第34話 蟇蛙は何でも知ってる
『そうそう、目的を忘れちゃいけません。実はですね――』
伊沢が淡々と子細を語る。いつもの調子とも、あの時に見せた影ある貌でもなく、
――いつもこうならいいのに。
ミエコの嘆息は言葉にならず、ヒノエがそれとなく察した具合であった。
『……成る程のぅ』
多邇具久は鬱蒼とした木々の隙間から、天を仰いだ。
『
『た・に・ぐ・く・さ・ま』
ヒノエの懐の中で短刀がチンと啼いた。
『わ、分かっておるわ。ちょっと待っとれ』
文字通り
『ぐー、グー、キッ、キッ――』
蛙の鳴き声ともつかぬ甲高い啼き声である。ぷーくぷーくと鳴嚢が膨れれ、瞼は
――見ている分には可愛いわね。
蛙の夜啼きは五月蠅いばかりと思っていたが、こう見ると愛玩動物のそれである。ミエコが苦笑いを浮かべたところで、多邇具久の声がピタリと止まった。
『ほー』
突然頬が膨れた。
『中々やるぞい。
『……どういうこと?』
『上手くカモフラージュしているという事でしょう。しかしまぁ、神意や異能の追跡を妨害出来るとは、――
伊沢の倦む言い方に同調するようにヒノエも溜息をついた。
『これで
『か、顔が見えなくても、どんなのかは分からないの? 場所とかは?』
『逃げた咎人は2人じゃが――、
『それだけじゃ流石に分からないわよ』
『――そうでもありませんよ、ミエコさん』
伊沢が口元に扇子を当てながら首を傾げた。
『
あぁ、それなら、とミエコは頷いた。
『確か珍しく新聞報道されてたわね。総力戦を支える新工場――だったかしら。普通、軍関係なんて報道しないと思ってたけど……』
『こういうのは
『……
舌を出して戯けたミエコにヒノエが苦笑いした。
『兎も角も――、その付近にいるのですね? 犯人が』
『川の
『複数人で武装している……、ですか。目的か何かまでは流石にご存じないですか?』
ぷくぷくと頬を膨らませる多邇具久が再び瞳を閉じた。
『分からん。――じゃが、
『――分かりました。そこまで分かれば十分です』
伊沢が飄々と頭を垂れた。聞きたいことは聞けたという合図だ。
『多邇具久様、それでは我々はお暇致します。度々参りますので、今後ともよしなに』
『そうか、もう帰るのか。達者でのぅ、黒き巫女に皆の衆』
互いの一礼が交わされ、後は去るだけだ。
『アナタも元気でね。他の生徒は忘れても、私は覚えているから』
『ほっほっほ――』
『でもウチの生徒に舌を出したら…………』
『わ――、分かっとるわい!』
ぴょこぴょこと撥ねながら反撥する多邇具久を尻目に、笑みを浮かべながらミエコ達は祠を後にした。林を抜け、見上げれば月が煌々と照り、まさに往時の空である。只違うと言えば、あの時に比べ夜寒が穏やかに、否、迫り来る秋の気配を肌身に感じさせる、寂しげな月夜だ。
『今日はここまでにしましょう。先に工場も下調べしなきゃいけないし』
『そうね』
時計の針は既に十時を回っている。家に帰ったら諸々、十一時前くらいになるだろう。ミエコは僅かに覚えた眠気に目を擦り、改めて澄んだ月を見上げた。
校舎の端に掛かる月――。
混凝土の舳先に、影。
パタパタと風に翻る、何か。
奇妙な形の杖に似た――何か。
遠くぼんやりとしか見えず、目を擦って改めて凝視すると――、其処に影はない。
「『今のは――』」
思わず漏らした声に、先を進んでいたヒノエ達が振り向いた。
『どうしたの?』
『…………いえ、何でもないわ。見間違いね』
夜の校舎、高等女学校の屋上、こんな時間に人が居るはずもない。しかも
――テロリスト。
――外国人書生。
――暗黒の知啓団。
――デービッド。
脳裏に瞬く言葉の洪水と、焼き付いた彼の笑顔が綯い交ぜに心を揺さぶる。
確かめなくてはいけない。
きっと数日後にはなるのだろうが、
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