだでしたので。お陰で、思いもよらぬ体験と、光差す未来が見えました。重ねて、ありがとうございました」

「……親友だろ? そんなに畏まったのは無しにしようぜ? それよか、帰ってきたら酒でも奢ってくれ」

「ええ、いくらでも」


 もっとも、レイナはミルクしか飲まないとのことだが。


 そうして別れが済むと、レイナはもう一度ペコリと頭を下げてから、旅の支度へ向かったのだった。


「……実はレイナにお金借りてたんだけど、忘れてるのかな」

「お前ってやつは……」


 最後の最後まで締まらない。それが俺たちらしくて、帰ってきたら返すように注意したのだった。




 ####



 国中にマオの勝利と歓声の声が響き渡る。マオ直々に、国王となった暁には貧困層への手厚い支援をするとの約束が発表されると、貧民街の人々も喜びの余り騒いでいた。


 ようやく、イベルタルの夜明けが来る。そんな中、俺とクロノはアンサングの一室で酒を手に、ボォーッとしていたのだった。


 やることは全部終わったし、もう身の危険が迫ることもない。


 マオからはアンサングという組織へ、今後はどのように扱うかなどの知らせが来るだろうが、まだ先だろう。


 向かい合うソファーで酒を手にしながら、特にやることもなく暇をつぶす。


 イベルタルに来てからはずっと大忙しだったし、数日としないうちに新しい組織としての体制について考えなければならない。


 だから、こうして何もせずにいられる時間は、今だけかもしれない。


 酒を飲みながらの時間がゆっくり流れていく中、俺はクロノに、聞いておきたかったことを問いかけてみた。


「一ついいか?」

「んあ? ボクの美貌の秘訣かい?」

「それも聞きたいところだな、なにせ俺からしたら、クロノは天使みたいなものだからな」


 ブッ! と飲んでいた酒を吐き出しそうになっていたクロノは、顔をひくつかせながら言う。


「なんか、性格変わってない? それとも酔ってるの?」

「酔ってないし素だ。しかし俺の人生最高の宝は、天使の如く見目麗しい盗賊だった――いつか自伝を書く時に、天使たる所以も載せておくと信憑性も増しそうだな……」


 なんて呟いていると、クロノは「ぅぅぅぅぅ~~」と呻いた。


「なんなんだよぉ……調子狂うじゃんかぁ……」

「そういう時たま見せる弱いところも可愛いな」

「~~! ああもう! なんだか知らないけど、聞きたいことってなに!?」


 普段の飄々とした態度を崩され、ヤケッパチになって聞いてきたクロノに、俺はどうしても引っかかっていたことを口にした。


「なんで、俺の事をずっと好きなままでいてくれたのかなって」

「へ?」


 間の抜けた声を出す相棒にして愛するクロノに、俺は続けた。


「俺の事を最初から好きでいてくれたのは聞いたんだが、正直に言うと、その後もずっと好きでいてくれた理由が分からなくてな……孤児院を出て、他にも似たような男ならたくさんいたろ? それでも俺の事を想ってくれていたんなら、理由を聞いておきたくてな」


 自分で口にしていて恥ずかしくなりながらも言い終えると、今度は逆にクロノが得意げな顔で反撃の時が来たとばかりに笑みを浮かべていた。


「なるほどねー、なるほどなるほど。シビトはボクにどこが好かれたのか知りたいと? へー、ふーん……ひひっ、なんだそんな事かぁ」


 意地悪く微笑むクロノは、たっぷりと目を泳がせる俺を見物して楽しんでいた。


「まぁ詳しくは教えないよ。孤児院を出てからだって、ボクには色んな出会いがあったし、魅力的な男との出会いもあったからね」

「なら、なんで……」

「そーだね……敢えて言わせてもらうなら、君は運がよかったんじゃないかな?」

「? どういうことだ?」


 本当に理解できずにいると、クロノは孤児院を出てアンサングに来てからのことを話した。


「いっつもレイナが隣にいるのが嫌になって、今でも変わらないんだろうなぁーって思い出しながら盗みの仕事をしてたらさ、今も言ったけど、色んな出会いとかあったよ。ボクみたいな身体つきが好きな変態もいたけど、中には本当に良い出会いもあった。でも、ずっと心の中ではシビトのことを想ってた。そんな日々が続いてたわけだけど、いい加減に過去を吹っ切ろうかなって時に、君がアンサングを頼りに来た」


 昔を懐かしむようなクロノは、俺と再会したとき「まだ心がシビトに寄っていた」と言う。


「過去を捨てて他の男に乗り換えるかどうかで揺れてる一番の時――所謂、賭場で言うところの、勝敗も何も分からない大勝負にベットするかしないかを決めるときに、シビトは来たんだ。こう言っちゃなんだけど、ボクとしては助かったよ。よく知りもしない裏稼業の男に身を捧げるか、ずっと片思いと振り切るかで揺れてたシビトだったら、当然君を選ぶからね」


 俺がアンサングを頼るのが遅かったら、クロノの隣には、別の男がいたのだろう。


 言う通り俺は運がよく、クロノが他の男の元へ行ってしまう前に再会できた。


 それを咎める気はない。クロノにはクロノの葛藤があって、人生がある。


 普通だったら、他の女に恋をしていた俺の事をずっと想い続けてくれるなんてあり得ないのだ。

 本当に運がよかった。だからこそ今がある。


 しかし、結局答えにはなりきっていない。再会したというだけで、その先もずっと好きだったでは、どうにも納得がいかないのだ。


 もっと具体的な理由はないのか。聞くと、クロノは「開き直ってるから恥ずかしい事を聞いてるって自覚がないね」と呆れていた。


「でもまぁ、そうだね……分かったよ。ボクも全部話すさ」


 クロノはそう口にすると、懐かしむような顔を浮かべた。


「孤児院のためだとか言って再会して、ボクとしても都合がよくてまた好きになって、一緒に仕事をして……それだけだったら、もしかしたらただの仕事仲間にランクダウンしてたかもね。なにせ、孤児院のためにお金流してるから、食費もなくなって借りにくる始末だったしさ」


 そんな事もあった。「悪い」と謝って続きを促すと、クロノは、そんな馬鹿正直なところに惹かれていたらしい。


「恩返しのためだからって、盗賊がせっかく盗んだ金を返しちゃってさ。まぁ、お陰で巷じゃ義賊だなんだって騒がれてたけど、君はそんな二つ名なんて気にすることなく続けたよね。だけど、その行いを全部否定された。あの時の君、自分じゃわからないかもしれないけど、もう今にも壊れそうだったよ?」


 そんなにか。聞くと、自己犠牲をしてたら更に傷ついて、はたから見たら不幸のどん底だったそうだ。


「不毛な生き方だなって思ってたけど、まさかあれほどとは思わなくてね。そこで決めたんだよ。ボクをギリギリのところでいつも救ってくれていたシビトのことを、絶対にボクが幸せにしてやるって!」


 それだけだよ! クロノは顔を赤らめて言い終えると、もう一度「本当にそれだけ」だと、優しく微笑んで言った。


 孤児として生まれ、ジョブは最弱の盗賊で、それでも誰かのために尽くして……その行いすら報われなかった想い人。


 クロノはらしくないが、自分もまた、そんな有様の俺の事を救いたいと決めたのだ。


「だから、これからは絶対に幸せにするから! アンサングの長として誓うよ!」


 開き直ったクロノの言葉に、俺はどうも情けなくなりながら返す。


「幸せにするって、男の俺から言わせてくれよ」

「悪いね、君の決め台詞は盗ませてもらったよ!!」

「このやろっ! 一番いいところ持っていきやがって!!」


 俺たちは、ソファーの上でじゃれ合っていた。幼き日の孤児院で、男も女も関係なく遊んでいた日々のように。


 時が経って大人になっても、互いに失ってきた時間を盗むように、ひたすらに騒いだ。


 これからも、生まれながらに親も家も金も奪われて育った俺たちは、その分を世界から盗んでいくのだろう。


 いつかは、最弱の盗賊でも最高に幸せで最良の仕事を任される未来を夢見ながら、俺たちは笑いあい続けたのだった。



【作者より、感謝を込めて】

 最後まで読んでいただきありがとうございました! もとは一話部分の短編だけで終わらせるつもりが、なんとかカクヨムコン期間中に十万文字にて完結です!(この後書きを抜いてですのでご安心を)

 途中更新が止まったり、誤字や脱字が出たりと色々ありましたが、最後まで書けて良かったです。特に、クロノをしっかり幸せにしてあげられたのは個人的には一番満足です!

 今後もカクヨムにて長編の執筆をしていきます!

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 他の作品を書くモチベにもなりますので、よろしくお願いします!!



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【カクコン10読者選考突破】最弱の盗賊だからと追放されたので手切れ金代わりに聖剣を盗んでやりました〜使えないので売り払おうとしたら、国をも動かす一大事に巻き込まれた件〜 鬼柳シン @asukaga

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