第8話 ノーネーム

 ――って思ってた時期も俺もあった。


「はあ……」


 まさか、地下40階のボスと戦っても、ほとんど歯ごたえナシだとは思わなかった。

 おまけにそこでダンジョン終わりだったし。


「40階までしかないのか……」

『なにかおっしゃいましたかマスター?』

「あー、なんでもない。独り言だ」


 独り言をエルドラに聞き返され、慌てて誤魔化す。

 現時点の新宿ダンジョン最深部は40階。

 でも俺は、最高250階まで潜ったことがる。


 ゲームだと、魔王を討伐する毎にダンジョンが成長していくんだよ。

 40階はゲームスタート時点の初期値だから、たぶん今後、魔王を倒せばもっと深く潜れるようになる。


 ――っていう話をエルドラにしても理解されないし、逆になんでそんなこと知ってるんだってめんどくさいことになるから、黙っているに限る。


 本当はもっと強い敵と戦いたかったんだけどな……。

 40階の敵をガシガシ殲滅してたら、位階Ⅲになった。

 嬉しいやら悔しいやら。


 一応ダンジョンは、ハンターとしての実力――位階を鍛えられる場所なんだけど、やっぱり深淵での戦闘には敵わないんだな。


 深淵には、位階が遙か格上の魔物がたくさん出てくる。

『ラグナテア』の本編も、実質は深淵攻略からスタートって感じだったし、仕方ないか。


 時間を見ると夜の九時。

 もうすぐ寮の門限だ。さっさと帰ろう。


○名前:白河 颯

○位階:Ⅱ→Ⅲ  ○ハンターランク:F

○クラン:―

○装備

 ・武器:レギオン

 ・防具:夢幻のローブ

     夢幻の手甲

     夢幻のブーツ

     夢幻のベルト

 ・ペット:白銀の守護機〝エルドラ〟




          ○




 翌日、クラスに行くと興味深い話題で盛り上がってた。


「なあなあ、昨日のデイリーランキング見た?」

「見た見た! まさかの新顔が一位!」

「二位とダブルスコア以上付けて一位ってすごくね?」

「このノーネームって、誰なんだろうね」

「ハイクランの誰かが、名前を偽ってランク荒ししたんじゃね?」

「いや、一度登録した名前は変更出来ないはずだぞ」


 ……へえ。この世界にも、ランキング制度があるんだな。

 デバイスで検索すると――たしかにあった。


 デイリーランキングから総合ランキング、クラン別ランキングまである。

 この辺りはゲームより種類が豊富だな。


 クラン別総合ランキングは――おお、【払暁の光剣】が一位なのか。

 ゲームじゃ知ってたが、こっちでもすごいクランなんだな。


 ほんで、デイリーランキング個人の部の1位が、ノーネームね。

 名前を明かしたくない恥ずかしがり屋さんか、中二の病から抜け出せない闇の者か、どちらかかな。


 そういや、この世界のデイリーランキングって、どれくらい魔物を倒せば入れるんだ?

 ゲームだと、大体四・五千匹くらいだったが……。


 俺も土日でたくさん魔物を倒したが……上位に『白河颯』の名前はなし。

 狩りを始めてすぐにランキング入りとか、さすがに夢みすぎか。


「白河くんおはよう」

「おはよう」

「昨日のランキング見た?」

「丁度見てたところだ。このノーネームって痛い奴、誰なんだろうな?」

「ははは。本人が痛いかどうかはわからないけど、単純に名前が未登録なだけじゃないかな」

「未登録?」

「ハンター証の登録時に、ランキング設定してなかったら名前がノーネームで出るらしいよ」

「へえ。ちなみに、意図的に未登録に出来るのか?」

「うーん。普通は無理かなあ。あっ、学生証なら出来るかも」

「ほぉん?」

「学生証って、正式登録と違う手順で発行されたハンターライセンスだから、ノーネームに出来る可能性はあるよ。でも、初めてダンジョンに行ったら、受付の人に登録を勧められるんじゃないかな。白河くんはどうだった?」

「…………あっ」


 背筋が凍る。

 そういや薦められたわ。


「白河くん? もしかして――」

「い、いや、なんでもない」

「はあ。登録忘れてたんだね」

「…………はい」

「どうしてすぐに登録しなかったの?」

「いや、なんか中二ネームみたいで恥ずかしいかなって思って。あと普通に何も考えてなかったってのもある」

「普通、ハンターネームって自分の名前を登録するんだよ」

「そ、そうなのか? じゃあなんでわざわざハンターネームなんて登録させるんだよ」


 ライセンスに登録された名前をそのまま流用すればいいだろ。


「一昔前に問題が起ったんだよ。芸能人の実名がわかっちゃったり、結婚後に名字が変わって誰かわからなくなったり」

「へえ。そういう問題があったんだな」

「ハンターネームは、一応社会で通用する〝通名〟になるから、きちんと登録しておいたほうがいいよ」

「お、おう。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。ところで白河くん」


 安達がずいっと近づいて、見たことのない笑みを浮かべた。

 きらり光る眼鏡が怖い。


「もしかしてこのノーネーム、白河くんじゃない?」

「――――ッ」


 心臓がキュッとした。

 知らん。俺は知らんぞぉ!!


「痛い人だっけ?」

「ぐっ」

「この中二病みたいな人、誰なんだろうねえ?」

「ぐふっ。……お、俺なわけないだろ。ランキングに入るなんて、無理無理」

「じゃあ、デバイスをチェックしてみようか」

「ん?」

「そのデバイス、ハンターライセンスと同期してるから、自分のランキングがチェック出来るんだよ」

「……なん……だとッ!?」

「ほら白河くん、デバイスのランキングを見せて?」

「ヤ、ヤメロォ!」


 安達の手からデバイスを守る。

 くそ、安達め。

 普段は運動神経が弱いのに、こういう時の動きは素早いな!


 俺と安達が攻防を繰り広げている時だった。

 クラスの扉をバーンと開いた大斗がこちらに近づき、


「やるじゃんハヤテッ! デイリーランキングで一位になったんだって!?」

「なん、だとッ!?」

「三浦くん、その情報はどこで手に入れたの?」

「ん、さっき学校の掲示板見たら張り出されてたぜ? 我が校の生徒が一位達成オメデトーって」


 大斗が大声を出すから、クラス中がざわめきだした。


「えっ、じゃあこのノーネームって、白河くんだったの?」

「うわ、まじか。幻滅」

「ノーネームって、プッ!」


「ぐふっ!」


「中二病かよ」

「くすくす」

「†闇の者†のネーミングセンスwww」

「や、やめろ、笑いすぎて腹、痛いwww」


「ご、ごろじでくれ……」


 予想外の現実アッパー直撃に、俺は机に突っ伏したのだった。


 この日から俺は、『底辺で嫌な奴』から『底辺で痛い奴』という評価を得ることになった。


 ちくしょうッ!!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




TIPS

・ハンターランキング

 ダンジョン内のモンスターを討伐すると、その強さに合わせて貢献度が付与される。

 この貢献度の順が、ハンターランキングだ。


 デイリー、ウィークリー、マンスリー、ハーフイヤー、イヤーと分けられており、このランキングに入ることが、ハンターとして昇格する一つの基準にもなっている。

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