第6話 羅刹の如く
「ヒノエさん、挨拶も抜きに突っかかるのはいけませんよ」
芥川風の男が少女を
――間違いない、あの声だ。
昨夜、耳に響いた
声を確信したミエコは、僅かに拳を強張らせた。
――そんなものを見せてはならない。
ミエコは悟られぬよう、静かに椅子を引いて腰を落ち着けた。
眼前で一杯のコーヒーから昇る湯気が微かに揺らいだ。
「
微かにウェーブ掛かった黒髪が揺れ、男は深々と頭を下げた。一方で少女は男もミエコも
「……いえ、お気になさらず」
男は丁寧、
「昨日の件をお話しする前に、自己紹介だけ先にしておきましょう」
言葉を深く交わす間もなく、男は手慣れた仕草で懐から革張りの名刺入れを取り出し、ピチッと一枚、二本指でミエコの前に滑らせた。
ミエコは目の前に提示された名刺を覗き込んだ。
「……らせつ?」
白地の名刺に書かれた名前と組織。
『羅刹』東京支部――。
支部長 伊沢拓弥――。
意味が全く理解出来ず、ミエコの口からそのまま零れる。
「
――そう淡々と言われても。
ミエコは眉を
「まぁ、
――さっさと謎なんて開示しちゃいましょう。
昨夜確かにそう言っていたが、ミエコの脳裏に嫌な予感が走った。
こういう
その予感が口から零れそうになった時には、既に遅かった。
それから伊沢の
長い。
――長い。
――――長すぎる。
言いたいことは分かる。
――だけどもっと手短に。
――――なんだその演技臭さは、
伊沢が身振り手振りを交え、振る舞いだけは活動写真の弁士の如く、延々と熱弁を振るい辟易するほどの講釈を垂れ尽くした。
コーヒーがすっかり冷めた頃。
喋り尽くした伊沢と、口角をへの字に下げているミエコ。隣で静かにコーヒーに口を付けていたヒノエチラリと二人を見遣り、
「……要は一条天皇の
ヒノエの声に呼応するかのように、胸に掛かっている黄金色の
「……本当、なの?」
信じ難い話。
この手の話は
――ううん、そこじゃない。
確かめるべきは自分の感触。
古鏡から見たこともない
まずはそこから、とミエコは己の手をじっと見つめた。
「まぁ、すぐに信じられなくて当然でしょう」
あれだけ長々と一方的に話しておいて、伊沢はけろっとしている。
「それでも、貴女は触ったはずです。殴ったはずです。
伊沢、ヒノエ両者の
「…………分かったわ。私がアレを殴ったのは事実だもの。貴方達の話を事実と仮定して、よ。私が知りたいのは2つよ」
――あの怪異は何なのか?
――何故あの時、貴方達は私達を助けたのか?
マネキンのように澄ました顔で理路整然と問いを立てる。その姿を見て伊沢は僅かに口角を下げ、ヒノエはカップを静かにテーブルへ置いた。ヒノエは重ねて「手短にね」と、視線を交わすことなく伊沢に釘を刺した。
はぁ……、と昨夜にも響いた溜め息が漏れた。
「分かりましたよ。それでは手短に参ります。……ミエコさん、貴女が昨夜目撃した怪異。あれは
「……はい?」
「そもそも、あんな所に不相応なものを建てるからですよ」
伊沢の顔が得意げに歪んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます