第34話 青い獅子舞の正体
俺はぶつけようのない苛立ちをつい博士にぶつけてしまう。
「だいたい博士は今までどこにいたんだよ。ばっちゃんの葬式にも来ないで」
あんたは来るべきだろう。
だって、あんたは……。
「博士は俺のじっちゃんなんだろ?」
「遺伝子学上はそうなるね」
「籍は入れてなかったっけか」
「うむ。だから僕のことは博士と呼ぶように」
「かはは。このやりとりも懐かしいな」
「あはは。だね」
ひとしきり笑ったのち俺は回顧する。
「ばっちゃんはな、じっちゃんのことを『心を取り戻させてくれた人だ』って語ってた」
おそらくそれは人工心臓をくれたという意味でもあるのだろう。
「正直、俺のことはどうでもいい。じっちゃんがいないのが当たり前だったしな。でもばっちゃんはそうじゃねえだろ」
「と、言うと?」
「どうしてばっちゃんと結婚しなかったんだ?」
「さあ? 昔のことだ。もう忘れたね」
「誤魔化すなよ、俺たち友達だろ!」
あえて俺は孫としてではなく、ひとりの友人として言った。
「何でも言えよ」
博士は丸眼鏡の奥の瞳で俺を見つめたのち、顔をほころばせた。
「そうだったね。きみは僕にできた初めての友人だった」
「今も友達だろ」
「僕はだいぶ歳を取った」
「関係ねえよ。俺にとっちゃ博士がじっちゃんになるよりも先に友達になったんだから」
「時空が歪んでいるね。でも、ありがたい限りだ」
すると博士は観念したように口を開く。
「入籍の直前、僕はアンドロイド庁に拉致された」
「アンドロイド庁?」
「25世紀から送り込まれた連中だ。僕にタイムマシンを開発させるために、ね」
シロヤギの犯行を俺が止めたからか。
「当時、ヒバカリはヤマカガシを妊娠していた。その家族を人質にアンドロイド庁に脅され、僕はタイムマシンの開発研究をさせられていた。しかもその理由が過去に戻って10歳のときの僕を殺害するためなのだから、笑えるだろう?」
過去の自分を殺すためにタイムマシンを開発させるとは相当狂ってる。
「そして、そのアンドロイド庁に監禁されていた僕の身柄を簒奪したのが宇宙人であるソルト政府だ。皮肉なものだがね」
懐かしむように言って足をしきりに触る博士。
「まさか……足はそのときにやられたのか?」
「まあね。逃げられないように蟻酸で溶かされただけさ」
ホットケーキに載せたバターが溶けただけのように博士は言った。
天才科学者というのはいつの時代も戦火に巻き込まれる運命らしい。
さらに厄介なのがタイムマシンが絡んでいる点だ。
時空を越えて巻き込まれてしまう。
「僕はソルト政府に保護されてからはタイムマシン開発したあとで解放された」
「ソルト人からしたら博士の桜痘ワクチンがないと絶滅する危機があるから必死で保護したってことか。ついでにタイムマシンという戦利品もゲットしたと」
まるで時をかけるわらしべ長者だ。
「でもアンドロイドどもは、なんでそうまでしてソルト人を滅亡させようとしてるんだ?」
「アンドロイドの真の狙いは第三次世界大戦を勃発させること。そのときの科学進歩がアンドロイド開発の契機になっているからだ。しかし、第三次世界大戦を引き起こすためには近代兵器を錆びさせるソルト人の存在が邪魔なのだね」
「なるほど」
人類、ソルト人、アンドロイドの三竦みの状態ってことか。
「僕は一度は人間を降りた。でなければタイムマシンなど造れなかった」
博士はしわがれた声で告解した。
「だがしかし、タイムマシンは僕だけで創ったわけではない。これまでの科学者たちの粋を集めたから完成したに過ぎない。過去の科学者のおかげだ。僕が創らなくてもいつか誰かが創ったはずだ。科学の道は好奇心で舗装されているのだからね」
「えらく謙虚になったもんだ。かつての天才はどこにいった?」
「もう忘れたさ。認知症だからね」
老害の嫌な決め台詞だった。
話し込んでいたら窓の外が白んできた。
「ヤモリ、きみは憶えているかね?」
「何をだよ?」
「きみが未来から過去へ行くことになった始まりの手紙があったはずだ」
「あーあの過去の博士に届けたやつか? なんつったっけな」
俺が思い出していると博士は白衣のポケットからとある物を取り出す。
それは年季の入った一通の手紙だった。
「おい、それって?」
「うむ。死海手紙だ」
触れた人物の死の時間と場所を示すといういわく付きの手紙である。
70年前に俺が渡した手紙を律儀にまだ持っていたのか。
長い年月を経て古ぼけた手紙の差出人はかすれ消えていた。
つーか、この死海手紙の差出人の『Aoiyear.D.Mask』とは誰だったんだ?
「すべてはこの手紙から始まった」
博士はあらたまって言った。
「ヤモリ、きみに依頼する。この死海手紙をシロヤギ郵便局へ届けてほしい」
「なんだって?」
「宛先は70年前の僕だ」
「……どういうことだ?」
「今日この手紙がシロヤギ郵便局になければ、きみは過去へ飛ばないことになってしまう。それではタイムパラドックスが生じるということだ」
「はあ。別にタイムパラドックスなんかどうでもよくないか?」
「たわけるな!」
じっちゃんに初めて叱られた。
ちょっと感慨深い。
「種がなければ花は咲かん。無から有は生まれんのだ」
「わかったけどよ」
俺は頷いておいた。
「つまりその死海手紙は、あの日俺が配達したものと同じってことか」
「うむ。そういうことになる」
あの日過去に戻ってまで届けた手紙を、未来の俺がまた俺に過去まで届けさせろってことか。
ダメだ。
頭がこんがらがってきた。
「それとヤモリ、この時代、ひいては過去の時代のヤモリとの接触は避けねばならん」
「なぜだ?」
「なぜって、きみは生まれてから自分に会ったことがあるのかい?」
「……ないな」
要するに、これがタイムパラドックスってことか。
「自分に出くわす危険性。そこがタイムリープとの違いだね」
「じゃあタイムリープマシンは作れねえのか?」
「不可能だね。記憶だけを過去の人物の脳味噌にピンポイントで送り届ける技術でもない限り、ね。しかも脳味噌を焼き焦がさずに」
タイムトラベルというのは難儀なものだ。
「自分に会うなって言われて、じゃあどうしろってんだよ」
「これを使いたまえ」
そこで博士が車椅子の後ろポケットから取り出したものを見て俺はギョッとする。
「おい、これって……」
それは青い獅子舞だった。
そこで俺は気づく。
青い獅子舞とは誰なのか。
アオイヤー・D・マスクとは誰なのか。
あの日、誰が過去の博士に宛てた死海手紙を紛れ込ませたのか。
なぜ青い獅子舞は俺たちに執拗に付きまとっていたのか。
そして俺の左腕の義手ソケット。
すべての点と点が繋がる。
青い獅子舞とアオイヤー・D・マスクの正体が同一人物だったとすれば……。
「アオイヤー・D・マスクは――
「うむ」
そりゃ俺の攻撃がことごとく当たらないはずだ。
だって未来の自分なんだから。
俺は気づけなかったのが悔しくて博士に文句をつける。
「だいたいアオイヤー・D・マスクってなんだよ?」
「単純なアナグラムさ。Aoiyear.D.Maskを並び替えるとOsakabe Yamoriとなる」
「くだらねー言葉遊びかよ!」
しかし、やはり青い獅子舞こと、アオイヤー・D・マスクは未来の俺らしい。
そういえば、青い獅子舞も左手が義手だったな。
博士はボロ切れのような死海手紙を70年ぶりに俺に届ける。レーザー鉛筆を添えて。
「今こそきみに返そう」
「そりゃどうも」
差出人の名前は風化してかすれてしまっている。
博士がレーザー鉛筆を渡してきたってことはそういうことだろう。
俺は差出人の名前を改めてレーザーインクで記入する。
『Aoiyear.D.Mask』
最後に赤い封蝋を押した。
よし、これでいいはずだ。
最初に見たときもなんか親しみのある筆跡だと思っていたが、まさか俺の字だったとはな。
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