第4話

 今日はつるぎ君とVCボイチャする日。上司に無理言って定時で帰って、久しぶりにアンロドを起動した。

 当時のデータはまだ残っていて、私が操作していたキャラ・フローラのレベルはカンストしていた。

 こんなクソゲー、よくやり込んだものだと、今更ながら呆れる。でも、やり込めたのはつるぎ君が一緒にいたからだ。


「あー! 耳が壊れるー!」


 そうじゃなかったら、こんな酷いBGM聴きながらプレイできないって!

 オプションから、BGMの音量を最少にする。消せたらいいんだけど、生憎ミュートの機能はない。なんだこのクソゲー!


「えっと、十時からだったよね」


 時間は十時五分前。ゲーミングヘッドセットなんていう高価なものはないから、テレワークで使ってる安いヘッドセットをコントローラーに繋ぐ。

 ドキドキしながら待った。つるぎ君は、今どんな声をしてるんだろう。PVのマルティンは、本当につるぎ君の声なんだろうか。


 つるぎ君がログインした。ヘッドセットから声が聞こえてくる。


「……エミ?」


 懐かしい。つるぎ君の声だ。

 そして、やっぱりPVのマルティンと同じ声だった。


 私は口を開く。 


「久しぶり、です。エミです」


 出した声は少しだけ震えてしまって、ちょっと情けなかった。


「あ、久しぶり。天叢雲剣あまのむらくものつるぎです」


 ぎこちない挨拶。十年ぶりだもの仕方ない。

 私は、そのぎこちなさのまま、つるぎ君に尋ねた。


「PS4、まだ持ってたの?」


 ヘッドセットの向こうから、つるぎ君のぎこちない声が聞こえる。


「いや。エミからメッセージを貰ってすぐ、リサイクルショップに走ったよ」


「え? あ、そう、なんだ……」


「久しぶりにVCボイチャできて嬉しいよ。十年前はちょっと嫌な別れ方だったからさ」


 つるぎ君の言葉が、ズキリと私の胸を刺した。あの時疎遠になった理由は、きちんと話しておかないと。信じてもらえるかはわからないから、話すのがすごく怖いけど。


「あの時の悪口なんだけどね、あれ、私じゃないの。私のTwitterのアカウント、誰かに乗っ取られてて……」


「うん、分かってるよ」


「……へ?」


 意外な言葉に、私は気が抜けた。


「あの当時は、色々言われて病んじゃって、ほぼ全部のアカウント消したけど、後々考えたらさ、エミがあんなこと言うわけないなって思った。

 受験が終わった後、新しいアカウント作ってTwitterに戻ったんだけど、エミのアカウントを見つけられなくて……」


「そうだったんだ……」


 アカウントが私の手に戻った後、私はアカウント名を変えてフォロワー整理したんだった。プレステのアカウントもIDを変えて、以来放置してしまってた。

 だから、つるぎ君は私のアカウントを見つけられなかったんだろうと思う。


「それにしても、エミさ、俺のIDよく覚えてたね」


「飼ってたウサギが由来だって聞いてたから」


「ああ、そうだったね」


 …………沈黙する。

 気まずい。何を話そう。

 ……そうだ。


「アンロドのPV見たんだけど、マルティンの声って、やっぱりつるぎ君?」


 確信はあったけど、確認したくてそう訊いた。

 VCボイチャの向こうで、つるぎ君はフフッと照れ笑いしてる。


「うん。そうだよ」


 やっぱりそうだ。私は思わず笑顔を浮かべた。


「おめでとう。つるぎ君が声優目指してたなんて、知らなかった」


「いや、昔から目指してたわけじゃないんだ」


 あれ? そうなの?


「アンロドやってた時にさ、お互い声あてて台詞読み上げながら遊んでたじゃん」


「あー、そんなことしてたね!」


「その時、エミが言ってくれたから。マルティンには、俺の声がぴったりだって」


 私は驚いた。確かに昔、そんな遊びをしていた覚えがある。そして、確かに私はそう言ったことがある。でも、まさか……


「それがきっかけ?」


「そうだよ。だから、マルティン役は誰にも譲りたくなかった。誰にも、ね」


 つるぎ君の声はとても力強くて。声優という仕事、そしてマルティンという役柄に、自信を持っているんだなっていうのがわかる。

 変わらないと思っていたけど、違った。つるぎ君の声には、自信が溢れていた。

 すごいなって、思った。


「それに、マルティンをやってれば、エミが見つけてくれるんじゃないかって」


 ぽつりと聞こえたその声は、ノイズに邪魔されてかすれてしまった。


「え?」


 だから、思わず聞き返した。


「いや、何でもないよ」


 つるぎ君はそうやってなかったことにするけれど、私はなかったことになんてできない。

 ノイズがかかっていたけど、ちゃんと聞こえた。つるぎ君の声は明瞭だから、ノイズではかき消せない。

 顔が熱くなる。十年前の初恋。ただそれだけ。

 それだけのはず。

 

 でも、失恋したわけじゃない。私は、まだつるぎ君に恋をし続けているのかもしれない。

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