第20話 ゲーム終了
出口へと投げ飛ばされ、宙に浮いていた体が床に叩きつけられる。足の先まで外へと出されて、怪我一つない。
ぼんやりとする頭で、できる限り立ち上がろうとするも、外向きに四つん這いの状態で体が止まってしまう。
(……何があった?)
寝る前みたいに冴えて、寝起きみたいに霧のかかった頭が、ようやく動き始めた。
(ユタカさんを助けるために手を離して、背後から来るレーザーを感じて、死ぬことを覚悟して、それでも悔いなく笑えて……それなのに、私はなぜ生きている?)
最後に見たのは、自分の方へと走ってくるシャラクだった。最後に聞いたのは、後ろから「ありがとね」と叫ぶシャラクの声だった。
最悪な想像をして、脈と呼吸が速くなっていく。もしも、本当にそうなのだとしたら、確かめる術はいくらでもある。
「シャラクさん! シャラクさん!」
背中から、クロメが叫ぶ声が聞こえた。未だ来ない返事を待っている。
ドサッと何かが倒れる音と、ピチャリと水音が聞こえた。何が、何に倒れたのか、振り向けばわかるはずだ。
いつからか、背中が少し濡れていた。汗じゃないはずだ。今のメシアは、冷や汗すら引っ込んでいる。
四つん這いのまま、後ろを見た。
「ぅっ!」
血溜まりに、シャラクの体が倒れていた。レーザーはすぐに止まったようで、無作為に切り刻まれていることはない。
ただ、一箇所を除いて。
体から離れたシャラクの頭が、出口の前に転がっていた。
「あ、ああ゛……おえっ」
叫ぼうとしたはずの口から、感情以外のものが込み上がってくる。吐くものなど胃の中には何もなく、すっぱい液体が食道を通って口から出た。
目から、鼻から、それぞれ違う液体が出ている。顔に力が入る。
えぐれた肩の痛みをかき消すほどに、その衝撃は大きかった。
「これにて【
どこかに取り付けられているであろうスピーカーから聞こえたそれは、ゲーム終了という幸福を知らせるもののはずだが、しかし、誰の心にも安らぎを与えはしなかった。
目の前にある二つの死体は、それほどまでに惨たらしく、生前よりも人の視線を釘付けにした。
「担架、用意して! こっち急いで!」
ごちゃごちゃと考えて、びちゃびちゃと吐き続けるメシアを余所に、それでも時間は流れるし、世界は回り続ける。
数秒もしない内に、どこからか来た黒服の何人かと白衣を着た一人が、意識を失ったユタカの体を担架で運んで、隣の建物へと入っていった。
よく見れば、近くには三台の車と同じ数のオペレーターがいて、残された三人の担当と同じ者だった。
「落ち着いたらで良いから車乗ってね」
そう言ったのはメシアの担当、レインだった。
すぐに、どこか気を使う素振りをしながら、ラデンが一台の車に乗った。
少ししてから、クロメが口を開く。
「ユタカさんは運んだのに、なんでシャラクさんは運ばないんですか?」
震えた声だった。ユタカを受け取ったままの状態で動いていないため、ペタリと座り込んでいる。
車に寄りかかって待機している二人のオペレーターの、またしてもレインが言った。
「助けれなかった人間より、助けれるかもしれない人間を優先してるだけだよ。死人に時間を割くなんて、お葬式の時だけで十分さ」
「っ……!」
改めて聞いた現実に息を呑んだクロメは、脱力したように一台の車に乗った。
数分した頃には、二人が乗った車はどこかへ出発していて、ここにいるのはメシアとレインの二人だけとなった。
いい加減、待つのも飽きたレインが、メシアの口をティッシュで拭きながら話しかける。
「あのさ、一旦、車乗らない? 七月だからって夜はちょっと冷えるしさ」
「…………」
放心状態のメシアは何も返さなかったが、四つん這いから立ち上がって、言われた通りに車へと乗った。
レインは、映画館の出口の扉を閉めてから、運転席へと乗る。
「……なんで」
メシアが口を開いた。
「なんで、あんなに必死にユタカさんを助けようとしてたんですか?」
その声には、行きの時の覇気や怒りはなく、淡々としていた。
ユタカを助けるな、という意味でないことは、言わなくともわかるだろう。
「さっきも言ったじゃん。助けれるから、助けるんだよ」
「でも、あなたたちが開催してるんじゃないですか、このデスゲーム」
「私たちだって、別に死ぬ様を見て楽しんでるわけじゃないし。ぶっちゃけた話すると、プレイヤー集めるのも一苦労だし。再利用的な?」
「……じゃあ、シャラクさんは?」
「いくらプラスチックを再利用したくても、燃やして煙になったのをまたプラスチックには戻せないでしょ? ……この例えは変かな。まぁ普通に、死んだから治しても意味がないってことだよ」
虚な目をしたままのメシアに、「なんか勘違いしてるみたいだけどさ」とメシアは語り始めた。
「私たちオペレーターが参加を強制することはないんだぜ? 誘拐も脅しもせず、勧誘だけでプレイヤーを募集してるんだ。つまり本人の意思で、ね。あの子たちも君も、死ぬことなんて織り込み済みで参加してんでしょ?」
だから良くない? とでも言いたげな空気を感じて、次の言葉を聞く前にメシアが口を開いた。ようやく、ルームミラー越しにレインと目が合う。
「それが死んでいい理由になっちゃいけないんだよ!」
車内で声を荒げた結果、車が少し揺れた。
疲れ果て脱力したメシアは前屈みになって、運転席のヘッドレストの後ろに額をくっつける。
「死にたいと言った人間に対して、君の価値観だけを押し付けて助けるのは、身勝手なんじゃないの?」
……言い返せない。
確かに、シャラクは死にたくてプレイヤーになったと言っていた。そんな彼女を助けるのは自由のはずだ。だが、そんな彼女がまた死にたくなった時に、果たして力になることはできるのだろうか。
(ダメだ、この考え方は。私は、ただ、一人の友達を助けたかっただけなのだから)
言い返す言葉は依然ないため、メシアは、強引に別の話題にした。
「人が死んだのに、なんで同じテンションでいられるんですか……」
「慣れかなぁ? そりゃ死んだら悲しいけどさ、別にそれくらいじゃない? 友達が死んでも学校はやってるし、お腹は減るし、眠くもなるんだから、大事なキーホルダー失くしたくらいに思えばいいじゃん」
俯いたまま、メシアは思う。
世界の裏側で何人死んでも自分に関係なければ笑い続けることができる。それには共感もできるが、この人に限っては、それが日本で起きても、地元で起きても、近所で起きても、もしかしたら自分自身の身に起きたしても、笑っていられるのかもしれない。
それ程までに、何に対しても興味も関心もなく、誰にも依存せずに生きている。
他人が死んだことを、文字通り、ニュースの中の出来事だと思い込むことができる。それを、自分が引き起こしても。
そんな人なのだろう。
だから、なんでもないように振る舞っていられるのではないだろうか。
「あなたの友人が死んでも、同じことを言えますか?」
「どうだろ、無理かも。でも一生引きずることはないんじゃないかな。そう考えるとアレだね、メシアちゃんって運命の相手とか信じて元カレに執着するタイプの女の子なのかもね」
その楽観的に冗談を言っている様が、もしくは煽り目的の文言が、メシアの逆鱗を撫で続ける。
「でも、良かったじゃん」
レインが突拍子もなく意味不明なことを言ったため、頭が追いつけない。この最悪な状況で、一体どこに良いことがあるのか。
「メシアちゃん、本気で運営を潰すつもりなんでしょ? だったらさ、死んだプレイヤーがどうなるのか、知るべきだったんじゃない? 良かったね、今回死んだのが有名人のシャレたんで。ラッキーガ〜ル」
生まれて初めて、殺したいほどの怒りを感じた。両手で首を絞めようと、やろうとすればできるのだろう。後ろからでも上手くいくかはわからないが、筋肉質にも見えないレインの細い首なら、難しくはないはずだ。
そこまで考えて、怒りが鎮まる。
原動力は怒りであっても、動機も同じではいけない。動機は、大義であるべきだ。
「それで、他に言いたいことは?」
「運営は必ず私が潰します」
「んじゃ次はこっちね。二つ名、何にするか決めた?」
「なんでも良いですよ、そんなの」
「なら私が決めても良い? ずっと考えてたんだぁ、メシアちゃんの二つ名」
「どうぞ」
「っしゃ! じゃあメシアちゃん、今日からゲーム中は『スクイのメシア』ね」
「安直すぎるでしょ、救いって」
「違う違う、そっちじゃない。巣を喰らうで、巣喰い。カッコいいでしょ?」
「別に」
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