第3話

「きゃー、右近様よ!」

「素敵ぃ」

 どうやら、自転車にまたがった男に向けられた言葉らしい。

 下せぬ。

 いくらイケメンでも、私と同じようにママチャリ乗ってるだろうがよ!

 私は庶民が恥ずかしいで、あっちは右近様素敵っての、おかしくない?

「見ない顔だな?高等部からの新入生か?」

「はい」

 そうだった。ここは中学部どころか小学部、幼稚舎まである。高校の生徒の8割が中等部からの持ち上がりで、すでにみんな顔見知りなんだよね。

「俺は1年の右近竜二だ。その自転車は何年物だ?ずいぶんピカピカだな?」

「数日前に買ったばかりです」

「なんと!俺のはもう5年になる。大事な相棒だ!」

「はぁ……」

 前世の記憶が不意によぎる。

 愛馬ならぬ騎乗用の竜を大事にしていたキャラクターがいたなぁ。確かあのキャラクターも悪役令嬢の断罪に絡んで……。

「前に乗っていた自転車は気に入らなかったのか?それとも壊れたのか?」

「いえ。中学の入学の時に買ってもらって、気に入っていたのですが。引っ越しの時に、持ってくることができなくて」

 自転車って運ぶより買った方が安いとまでは言わないけど、結構な金額する。それなら新しいのを買いましょうということになった。

「なんと!そうか、引っ越しで……愛車を手放さなくてはならなかったのか……それは辛かったな……」

 右近さんが、顔をゆがめた。

 いやいや。まるでかわいがっていた犬とお別れしてきたみたいなテンションで言われても……。

「あの、新しい自転車も気に入っているんです。これ、パンクしないタイヤなんですよ?空気入れもしなくていいんです!ちょっと重たくなったけれど。それにずっと真っ白な自転車に憧れていたので」

 にこりと笑うと、右近さんがつられて笑った。

「パンクしないタイヤ!それは、自転車にとっても傷つかないと言うことだな。痛い思いをさせたくないという心遣い」

 ……右近さんの言動についていけない。逃げ出したい。

「まぁ!右近様に近づくなんて、きぃーっ!」

 いや、逃げ出したい。

「まさか、あれを狙って自転車で?その手がありましたわね!」

 だから、知らないって。

「大手自転車メーカーの御曹司……右近様狙い……」

 そうなんだ。右近さんって、自転車の会社の息子なのか。だから、自転車に並々ならぬ愛を。

 スポーツができそうで、体格もいい右近さんにはママチャリが似合わないなぁと思ったけど。自社の自転車ってことなのかな?

 右近さんが、自転車から降りて私の横に立った。

 うわ、背が高いなぁ。見上げたら、白い歯がきらりと光った。

 短く切られたつんつんヘア。日に焼けた肌に、しっかりした眉。イケメンって白い歯が本当に光って見えるんだな。エフェクトじゃないのか。いったい、どんな科学的作用があるのだ……。

「俺は、1年の右近竜二だ」

 さっき、聞きましたけど。

「あ、えっと、1年A組の佐藤美蘭です」

 名乗り返してないから、もう一度行ったことに気が付いて慌てて名乗る。

 右手が差し出された。

 え?握手?

 したくないんだけど。だいたい中学校の時だって、男子と手を握ることなんて皆無だったんだよ?いいくら握手とはいえ、ハードル高いな!

 って、思って躊躇してたら、自転車のハンドルを持つ私の手をがっしり握って、、ぶんぶんとふった。

 この強引さ……。

「きゃー、右近様が庶民の手を!」

「右近様を誘惑するなんて……」

「許せませんわ」

 って視線が痛い。

 私は無実。

 何もしてない。誘惑のゆの字もしてない。

 悪役令嬢の記憶がフラッシュバック。冤罪じゃー!現代日本でもこんなに簡単に冤罪で断罪される案件が持ち上がるとか、

 しかも、さらに記憶が。

 この右近竜二……マジで私を断罪した一人、竜騎士のコンザージの生まれ変わりみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る