第47話 告白って甘酸っぱいのよ

 影が去り、影が現れる。

しかし怪異のそれではない。寧ろ人の息づかいを確りと燐光に忍ばせて、浮かび上がる黒い外套マントは、腰丈の長さに身体を覆う。相変わらず見慣れぬ、不格好とも言えるステッキを携えていた。

 足取り軽く、フロアに入ってくる。

「ケガはありまセンか? ミナさん」

 何処となく可笑しな音韻イントネーシヨン。学帽から覗く短い金髪。整った俳優のような鼻筋と顔立ち。颯爽と歩く体躯の美しさを、――ミエコは瞭然ハツキリと思い出した。



「デ、デービッドさん……?」

 漏れ出た言葉に揺れる感情が滲み出る。寸時痛みすら忘れ、呆然と燐光に浮かぶ白面に見蕩れた。伊沢やヒノエが訝しげに見つめる中、「……ミエコさん、ケガを?」と呟くと、足早にミエコに向かって駆け寄った。

 外套が風を孕み、燐光が学生服を静かに染める。

 志乃が間に入ろうとしたが、軽やかに身を翻し避けるとミエコの左脇に寄り添い、傷ついた腕をサッと持ち上げた。デービッドの指先が傷ついた乙女の腕に優しく触れた。

 つ――、と。

 しなやかな白い肌。

 銃弾に切り裂かれたジャケットが赤く染みる、その部位をなぞるようにデービッドは右手を翳した。

 すると――。


「ほぅ」

 感嘆を漏らしたのは伊沢であった。

 デービッドの掌が俄に白い輝きを放ち、乙女の腕に翳される。暖かく柔らかな光は、見るからに安心を覚える。光が薄らとミエコ達を照らし出した。

「こ、こここ、これは……?」

「シズかに」

 薄暗い中でも瞭然と浮かび上がるほどに紅潮した乙女の頬。ミエコの乱れた言葉をデービッドは凛と制した。集中し、目を瞑り、その時間にして僅か数秒であった。「もうダイジョウブです」と、デービッドが面を上げた頃には、凶暴な銃弾に切り裂かれたことなどなかったかのように――、ジャケットの切れ間から乙女の柔肌が顔を覗かせていた。


「平癒――、としても本邦の術式じゃありませんねぇ。面白い」

 扇子をパチンと閉めながら、伊沢が笑った。

「面白がってるのも良いけれど、――アナタ、ね?」

 ヒノエが弓を背に仕舞いながら、腕組みして訊ねた。

「レイ、とは存知上げマセんが、――多分そうでショウ」

 微笑み返したデービッドは『影ながら拝見しておりました』と、念話ですらすらと言葉を紡いだ。

『怪しまれるような振る舞いは、礼を失していると存じておりますが、何卒ご容赦ください。私も私で仕事でしたので』

 と、澄ました顔でヒノエに会釈した。

「あ、あの――、デ、デービッドさん」

 ミエコがしどろもどろに叫んだ。



「す……、好きです! 結婚してください!」



「へ――?」



 デービッドは目を見開いて素っ頓狂な声を漏らした。ヒノエも伊沢も志乃も同様である。呆気にとられ、瞬時言葉をなくしてしまった。

「お、お、お嬢様ぁ?」

「ミエコ、あ、アンタ何言ってんのよ!」

 仲間達の驚きも、制止も耳に入っていないのか、ミエコは顔を真っ赤にしたまま、爛爛と輝く瞳でデービッドを見つめた。早鐘の鼓動が聞こえそうなくらい、ミエコの身体を小刻みに揺らしている。

「ハ、ハハhaha――」

 引き攣った笑顔でデービッドは「ゴメンナサイ」と即座に返した。

『ミエコさんは冗談がお好きなようですね』

 と冷たい感じの眼差しに乗せて、念話での応答が平静のそれである。


「わ、私、何を――、って、ご、ごめんなさい……?」

 紅潮の極みに達したミエコが、頬を両手で押さえながら愕然と口を開けた。

「ミエコ……、アンタねぇ、何があったか分かんないけど……」

 憐れむヒノエの言葉が深々と耳に突き刺さり、ミエコは頭を抱えて勢いよくその場にしゃがみ込んだ。乙女らしい甲高い声を上げ、石仏のように固まったミエコを、伊沢達が肩を竦めて見下ろしていた。



「なんや賑やかやなぁ。もう終わってたんか」

 死人をこれでもかと殺戮し尽くした丸島が、漸く近づいてきた。ミエコ達が問答をしている間も死人は増え続け、最後の一体までに切り果たした死人は十を余裕で超えていた。事態が沈静化していたことを悟り、血みどろの牙を剥き出しに、ニッカと笑う丸島がヒノエ達の輪に入った。

「……どないな状況じゃあ、こりゃ」

 と滴る血を腕で拭いながら、伊沢に尋ねた。

「まぁ、ミエコさんもだったって事ですよ。詳しくは存じませんが――」

「取り敢えず聞かないであげて……」

 ヒノエが呆れ半分、温情半分に切り上げた。「それより、デービッドって言ったわね、アナタ。――『』の人ね?」


 ――『神聖同盟』?

 恥ずかしさに固まったミエコの耳に届いた言葉。いつか聞いた記憶が脳裏に舞うが、過熱オーバーヒート気味の脳味噌の上辺を、くるくると回るだけであった。


「ハイ。そのトオリですよ、入澤ヒノエさん」

 名を知られている事にヒノエは顔を歪めた。

「気分がいいものじゃないわね。……先に名乗ってくれる? 事と次第によっちゃ」

 明らかな敵意を滲ませた黒衣の乙女に、伊沢が「まぁまぁ」と取り繕った。

「実際気になるところですからねぇ。特高警察もアナタを追っていましたよ。――簡単な自己紹介をしていただけると助かりますよ」

「そうデスね」

 音声おんじよう静かに返答し、デービッドは念話で身の内を明かした。

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可憐に撃つべし!! ~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~ 月見里清流 @yamanashiseiryu

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