第19話 かすかな光


 精油ができあがれば、あとは簡単だ。

 蜜蝋を小鍋で熱して溶かして、オリーブオイルと精油を少しずつ混ぜていく。

 ゼラニウムの香りがとても良い感じである。


 混ぜている途中、ふと思いついて魔力の混ぜ込みもやってみた。

 魔法も魔力も技術であり能力である以上、日々の訓練で伸びるかもしれない。


(前にクィンタをを治したときは、夢中でわけが分からなかったけど。あのときのこと、できるだけ思い出して)


 確か昔の聖女様の言葉を思い出したんだった。

 まず自分が幸せであれ。

 そして周囲の人々の幸せを願うべし。

 なんかそんな内容だった。


 確かに、自分の身を削ってまで他人の幸せは願えない。

 そんな人がいたらもはや、そういう性癖なのだと思う。

 世界の生贄となって平和を祈り続ける人柱とか、物語としてはおいしいが自分の身に降りかかるとなれば全力で逃げるぞ。


 そういえば、帝都の『聖女の祭壇』にも似たような文言が刻んであるのよね。

 聖女の祭壇は正直よく分からん遺物で、月一回の祈りが当代の聖女に課されていたわけだが。

 とても古い建造物で、伝説では建国王と王妃である聖女が作ったとされている。


 ちなみにユピテル帝国は、建国時には王政でやがて共和制になり、さらに現在の帝政になったという歴史を持つ。

 建国から今までは約千年と言われているが、古代文明のさらに千年前なので正確な記録があるはずもなく、けっこういい加減である。


 つまり何もかもがよく分からんのだ。

 そういや私を偽聖女扱いして、真の聖女(笑)の地位は妹が収まったはずだが。

 妹と皇太子はどうなったんだろうね。

 興味がなさすぎて今まで忘れていた。


 もっとも今、余裕がある状態で思えば、クソわがままな皇太子はもっと教育的指導をしてやればよかったかもしない。

 あれこれ追い立てられて余力がなく、わがままに付き合いきれなくて放置してしまった。

 婚約当時の彼は子供だった。

 中身大人の私が譲歩しても良かったんだろうな。不徳のいたすところである。


 ともあれ帝都にいる頃の私は幸せとは言えず、日々を耐えて生きるのに精一杯だった。

 でも今は違う。

 腐女子仲間と萌え供給源に囲まれて、今までにないほど幸せだ。

 だからその幸せを、周囲の人々にも分けてあげたい。

 石けんやハンドクリームを作るのも、手荒れや肌荒れを軽くしてあげたいからだ。

 こんな小さなことしかできないなんて、私はやっぱり聖女じゃないと思う。

 ただの腐女子である。


 というわけで、光の魔力の混ぜ込みは気休め程度。おまじない。

 ほんのちょっぴり効くといいねーくらいの気持ちで行こう。


 おや、今、手元がきらりと光った……かな?

 まあ気のせいだろう。


 蜜蝋とオリーブオイルをしっかり混ぜて、ゼラニウムの精油を足す。

 小さい壺に小分けして流し入れた。

 あとは冷めれば適度に固まって、肌なじみのいいクリームになる。


 明日早速、ガラス工房に持っていってあげよう。

 喜んでもらえるといいな!




+++




【三人称】


 その頃、帝都では。

 皇宮の一室で、皇太子ラウルと妹のナタリーが茶菓子をつまみながら雑談していた。


「ナタリー。お前、太ったんじゃないか?」


 寝椅子でくつろいだラウルが、ナタリーの姿を眺めながら言った。

 無遠慮な言葉にナタリーはキッと彼を睨みつける。


「まあ、殿下! なんてことをおっしゃるの。あたしは真の聖女として、毎日厳しい教育と修行に耐えているのに。ひどいわ!」


「あー、悪かった。泣くのはやめてくれ」


 ラウルはため息をついて、やる気のない声でなだめた。

 ナタリーは実際、姉がいなくなってからかなり肥えた。

 それまでは美しい姉と張り合うためにスタイルの維持を頑張っていたのだが。

 張り合う相手がいなくなったせいで、気持ちがゆるんだらしい。

 今もハチミツがたっぷりの焼き菓子を山のように食べていて、ラウルは内心で胸焼けがした。


「ひどい、ひどすぎる。殿下といえど聖女を侮辱すれば、どうなっても知りませんわよ!」


 子供のように泣き続けるナタリーに、ラウルは内心でうんざりとした。

 ナタリーはいつもわがままでラウルを困らせる。


(こんなことなら、婚約者をすげ替えなければよかった。姉のフェリシアは無愛想で面白みがなかったが、聖女と婚約者のつとめはしっかり果たしていた。それに比べて妹はどうだ)


 ラウルは確かにフェリシアに不満があった。

 光の魔力を持つ聖女だと引き合わされた彼女は、いつも無表情でラウルに無関心。

 唯一瞳に光が灯るのは、ラウルの侍従を見るときだけだった。


 婚約者なのに自分は愛されていない。関心を向けられてさえいない。

 心を向けているのは、身分が卑しい侍従だ。

 そう思えば怒りが募った。


 実際のところをいえば、婚約当初のラウルはわがままで傲慢な子供であったために、フェリシアが相手にしなかっただけである。

 侍従を見ていたのは主従BLで妄想していたから。

 そんなことを知るはずもないラウルは、フェリシアを一方的に憎んでいた。

 そこへ現れた妹のナタリーは、姉の悪口をラウルに吹き込んだ。

 ナタリーは家族ぐるみでフェリシアを虐めていたので、ありもしない悪口はいくらでも出てきた。

 ラウルとナタリーはフェリシアの悪口で盛り上がり、仲良くなった。


 ナタリーの両親の介入もあって、真の聖女はナタリーだとでっち上げることすらやってのけた。

 聖女の力があやふやで、どのような効果があるか知る人がいなかったのが功を奏した。

 魔力鑑定の儀式をする神殿の神官を買収して、ナタリーこそが光の魔力を持つと公表したのである。


「殿下。近衛騎士団から報告書が上がっております」


「よこせ」


 侍従から報告書を受け取る。

 普段であれば面倒くさがって放置するが、今はナタリーとの会話を打ち切るダシに使った。


「何……? 帝都近辺で魔物の目撃情報? 魔物は辺境に出るものだろう。なぜ帝都に」


 報告書では魔物は弱い種類で、数も少なかったとある。

 帝都を守る近衛騎士団が出撃し、つつがなく討伐を完了したと。


「ふん。討伐が終わったなら別にいい」


 ラウルは興味を失って、報告書を侍従へ放り投げた。

 目の前で菓子を食べ続けるナタリーを、うんざりとした目で見る。


(もう一度、婚約者を変えるべきかもしれんな。もっと美しくて従順な女に)


 そんなことを考えながら、寝椅子に寝転がった。

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