第18話 ハンドクリームを作ろう2


 器具が揃ったので、さっそく精油の抽出に取り掛かることにした。

 けどここで一つ問題が出てしまった。

 かまどの火では大きすぎて、小さなフラスコを温めるのが難しいのである。

 もちろんアルコールランプなどというものはない。


「小さい木切れを組んで燃やせばいいかしら? でもそれだと、火力が足りないかも……」


 器具を前にして困っていると、クィンタがやって来た。後ろにはベネディクトもいる。

 この人たち、けっこうな確率で一緒にいるな。よきことだ。


「よ、フェリシアちゃん。今度はなにしてんの?」


「精油を作るんです。この小さいガラスの器具で水を沸騰させるつもりが、火加減に困ってしまって」


「それなら俺が手伝ってやるよ」


 クィンタはフラスコをテーブルの上に置いた。

 軽く指先を動かすと、オレンジ色の炎が灯ってフラスコを炙った。


「どんなもんよ。そこの水を沸騰させ続ける程度の火なら、魔法で出せるぜ」


 そういえばこの人は魔法分隊長だった。


「ありがとうございます、助かります」


 お礼を言うと、クィンタはニヤニヤ笑った。


「どうってことないぜ。そこの脳筋よりよっぽど役に立つだろ」


 脳筋ことベネディクトは渋い顔をしている。

 しかし言い返す余地はなく、黙っていた。

 うむ、ケンカップルという感じで大変いいですな。もっとやれ。


 私は手早くパイプと冷却器、ビーカーをセットして精油の抽出を始めた。


「どういう仕組なんだ?」


 ベネディクトが不思議そうに覗き込んでいる。

 私は説明した。


「このフラスコに水と精油のもとになる植物を入れます。そうすると植物のオイルが熱で蒸発して、水蒸気と一緒にパイプに入っていきます。そして、この冷却器で冷やされて、蒸気は液体に戻ってビーカーに落ちる。水とオイルは自然に分離するので、あとはオイルだけ回収するんです」


 一つ一つ指さして言えば、ベネディクトとクィンタは感心したようだ。


「こんな方法があるなんてなあ。香油の香り付けは、葉っぱや花を油に漬け込むだけだろ?」


「柑橘類などは、皮を絞ると聞いたことがある」


「そうですね。花や葉は繊細ですから、下手に力を加えると細胞が――ええと、花や葉の香りのもとが壊れてしまいます。だからこうして水蒸気と一緒に抽出すれば、純粋な成分だけ取り出せるんですよ」


 柑橘類に関しては、前世の二十一世紀でも圧搾法で抽出するとKちゃんが言っていたな。

 Kちゃんはアロマにも詳しくて、彼女の部屋にはたくさんのアロマオイルや精油が置いてあった。

 中には興奮作用のあるアロマなどもあり、「プチ媚薬で攻め様が受けちゃんに使うのー!」と楽しそうにおしゃべりしたっけ。


 さて、今回抽出する植物はゼラニウムである。

 ゼラニウムはピンク色のかわいいお花。

 ちょうど今の時期が開花季節で、見た目の可愛らしさからあちこちで植えられている。


 ゼラニウムの効能は抗菌作用、抗炎症作用。虫よけにもなる。

 ガラス工房主さんのやけど傷に、応急処置として抗炎症作用のあるゼラニウムが役立つはずだ。

 傷以外にも皮膚によい植物なので、いいハンドクリームになってくれるだろう。


 フラスコの炎はそれなりに長い時間出続けている。

 魔法をこんなに長い間使い続けて大丈夫なのだろうか。


「クィンタさん。魔力は大丈夫ですか?」


「平気、平気。俺は一流の魔法使いだからな。そこらの雑魚とは格が違うんだよ。属性も火と水、金のトリプルだ」


 へらりと笑う彼は、特に負担がかかっているようには見えない。

 自分で言うのがうさんくさいが、本当に腕の良い魔法使いであるらしい。

 複数の属性持ち、しかも三つはかなり珍しい。


「フェリシアちゃんは光の魔力だろ? あれ以降、調子はどうだ?」


「さっぱりです。クィンタさんを治せたのもまぐれじゃないかと思うくらいで」


「まぐれなわけないぜ。よし、いい機会だ。ちょっと魔力を触らせてくれ」


「おい、クィンタ」


 クィンタが私の手を取ったので、ベネディクトが険しい声を出した。

 クィンタはニヤッと笑った。


「なんだ? 嫉妬してる? 残念、魔力指導は脳筋には無理だからよ」


「そうではない。女性にむやみに触れるなと言っている」


「むやみに、じゃねえよ。大事な指導だ。何ならお前にもあとでやってやろうか? お前だって一応、木と土のダブルだろ。訓練すりゃあ伸びるぞ?」


「結構だ。私は剣の道に生きると決めた。魔法はあくまで補助で使う」


「あっそー。これだから脳筋は」


 いいケンカップルいただきました。

 今日も幸せでございます。ありがとうございます。


 私が内心で拝んでいると、クィンタが手を引っ張ってフラスコの炎を示した。


「いいかフェリシアちゃん。そこの炎は俺が魔力で編んだものだ。ちょっぴりでいいから、あの炎にフェリシアちゃんの魔力を混ぜてみな」


「魔力を混ぜる……ですか?」


「そうそう。フェリシアちゃんは調理補助の仕事で、薪の継ぎ足しをしてるよな? あんな感じで、火種を足すイメージでやってみるんだ」


 日々の仕事を例に出されたことで、ぐっとイメージがしやすくなった。

 クィンタに手を握られたまま、指先を炎に向ける。


(薪を足して。もっとよく燃えるように、息を吹きかけて)


 目を閉じて静かに息を吐けば、指先からすうっと何かが流れていったような感覚があった。


「どうでしょう?」


「うーん? やっぱ五大属性以外の魔力は読みにくいぜ。だが、魔力が動いた感覚はあった。やっぱりフェリシアちゃんは本物だよ」


 目を開けて炎を眺めたが、特に前と変わった様子はない。

 けれども本職のクィンタがそう言うのであれば、多少は進歩があったと信じたい。


 炎はあかあかと燃えて、フラスコの中の水をふつふつと沸騰させている。

 やがて十分な量の精油がビーカーに集まったので、抽出はそこで終わりになった。

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