第14話 売り込み2


 本屋はそれからしばらく考え込んでいた。

 今日はもう返事をもらえないかも。出直そうかな。

 そんなふうに感じ始めた頃、彼は意を決したように口を開いた。


「分かりました。この物語を買い取りましょう」


「……! ありがとうございます!」


「やりましたね、フェリシア先輩!」


 リリアと手を取り合って飛び跳ねる。

 そんな私たちを本屋は苦笑して眺めていた。


「正直言えば、冒険ですが。最近は貴族の御婦人が文学サロンを開くことも増えましてね。そういった場で売り込めば、勝算もあるでしょう」


「ええ、ええ! どうかよろしくお願いいたします!」


「それじゃあ、商売の話に入ります。この本は金貨一枚で買い取らせてほしいのですが、よろしいですか? そして僕に優先出版権をください」


 私は少し考えた。

 このユピテル帝国の出版では、売上に対する印税などは存在しない。

 著作権も厳密に管理されていない状態で、みんな勝手に写本して複製をしている。海賊版バンザイ状態である。

 それでも優先出版権というものはある。

 作者が作品を書いたら、まずその版元に本を持って行くからだ。


 金貨一枚は、そこまで大きい金額ではない。

 けれど無名の新人作家、それも今までの売れ筋とはまるで違う物語の対価としては弾んでくれたと思う。

 何より彼はBLそのものに理解はなくとも、商品としての価値を買ってくれた。

 その気概に報いたい。


「はい、十分です。この物語が人気になって、続きが望まれるようになったら、あなたに続きをお渡ししますね」


「じゃあ契約成立だ。この契約書に署名をお願いします」


 差し出された用紙の内容を確認して、サインした。

 用紙を受け取った本屋は、財布から金貨を取り出して渡してくれた。


 たった一枚の金貨は、私の手の内で燦然と輝いている。

 これは私が、初めて物語で稼いだお金。

 それがとても嬉しくて、リリアと手をぎゅっと握り合わせた。







 本屋は四、五日ほど要塞町に滞在した後、帝都に向かって発つと言っていた。

 一度私の物語を通しで読んで、どう売り込むか相談することになった。


 とりあえず今日はゼナファ軍団の基地に戻ることにする。

 もらった金貨を銀貨に崩して、メイドたちにお土産の蜂蜜菓子を買った。

 物語を無事買い取ってもらったと報告すると、メイドたちは我が事のように喜んでくれた。


「あの英雄たちが帝都で人気になって、男性同士の恋に心ときめく人がたくさん生まれるのが、目に見えるようだわ」


 メイド長はうっとりしている。

 私は苦笑した。


「気が早いですよ。きっと人気になると思うけど、時間はかかるでしょう」


「それこそ時間の問題よ。同志が増えると思うと、今でも楽しみだわ」


「帝都の親戚に手紙を出そうかしら。これからとっても胸がきゅんとする物語が出るよって」


 わいわいと熱気を帯びている。

 もちろん私も楽しみだ。


「フェリシア先輩。本屋さん、今日中に物語を読んでおくと言っていましたね。明日また行ってみましょう」


「そうね。どうやって売り込むか考えないとね。メイド長、申し訳ありませんが、明日も少し時間をもらっていいでしょうか?」


「もちろんよ! 他でもないフェリシアの物語が、世に羽ばたこうとしているのだもの。しっかり打ち合わせしてきなさい」


「ありがとうございます。この件が終わったら、その分働きますので」


「いいのよ。そうそう、お金もちゃんと取っておくように。それはあんたが稼いだお金なんだからね」


 メイドのお給料は安くて、お小遣いの余裕は少ない。

 そんな中、みんなは紙代やインク代をカンパしてくれた。

 だからお礼をしたかったのだが、みんなから「いらない」と言われてしまった。


「お礼なんかいいから、もっと物語を聞かせてよ。私、王子×王妃(美少年)の話がもっと聞きたいのよ」


「あたしは護国の英雄×知将がいいなあ」


「知将は攻めでしょ! 頭脳を生かしてクールに受けをもてあそんで愛するのよ。譲れないわ!」


 そんな声があちこちで聞こえる。みんな実に楽しそうだ。

 私もその輪に加わって、楽しいひと時を過ごした。







 翌日、列柱回廊の本屋を訪ねると、彼はげっそりとした顔をしていた。


「大丈夫ですか?」


「やあ、フェリシアさん。大丈夫ですよ。ただちょっと、男たちの濃すぎる情念に当てられたというか」


 まあ、BL好きじゃない人が一気読みしたらそうなるかもしれない。

 むしろ好きではないのにしっかりと読んでくれて、見上げたプロ根性である。

 それから売り込み方を相談した。


 もともと英雄叙事詩二次創作BLは、BL初心者を意識して書いた。

 がっつりBLではなくブロマンス寄りで、えっちなシーンはほとんどない。

 年若い少女から年配の女性まで、自信を持って勧められる一作である。


「ですので、売り込み方はシンプルでいいと思います。男性同士の恋に興味を示した人に渡せば、そのまま沼に引きずり込めるかと」


「沼?」


「物語の魅力にハマるという意味です。この物語では、多くのタイプの男性が登場します。きっと推しができるはず」


「推し?」


「一番のお気に入りで、一番応援したくなる登場人物ですよ」


 などというやり取りを経て、本屋は納得してくれた。


「フェリシアさんとリリアさんの熱量を見ていると、本当に大ヒットの予感がしてきました」


「そうですよ! 先輩の物語はすっごく素敵なんですから」


「あまり難しく考えず、男性同士の可能性を信じればいいのです」


 私とリリアが交互に言うと、本屋は何とも言えない顔をしていた。

 それから首を振って気持ちを切り替えたようだ。


「僕だって目利きの商売です。この物語を必ずや、帝都の大ヒットにしてみせましょう」


 本屋とはそれからも数日打ち合わせをして、その後は帝都に旅立っていった。

 私とリリアは要塞町の門まで行って、本屋の背負子を背負った背中が見えなくなるまで見送った。

 私の物語、BL英雄たちが帝都の御婦人の心を射止めるよう願いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る