第19話 ヒーロー

(……そうか、これが)


 メシアのした行動に、シャラクは場違いにも先程の会話を思い出す。

 メシアが目指していた、いてもいなくても変わらない、その程度の善人ヒーロー。きっとそれは、「当たり前を当たり前に」とか「困っている人がいたら助けましょう」とか、そういうことができる人のことだろう。

 死ぬ理由などないはずの彼女が、この絶望的な状況で微笑んでいられるのは、恐怖で心が壊れたからではなく、きっと、後悔を置いてきたからだろう。


(あんた、ヒーローやれてるよ)

 

 彼女がいなければユタカごと切り刻まれていたはずで、どちらにしろメシアが助かる道はなかったのかもしれない。 

 だからと言って、自分は諦めて仲間だけでも助かるように、なんて行動ができる人間は多くないはずだ。

 

 シャラクは、メシアが切り刻まれる直前だと言うのに、未だ諦めていなかった。

 

「やっぱ、あんたが死ぬなんて間違ってる」


 二歩踏み出して、メシアの前へ。

 その胸ぐらを掴み、肩の可動域いっぱいに、後ろへ投げ飛ばした。

 

 首に熱い感触が触れる。

 つい先週のことを思い出した。


洒落頂しゃれこうべ、舞台の仕事が入ったぞ」

「……社長、それ本当ですか?」

「あぁ。遅れてすまんかったな。お前の夢を叶えてやる、っつって劇団から引き抜いたのに、女優業ばっかやらせて。こっからは女優じゃねぇ、役者として売り込むつもりだ」

「良いんですか? 自分で言うのも変だけど、あたし女優としての知名度高すぎると思うんですけど」

「舞台に出る女優なんて珍しくもねぇだろ。それにお前の演技はピカイチだ。舞台の上でだけは、ドラマのお前でも映画のお前でもなく、役者のお前だ。誰も売名目的なんて言わねぇよ」

「……ドラマも映画も役者としてやってますよ」

「そうじゃなくてよぉ」

「まぁ、舞台の方が楽しみなのは事実です」

「初舞台なんだ、呼ぶ友達でもつくってろ。後悔するぞ」

「余計なお世話ですよ」


 私も、もう少しで成れるところだったんだよ。子供の頃、まだ仲の良かった親に連れて行かれた舞台で、あたしの世界に色と光をくれた、手も声も届かないあの人たちと同じ、誰かのための役者ヒーローに。


 これで最後にするつもりだった。

 本格的に舞台稽古も始まったし、死ぬ理由もなくなった。だから、最後の最後に、過去を清算しようとここに来た。


 初舞台、呼びたい友達ができたところだったのに。その友達が死にそうだったんだから、仕方ないでしょ。

 これが終わったら、みんなを舞台に招待するつもりだった。誰も死なずハッピーエンドになったなら、そうしたかった。

 妄想までしてた。五人で会場まで行って、役者だから一人だけ先に別れて、次に顔を見る時は舞台の上で、目を見開いて見てくれる顔なんか想像して、それが本気で現実になるのだと思っていた。


(無理だったかぁー、流石に)


 結局、夢は叶わない。それどころか、他人にも迷惑をかけた。


 他の役者さん、事務所の社長、マネージャー、舞台に関わる全ての人に、謝らなければならない。台無しにしてごめんって。


 でも、今だけは忘れさせて。地獄でいっぱい謝るから。


「ありがとね!」


 今だけは、想い浮かべる言葉はこれだけでいい。


 

 

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