第39話 万年桜の呪い
俺が目を開けると、カメシマはとある木の上に時空転移していた。
次の瞬間、カメシマの周囲を薄桃色の花びらが覆い尽くす。
目覚まし時計が鳴って飛び起きるようにパァッと一斉に桜が咲いた。
花咲かじいさんもびっくりの満開である。
見蕩れているといつの間にか俺の亀酔いは収まっていた。
「ここは……?」
「十六夜小学校のグラウンド」
ソルティライトは淡々と説明した。
カメシマ2000は十六夜小学校の万年桜に不時着した。
カメシマは万年桜の枝をへし折り、花びらを散らせる。しかしカメシマは墜落することもなく万年桜の木がいい感じのクッションとなって最小限のダメージに留まった。
カメシマには特にエアバッグは備えられていないらしい。
体の節々を痛めながら俺はカメシマから這い出る。万年桜の木にぶら下がってから校庭に着地した。先に落としていた青い獅子舞を回収して桜と砂を払いながら、俺は尋ねる。
「んで、これからどこに行くんだ?」
カメシマの光学迷彩を起動したのち、ソルティライトとサメタマも同様に脱出している。
「おまえなんかに教えないしゃめ」
「どうせお台場だろ」
「しゃめそれを?」
蟻人に襲われているところを助けられたからな、おまえらに。
「俺はなんでも知っているぜ。おまえがサメのくせにカナヅチだってこともな」
「しゃめ!?」
言い当てられて目を丸めるサメタマ。
そして、おまえがどういう最期を迎えるのかもな。
いや、その未来を俺は変えにきたんだ。
「今日、東京ビッグサイトに蟻人が現れるはずだ。だからコスプレ会場で博士を守って欲しい。頼む。この通りだ」
俺は青い獅子舞とともに頭を下げた。
どう受け取ったのかわからないが、何も言わずにソルティライトは歩き出した。
「時間がない」
つーわけで十六夜小学校から東京ビッグサイトに向かった。
その道中、郵政カブに乗った俺こと、ヤモリを再び発見した。
そこで俺たちはあの日の事故現場を目撃することになった。子猫パンDを助けるために道路に飛び出した博士。そこへダンプカーが突っ込んできた。その運転席のハンドルはシロヤギが握っていた。
「救助する」
ソルティライトがそう息巻いた。
「ちょっと待て」
当然、俺は制止する。
「なぜ?」
「このままじゃ、あのときの俺とバッティングしちまう」
街路樹に隠れながら見ていると、俺の言うとおり、というか記憶通り轢かれそうになった博士を間一髪で空飛ぶカブに乗ったヤモリが助けた。
その際、不覚にもヤモリの懐からダブルガンが落っこちる。そしてダンプカーの荷台にガコンと載った。
「……なるほど。あれをシロヤギに回収されたのか」
あのダブルガンを落とさなければばっちゃんが撃たれることもなかったのに。
しかし後悔しても仕方ない。
俺たちは二人のあとを尾行してコスプレ会場に潜入した。
俺は青い獅子舞を被り、ソルティライトたちは特に何のコスプレもしていないがやけに馴染んでいた。
木を隠すなら森の中。宇宙人を隠すならコスプレイヤーの中というわけだ。
しかし、そのあまりの人混みが仇となる。
俺はソルティライトたちとはぐれてしまった。
それでも作戦続行だ。
俺は博士とヤモリから視線を外さずにふたりの後をつけた。
「まさか自分を尾行する日が来るとはな」
たしかこのとき博士はスマホのインカメラで
博士たちは俺を撒くためにコスプレインフルエンサーのきなこを取り囲む撮影会に紛れ込んでいった。大人数が円形の人垣を作っている。
俺が青い獅子舞の口の中からふたりの姿を探していると、ひとりのオタクが怒声を上げる。
「カメラの前に立つなよ! 割り込みか!」
それは俺に向けられた言葉ではなかったが、俺に向けられた言葉だった。
つまりそのオタクに押されるかたちで円の内側に博士とヤモリは倒され、尻餅をついた。俺は条件反射でそのオタクの元まで突進する。オタクの頭を青い獅子舞で噛みついた。
「あいてててて。なにこれ……暗い! 怖い!」
そんなことしていると人垣が割れた。
俺は獅子舞の大口からオタクを解放すると博士たちを見据える。正確にはその奥の黒尽くめの人物を睨みつける。そんな青い獅子舞の視線をわかっていない博士たちは後ずさりながら円の中心であるコスプレイヤーきなこのもとまで後退した。
「ちょっとあなたたちなんですか。ポリスメーン!」
きなこは付近に常駐する警察官を呼びつけた。すると身長差のある凸凹コンビの男性警察官が人垣を割って入ってくる。
しかしその警察官は二手に分かれる。俺と博士の間にひとり。
「あいててて! 乱暴はよせ! 何もしてねえだろ!」
俺の目の前でヤモリはでかいほうの警察官に首根っこを持ち上げられていた。
我がことながら見てられねえ。
そしてもうひとりの小っちゃいほうの警察官は黒尽くめのほうへ駆け寄る。あの日見た蟻人だ。
全身黒尽くめ。光沢がある。黒い仮面には昆虫のような2本の触覚が生えており、ふたつの複眼がついている。口にはガスマスクを嵌めていた。防弾チョッキを着込んでいるように厚い胸板。雫型の臀部は大きく膨らんでいる。そしてその手にはショットガンのような黒い水鉄砲を所持していた。タンクがその人物の臀部まで細長いチューブで繋がっている。
「何かのコスプレか?」
ヤモリが取り押さえられながら呟く。
蟻人は銃口を警察官に向ける。すると小さい警察官がガンホルダーからチェーンに繋がれた拳銃を取り出す。腰を屈めて両手を拳銃に添える。
「悪ふざけでは済まないぞ! 武器を置いて両手を挙げろ!」
現場に緊張が走った。
低身長の警察官の射線に入ったカメラ小僧たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。これで邪魔者は消え、発砲の可能性が現実味を帯びてきた。
しかしその黒尽くめの人物は逃げない。どころか両手も挙げない。
――って、まるで見た光景だ。
まずい。
このままではあの日の再現になってしまう。
つまり、人が死ぬ。
ここで俺が動けばなにか未来が変わるかもしれない。
警察官もコスプレイヤーきなこもドロドロに溶けずに助かるかもしれない。
目の前で人が死ぬとわかってて助けないわけにはいかねえだろ!
この状況で人が死ぬのをわかっているのは俺だけなんだから!
俺が一歩を踏み出そうとした――その次の瞬間、背中に固い異物を押し付けられた。
唐草模様のマントを踏まれる。
まるで影を縫い付けられたように動けない。
「動くでないぞ」
こ、この声は……。
そうだった。
この状況で人が死ぬのをわかっているのは俺だけではなかった。
「おぬしは何者じゃ?」
シロヤギはさらにグイッと武器を俺の背中に押し付ける。
十中八九ダブルガンだろう。
「ヤモリくんに何か用かのう? それとも月光時幸村のほうかのう? そもそもどうやってこの時代に来たのかのう? タイムマシンはわしが没収したはずじゃが?」
質問を畳みかけられるが、俺は返答に窮した。
冷や汗を垂らし、青い獅子舞の金歯が震えてカチカチと音を立てる。
とそこで不気味な声が正面から届く。
「シネ、コロス……デアリンス」
次の瞬間、蟻酸ショットガンの超酸弾が飛散した。こちらまで飛んでくる。反射的に俺は回避して受け身をとり地面を転がる。超酸は唐草模様のマントをかすめた。ネズミに囓られたように溶ける。しかし、それに乗じてシロヤギから距離をとることに成功した。
立ち上がってあたりを見回すと、シロヤギは人混みに紛れて消えていた。
おそらく素顔ではない。
俺と同様にもうひとりの俺に見つからないように変装していたのだろう。
コスプレ会場なので目立たないはずだ。
見つけるのは困難である。
それから俺は正面に向き直る。警官とコスプレイヤーきなこはスライムのように溶けていた。
蟻人の脅威から逃げるように博士とヤモリはこちらを振り返る。俺はマントを翻して群衆に紛れて逃げた。
結局、結果は変わらなかった。
俺は極太の柱の陰から蟻人に襲われる博士たちを見守る。そこへソルティライトが颯爽と駆けつけた。突っ込んでくる郵政カブを軽々と片手で受け止めていた。
「やっとお出ましかよ」
あとは任せたぜ。
ここからは別行動だ。
それから俺は夏休み中の十六夜小学校に向かった。
水道ガス電気もあるし、1回目にウーパーイーツで稼いだ金もあるので生活には困らない。俺は小学校に住み込みながらカメシマ2000を見張る。万年桜に近付く小学生たちを青い獅子舞の恰好で脅かして追い払っていた。
さらに十六夜小学校のハッシュタグをつけて、SNSの捨て垢で『万年桜の呪い』の噂を流布した。
万年桜を見たものは不幸になる。それは万年桜の下に埋まった死体の怨念のせいだ――などという実にくだらないものだが、子供騙しには充分だろう。
「……過去に来てまで俺なにやってんだろ」
この時代のヤモリのスマホと混線しないように機内モードにしてポケットに仕舞う。
そして夜になれば、カメシマ2000を修理中の博士を陰ながら護衛する。
そんなこんなで、あっという間に8月31日を迎えた。
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