第23話

「あちらの奥様、ひどいですよ。お嬢様は野宮家に嫁がれるお方なのに」

「仕方ないわ。急にわけのわからないことを言って、あとでそれが当たるんだもの。気味悪く思うよね」

「私も最初は驚きましたけど、危険を事前に知らせてくださるんですから、逆にありがたいです!」


 納得がいかないと言わんばかりに口を尖らせる千代に、桜和は再び笑みをたたえてポンポンとやさしく肩をたたいた。

 

 まだ煌太郎と婚約をする前に野宮家を訪れたとき、桜和は煌太郎の母にその日見た夢の話をした。

 玄関先で転んで足をくじくので注意してくださいと正直に話したのだが、当然の如く信じてはもらえなかった。

 しかし翌日、煌太郎の母は本当に足をくじいてしまい、なぜか桜和がおかしなことを言ったからだと責められてしまったのだ。

 それ以来桜和は気味の悪い娘だと、煌太郎の母から敬遠されている。


「お嬢様、本当に大丈夫ですか? そんな奥様と同居だなんて……」

「大丈夫よ。私には煌太郎様がついていてくださるもの」

「そうですよね。愛の力は偉大です。きっとお嬢様を守ってくださいますね」


 千代がウキウキと声を弾ませると、桜和は頬を染めながら恥ずかしそうに微笑んだ。

 今の桜和にとっては煌太郎がすべて。身も心も捧げたい相手だ。

 彼のもとへ嫁げることはこの上ない幸せで、どんな苦難もふたりなら乗り越えていけると信じていた。


「では、全身を綺麗に整えましょう。昨夜のうちに髪は洗いましたから、ていねいに椿油を施して結いましょうね」

「うん、お願いね」

「今日はみなさん洋装らしいので、お嬢様もドレスですよ」


 千代の言葉に、桜和はにこりと満面の笑みを浮かべてうなずいた。


 母の言いつけを守り、全身の身なりを整えた桜和は両親と共に馬車で野宮邸へ向かった。

 伯爵家である菊地の家もほかと比べると大きいけれど、野宮邸はさらに敷地が広い。

 何人もの使用人が出迎えのために玄関先で一列に並び、頭を下げている。

 さすがは公爵家だなと、桜和は訪れるたびに毎回圧倒されていた。

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