第16話 幸せ
シャラクチーム、第一シアタールーム。
ここに鍵が隠されている確率は、セオリー的に言って一番高いはずだ。なんたって第一のシアタールームなのだから。
照れたシャラクが先行して、それに続くようにメシアが追いかける。客席を上下に分ける通路に出て、足が止まった。
「……見つけるわよ、鍵」
「さっきは恥かいちゃいましたからね」
「あんたのせいでねっ」
自分でもわかっていないが、こんな極限状態の中でもメシアは、冷静に頭を回すことができている。それはラデンも同様だが、十八回目と二回目では、経験の差が違いすぎるはずなのだ。
二手に分かれた時点で、速攻で終わらせる理由は無くなった。数分後には死んでいるかもしれないと割り切って、シャラクはメシアに質問を投げかけた。
「あんた、なんでそんな冷静なの?」
「え?」
「だって、そうでしょ? 五人の方が安心できるのに、二手に分かれたまま捜索するなんて、現実的ではあるけどそれだけでしょ。死ぬかもしれないって、本当にわかってるの?」
「……もちろん」
メシアは元より明るい性格で人を惹きつける才能があるが、ゲームが始まってからは、意識的に雰囲気を明るく持っていこうとしている節がある。
過剰に、気丈に振る舞っている。これが、デスゲームということを忘れるために。
冷静に見えるのは、外見からのギャップのせいだ。ずっと場違いにおどけていたのに、いきなり知的なことを言えば、嫌でも冷静に見えてしまう。初対面であれば、尚更。
「暗い雰囲気って、苦手なんですよ」
シャラク目線では、いきなり話題を逸らされて「なんのことだ?」と不思議そうな顔でメシアを見ている。
構わずに続けた。
「学級会議とか、お見舞いとか、お葬式とか。空気が重いって言うか、気持ちが重いって言うか。あんまり好きじゃないんです」
「……まぁ、誰でもそうでしょ。お見舞いはちょっとわかんないけど」
「でも、そういう空気をぶち壊してくれる人っているじゃないですか。クラス一の人気者とか、理解してくれる両親とか、方言キツすぎて何言ってるかわからない親戚とか」
「…………まぁ、わからなくもない」
「せっかくなら、そういう人に成りたいんです。ムードメーカーというんですかね。その場にいるだけでみんなを笑顔にできて、いてもいなくても変わらないような、その程度の
「………………ごめん、マジでわかんない」
メシアの理想は、悪を懲らしめる警察でも、命を救う医者でも、教え導く教師でもなく、友達に一人はいてほしいような、誰でも成れる普通の人間。
彼女に特別な何かはない。ただ、人一倍の正義感と行動力があって、それをどこまでも遂行する強い意志と、近くに見えて遠い目標があるだけ。
「まぁいいや、始めよう」
「はいっ!」
意気込んだものの、二人の捜索は呆気なく終わった。
前までとは違い、ここは二人一緒に上下を捜索したが、鍵どころかトラップすら見つからなかった。第四と同じ時間経過による爆発かとも考えたが、かなり時間をかけて捜索したので、その線は薄いだろう。
メタ読み対策。
二人が少なからず考えていた可能性。
「どうせ第一シアタールームにあんだろ」と真っ先に第一から捜索しようとするプレイヤーへの対策だ。トラップすら用意しなかったのは、他のシアタールームにもトラップがない可能性を示唆させるため。実際には、ここ以外の全てのシアタールームにトラップはあるのだが。
とにかく、二人の捜索は終わったのだ。
鍵があるのは第二シアタールームということになるが、捜索している三人からの合図がないため、まだ捜索中なのだろう。
助けに行くこともできなくはないが、変に気を散らしてしまっては良くないだろうと、待機することにした。
二人とも口にはしないが、命の危機が去ったことで緩みが生まれてしまい、その状態のまま第二シアタールームに行けば足手纏いになることがわかっていたのだ。
「はぁ……終わりですね、もう」
「うん」
できるだけ出口から近い客席に座った。
最早、このシアタールームに危険はない。少なくとも、二人の頭の中では。
「そういえば、私からも聞きたいことがあったんですけど、良いですか?」
「あたしの質問答えてないじゃん」
「シャラクさんは、なんでデスゲームに?」
「無視かい」
少し悩んでから、シャラクは口を開く。
「それ聞くの、この世界じゃタブーだから」
「知ってます」
デスゲームに参加しているプレイヤーが、まともなはずがない。理由だって、人に語れるようなものではない。
メシアが聞きたかったのは、芸能人が裏の世界へ足を踏み込んでいる理由ではない。友達が抱えている苦悩に、自分が少しでも力になれることはないか。それだけだった。
「はぁー……死にたかったんだよ」
「なんで?」
苦笑して「本当グイグイくるね」と吐き捨ててから、シャラクは語る。
「あたしのこと、知ってる?」
「もちろんです」
「自己評価より高く評価されて、今じゃちょっとした時の人だけどさ、別に嬉しくないんだよね。劇団時代にいじめてきた先輩も、学生時代にからかってきた同級生も、全く干渉してこなかった両親も、女優として成功してからは手のひら返しでさ。コネとか金とか、やんなっちゃうよ」
メシアは黙って聞き続ける。
「そもそもあたし、女優になりたかったわけじゃないし。CMでもバラエティーでもニュースのゲストでもなく、純粋な役者を目指して劇団に入ったの。できることならカメラの前より舞台に立ちたいけど、思ってたより人気が出ちゃったせいで、そういうわけにもいかないの」
「だからって、シャラクさんが我慢するようなことは……」
「我慢って言うと人聞き悪くない? 納得もしてるよ。ここで女優を辞めて舞台に生きたとしても、それは成功した人間の道楽にしか見えないだろうし、不当に評価を受ける羽目にもなるんじゃないかな。上にも下にもね。実質、あたしの夢はもう叶えられない」
そんな悲しいこと、とメシアは思う。
それでもどこかで、それが文字通り死ぬほど辛いことなのか、と疑問に思ってもいる。女優としての才能があったって喜ぶことはできないのか、って。
シャラクは、何度も言われたその疑問を察して、メシアが聞く前に答える。
「なんかさ、夢と現実が近すぎるんだよね。役者になりたいのに女優になっちゃった。あんま違わないように聞こえるけど、あたしにとっては別物なんだよ。カレー食べたかったのにラーメン出てくるみたいな感覚かな、好きだけどこれじゃないって感じ」
「……すみません。私では、あなたのことを理解することができない」
「いいよ。あたしはラーメンが嫌でデザートだけ食べるような悪い子で、あんたみたいに自分で作ろうとする良い子が理解するべきじゃない」
少し悲しそうに、シャラクは笑う。
やはりメシアにはわからないが、その表情だけで、大衆に持て囃されている女優の悩みが本物であることがわかった。
「まぁ別に、女優だからって舞台に立たないわけじゃないし。成功してるだけあたしは幸せ者だと思うけどね」
「強がらなくても良いですよ。あなたは今、売れっ子女優の大鳥伏洒落頂じゃなく、デスゲームプレイヤーのシャラクさんなんですから」
「……強がってなんか」
「幸せ者とか天才とか、そう呼ばれるべき人たちの定義を知ってますか?」
またいきなり話が変わったな、と思いながらも、シャラクは答える。
「成功でしょ、そんなの」
「違いますよ。それだとシャラクさんは幸せ者になっちゃうじゃないですか」
「……別にあたしは不幸自慢がしたいわけじゃなくって」
「良いですかシャラクさん」
シャラクの言葉を遮って、メシアが答える。やっぱりこいつ人の話聞く気ないな、と呆れてしまう。
「幸せ者や天才と呼ばれるのは、『欲しいものを手に入れた人』であるべきなんです。一般的な価値観の幸せが誰にでも当てはまるわけないじゃないですか。できる事とやりたい事が同じじゃなければ不幸なんですよ。そして私たちは、不幸に甘んじて良いんです。誰かと比較して強がらずに、辛ければ傷ついて良いんですよ」
「……違うよそれは。だってあたしはっ……あたしは」
(……あたしは何がしたいんだっけ)
頭の中が真っ暗になる。見ないように、思わないように、そうやって逃げ続けたものが、ようやく彼女の目の前に現れた。
真っ暗な頭の中で、背中を丸めて泣く姿の子供がいる。無差別に人目を惹く金髪で、泣きじゃくっても綺麗な顔の少女。シャラクから見ても非の打ち所がない、そんな、自分自身だった。
(あぁ、あたしは)
傷だらけで泣く少女を見て、思う。
(泣いて、良かったんだ)
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