第28話 鹿のフルフル
あれから城内に戦闘時を踏まえた仕掛けをあちこちに設置している。
まず一の丸には柵を虎口の出口と櫓の周囲に打ち込んだ。
これでこの柵によって進行が妨げられ、ソロちゃんや骸骨兵が有利に戦えるはず。
二の丸はこれまで家畜が放し飼いになっていたのだが、これを本丸横の牧場に移し、ここにも柵を建て、一の丸が突破された時にここで防衛戦を継続できるようにした。
三の丸は今のところ何も変更はない。
四の丸には多聞櫓が完成。土蔵も完成し食料を保管できるようになった。
これまで仲間たちの中に木造建築ができる人が誰もいなかった。
前回の襲撃で鳩のハルパスのレベルが上がり、建設スキルを習得したらしい。
おかげで大手門にも念願の門扉ができたし、各所に柵が建てられるようになったし、四の丸に屋敷が建った。
そして、これまでマルファスが基礎だけ作ってくれていた天守閣。
温泉の真横に作ったせいで、現在は脱衣所になってしまっているのだが、ついに天守閣も着工する事になった。
最終防衛拠点兼宝物庫になる予定だが、普段は温泉後にちょっと湯冷ましができるところとして使う方向。
あれから襲撃者はやって来ず、何とも平穏な日々が過ぎている。
どうやら洞窟の外は盛夏になったらしく、何とも蒸し暑い日が続いている。
皆若干薄着になっており、どうにも目のやり場に困る。
特にビフロン。これまでもかなり際どい服装ではあったのだが、ついにビキニ姿になりやがった。しかも布面積が異常に少ない。
朝からビキニ姿で農作業に勤しむビフロンだが、当然土埃にまみれる。午後もある程度作業が終わると、そこからは堀に飛び込んで水浴び。ピュセルとマルファスも一緒になって遊び出す。
三人でキャッキャ言いながらお堀で泳いでいるのだが、そこから少し離れた場所ではロレイが掘りに迷い込んだ魚を釣っている。
そんな長閑な日常が流れていた。
ロレイに誘われて一緒に魚を釣りに行こうと二の丸へと向かった。
ロレイもちゃっかりしたもので、二の丸の角にちょっとした釣り堀ができていた。
竿は木の枝を加工した物、糸は飼っている羊の毛を撚った物、釣り針はここに来た侵略者の着ていた鎧の鎖をほどいた物。餌は畑を耕して出てきたミミズ。
俺の横ではロレイとアグレアスが糸を垂らしている。さらにロレイの横には鹿。
「そう言えば、何となく聞きそびれちゃってたんだけど、フルフルってどんな事ができるの?」
視線は竿先のまま、蹄で器用に竿を抑え込んでいる鹿にたずねた。
「私ですか? あれ、言ってませんでしったけ? 私は誰よりも風の精霊を操るのが得意なんです。まだレベルが低いので一の廊の五穀畑に風を送って成長を早めるくらいしかできませんけど、そのうちこの洞窟内全体に自然の風を吹かせてみせますよ」
そこまではきはきとした口調で喋ったフルフルが、口で竿を咥えて一気に引っ張った。
糸の先にはかなり型の言いアマゴがかかっていた。それをロレイが引上げ、アマゴを外して餌を付けて堀に落とした。
「戦闘はやれるの? ロレイみたいに弓が撃てるとか、アグレアスみたいに鞭が自在に操れるみたいな」
続けてそうたずねると、ロレイが竿を上げた。ロレイの糸の先にも立派なアマゴがかかっている。
「私はそういう肉弾戦はちょっと。どっちかというと魔法がメインですね。あ、風の精霊が召喚できますよ。だから精霊に戦わせながら風魔法を唱えるなんてやれます」
そう言ってフルフルは笑った。そこはどこまで言っても鹿。笑い声というよりケンケンという嘶きだった。
「そっか。つまりマルファスと同じような感じって事ね」
すると何故か、アグレアスとロレイが少し慌てたような、バツの悪そうな、何とも言えない顔をしてこちらを見てきた。
困惑する俺にアグレアスが顔を近づける。
「壮馬様。実はフルフルとマルファスは、非常に、その、何と言うか、気が合わないのです。わたくしからしたら同族嫌悪みたいに感じるのですけど、とにかくお互いを認めようとしないのですよ」
これまで、皆仲良くやってきてたけど、まあ、そういう事はあるんだろうな。
むしろ、これだけ女性がいて、これまでそういう事が無かった事が奇跡なのかもしれない。
持っていた竿がぶるりと震える。
竿を大振りに引き上げてみると、糸の先にアマゴが釣れていた。
だが、針を外して堀に逃げて行ってしまったのだった。
その日の夜、釣ったアマゴを串に刺して、三の丸に丸石を並べて、焚火を焚いて、焼いて食べる事にした。
焚火を囲んで皆で団欒……のはずだった。
「ちょっと! 何でフルフルのアマゴはそんなに大きくて、あたしのアマゴは小さいんですか!」
さっそく始まってしまった。
「はい? 私は自分で釣ったの。文句があるならマルファスも釣ったら良かったじゃない」
フルフルが正論パンチ。
誘ったのに、のんびり釣れるのなんて待っていられないと言って来なかったのはマルファスの方なのだ。
「そんなあ。夕飯でこんな風に差を付けられるなら、あたしだって行きました!」
腰に手を当て、フルフルに食ってかかるマルファス。
受けて立つという態度のフルフル。
おろおろするロレイとピュセル。
我関せずという態度のビフロンとハルパス。
そして、額に青筋を立てて爆発寸前のアグレアス。
「マルファス、俺のと交換するから、それで納得しろよ。な」
そう言ってアマゴを渡すのだが、それをアグレアスが制した。
「マルファス。あなた、いい加減になさいな。たかが魚が小さかったくらいの事でなんですの!」
アグレアスに叱られてシュンとするマルファスを、ニヤニヤと勝ち誇った顔で見るフルフル。
それに気付き、再度マルファスが激怒。フルフルのアマゴを奪おうとする。
フルフルがマルファスのアマゴまで咥えて逃走。
そんな二人についにアグレアスがキレた。
ゆらりと立ち上がると、鞭を取り出し、見事な技でフルフルとマルファスを縛り上げた。
「いい加減になさいと言ったはずです! 二人とも今日の夕飯は抜きです。反省なさい!」
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