第31話
江蔵は使用人たちを先に家から出し、菊地家には桜和と両親の三人になった。
事業に失敗した代償として、先祖から受け継いだ土地や家屋を手放さなければならない。ついにそのときが来た。
夜逃げのようなまねまでしなければいけなくなったのは自分のせいだと、江蔵は自分自身を責めていた。
「すまないな、目立つから馬は使えない」
江蔵は所有している馬車も置いていくつもりのようだ。
「千葉に遠縁の親戚がいる。そこを頼ろうと思う」
受け入れてもらえるかはわからないが、そうするしかないらしい。
桜和と母はうなずき、朝日が昇りきったころに三人は住み慣れた菊地家を出た。
朝早いので大通りは誰も歩いておらず、人目を避ける心配はなかった。
これ幸いとばかりに、荷物を抱えて足早に街をあとにする。
千葉へと続く街道をただひたすら歩く。
太陽が真上に昇るころには三人とも疲労困憊になり、ついに両親は道端で座り込んでしまった。
「少し休憩しましょ。向こうに沢があったから水を汲んできます。待っていて」
疲れている両親をその場に残し、桜和は清らかな水が流れる沢のほうへ向かった。
もぬけの殻になっている菊地家のうわさが、そろそろ煌太郎の耳にも入ったころだろうか。
沢の水を汲みながらも、自然と頭に思い描くのは煌太郎の綺麗な笑顔。
このまま一生会えないなんて嫌だ、いつか必ず会いにいくと、このとき桜和は強く思った。
そっと胸元に手を当てる。大丈夫、さみしくなったらこの写真と押し花を見よう。
水を入れた水筒を持ち、両親が待つ場所まで戻ろうとして街道を横切ったときだった。
疾風のごとく勢いよく駆けてくる二頭の馬が桜和の視界に入った。どうやらどこかの貴族の馬車らしい。
急いでいるにしても飛ばし過ぎだなと心配した矢先、一頭の馬が暴れ出して桜和のいるほうへ突っ込んできてしまう。
「助けてー!」
そう叫んだけれど、桜和はそのまま馬車と衝突して命を落としてしまった。
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