第20話 こぼれる光


 完成した石けんとハンドクリームは大好評だった。

 石けんは優しくしっかりと汚れを落としてくれるので、皿洗いも洗濯も楽になった。

 お風呂で使えるおかげで、従来の垢すりよりも肌を傷めずに清潔を保てるようにもなった。

 しかも以前のどろどろ半液体と違って固形だから、持ち運びも便利である。

 ハンドクリームはあかぎれのケアにもってこい。

 ふんわり香るゼラニウムの香りも気に入った人が多かった。


 ところが。


「フェリシアさん。このハンドクリームは素晴らしいですね」


 オカヒジキの灰を買い足しに行った際、ガラス工房主が満面の笑みを浮かべていた。


「見て下さい。やけど痕まですっかり良くなりましたよ」


「え」


 差し出された手は、つるんとしてきれいなものである。

 つい何日か前までやけど痕や傷で痛々しかったのに。


「新しくやけどをしても、ハンドクリームをつけておけばすぐに痛みが治まりますし。もう手放せません」


「は、はあ……」


 喜んでいる工房主には悪いが、効果出すぎじゃない?

 麻薬並みにヤバい即効性である。

 ちょっとこわい。


 何か副作用が出たらどうしよう?

 でも材料は蜜蝋とオリーブオイルと精油だけだしなあ?


 首を傾げながら要塞に戻った。


「ねえ、みんな。あかぎれの調子はどうかしら?」


 メイドたちに様子を聞いて回る。

 するとみんな、口を揃えて「すっかり治ったよ!」と言った。

 あかぎれ程度ならそんなものかと思っていたが、中にはそれなりに深い傷だった人もいた。

 それがこんな短期間で治るなんて、やっぱりどこかおかしい。


「先輩のハンドクリームのおかげで、指がすべすべで嬉しいです。それにほら、こうやって頬に手を当てるとお花のいい香りがして」


 リリアがにこにこしながら頬に手を当てている。

 可愛らしい仕草だ。

 彼女の指はしっとりすべすべで、みずみずしいピンク色をしていた。あかぎれの痕はどこにも残っていない。


「それならいいけど……。もし何か変な感じがしたら、教えてね」


「変な感じ?」


「何もないよね」


 副作用を警戒して言っておいたけど、誰もピンと来ていない雰囲気だった。







 廊下の掃除をしていると、ベネディクトがやって来た。


「フェリシア。今日も頑張っているな」


「いえいえ。これが私の仕事ですから」


 そんなことを言いながら、雑談する。


「最近、兵士たちの体調が良くなっている。石けんとクリームで肌荒れを起こしていた連中も改善された」


 こちらも効果が出ているようだ。


「体調は、食事のせいもあるかもしれませんね。料理長と相談して、なるべく栄養バランスのいいメニューを作っていますから」


 この国では『栄養バランス』という概念が薄かったので、料理長をサポートする形でメニューを組んでみた。

 肉は予算的に無理でも大豆やそら豆でタンパク質がとれる。

 野菜は生と加熱したものを両方食べてもらう。

 味付けもできるだけ工夫して、飽きないメニューにした。


 あとはあれだ。おいしくな~れの魔法。

 光魔法の練習がてら、食べた人の幸せな姿を思い浮かべながらこっそり唱えている。

 まあ、そんなん唱えているとバレたら恥ずかしすぎるので、あくまでこっそりと。


「フェリシアがここに来てから、全てが良い方向に向かっている」


 ベネディクトが呟くように言った。


「魔物の襲撃は、以前の半分以下の頻度。しかも一回あたりの数が減り、動きすら鈍い。特にクィンタの怪我があった一件以来、魔物たちの活動はこれまでにないほど沈静化している」


「そうなんですか」


「きみの聖女の力ではないのか?」


 彼の真摯な視線を受けて、私は怯んでしまった。


「でも、私は何もしていません。光魔法も相変わらずです。こんな有り様じゃあ、とても『聖女様です』などと言えません」


 冗談めかして言えば、ベネディクトもやっと笑ってくれた。


「聖女はさておき、要塞の多くの人間がきみに勇気づけられている。むろん私もだ。――ありがとう、フェリシア」


「え、いえ、そんな……」


 いつも真面目な表情の彼が、柔らかく微笑んでいる。

 その目には本当に感謝が浮かんでいて、私はどきりとした。


 私は本当は好き勝手やっているだけだ。

 BL布教が一番の目標で、それ以外は二の次で。

 そりゃあメイドの仕事は頑張ったけど、新入りだもの。頑張る程度のことはしなければ、叩き出されるかもじゃない。


 石けんだってハンドクリームだって、料理だって。

 役に立てるといいなーとは思ったものの、割と軽い気持ちだった。

 私自身が必要とした品でもあったし。


 それなのに。

 そんな私をまっすぐに見て、感謝してくれる人がいる。

 本当に役に立てたんだ。

 心の中にじわじわ誇らしさが湧いてくる。

 嬉しい……。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 だから自然に言葉が出た。


「これからもまた、頑張れそうです。――ベネディクトさんのおかげです」


「そ、そうか」


 にっこり笑って彼を見れば、なぜだか顔を赤くしている。


「お顔が赤いですよ。まさか風邪? 最近寒くなってきたから、無理は禁物です」


「いや、そうではなくてな」


「そうだ、風邪にきくハーブティを淹れましょうか。精油を抽出しようと思って、ハーブを集めているんですよ」


 彼の手を取って歩き始めると、ますます真っ赤になっていた。

 なんじゃいな。


 その後、ゆでダコになったベネディクトを見つけたクィンタが爆笑して、ベネディクトにしばかれるという一幕になり、ベネ×クィ大好きな私は大満足したのだった。

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