第四通 ブルーライオンダンス

第32話 #空飛ぶ車椅子

 タイムマシンに乗り込んでから何時間、いや何日、いや何ヶ月、いや何年、いや何十年経ったのかわからない。

 次に俺が意識を取り戻したのはとある衝撃を受けたからだった。

 薄目を開く俺。

 カメシマの透明なドーム状の甲羅の内側が見える。

 外は大雪だった。

 懐かしい光景である。塩と錆にまみれた白銀の世界。

 間違いない。ここは俺の知っている未来だ。俺は左腕を押さえながら外に這い出る。ギュッと踏みしめた積雪に真っ赤な鮮血が飛び散った。

 あたりを見回すと雪原にカメシマの摩擦痕が続いており、その目の前には雪に覆われた大樹があった。どうやらこの大樹にぶつかってカメシマは止まったらしい。

 俺は俺の時代に帰ってきた。


「つーか、痛ってえ」


 急に失くした左腕が現実味を帯びてきやがった。


「救急ドローンを呼ばねえと……」


 俺はかじかむ右手でポケットをまさぐる。

 すると時代遅れのスマホを開いてしまう。

 いつからか癖になっていた。

 俺もすっかりスマホ依存症か。

 そう自覚しながらも指は止まらない。

 スマホの中身は当時のまま時が止まっていた。

 そして、いやでも文字が目に入ってしまう。

 SNSアプリを開くとトレンドは地震の話題で埋め尽くされていた。


 #地震大丈夫

 #日本震撼 

 #最大震度7

 #太平洋大震災

 #自衛隊出動 

 #太平洋津波 

 #8・31 

 #CM自粛 

 #AC祭り 

 #火事場泥棒


 瓦礫の山の凄惨な写真がアップされている。

 中には死体が写り込んでいるものもあった。


「俺は臆病者だ」


 何もかも見捨てて逃げたんだ。

 死者数って数字じゃ片付けられない。

 潰れて死んだ奴。火災で死んだ奴。溺れて死んだ奴。内臓が飛び出て死んだ奴。息ができなくなって死んだ奴。挟まって死んだ奴。腹が減って死んだ奴。落ちて死んだ奴。

 生まれた意味もわからず死んだ奴。

 そんないろんな人の時間があったから俺は未来に戻って来られたんだ。

 そして、何よりもばっちゃんが俺をかばってくれたから……。

 俺はスマホの画面から目を離せずにいた。

 地震関連のほかにひとつのメッセージに目がとまる。

 それは博士からだった。

 タップしようとした次の瞬間、視界が歪む。光速で意識が遠のく。

 右手人差し指のリングフォンが異常な脈拍を読み取って呼びかけてくるが返事もできねえ。

 俺は降り積もった雪原に受け身もとれずにうつ伏せに倒れた。

 冷たさも感じない。

 むしろ温かい。


 いや、待て。

 こんなとこで寝てる場合じゃねえ! 

 立て、俺! 

 立ちあがれ! オサカベヤモリ!

 過去で俺を待っている奴らがいるんだ!


 そんな思いとは裏腹に全身に力が入らない。

 薄れゆく意識のなか、何かが空から降ってくる。ふたつの車輪が地面に水平となり内径でプロペラが高速回転している。

 周囲の粉雪を吹き飛ばしながら俺の目の前に不時着した。


 なんと、それは空飛ぶ車椅子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る