第1章 黄金色の夕景(4)



 これに恐れを抱いたのが、第一大臣のウィステリア一族のジフィだった。  


 ウィステリア家は、過去二百年以上にわたって王の血統に蛭のように喰らい付いて生きてきた。

常套手段は自分の娘を王の妃にし、生まれた孫を次の王にして陰から操り強大な権勢をふるうというもの。

これを先祖代々えんえんとやってきたおかげで、王家とウィステリア家の血は互いに混じり合って肉と成し、あたかもヒトと腸内細菌のように切り離すことのできないズブズブの共生関係になっていた。  


 五十の歳を過ぎて今や一族の長となったジフィも、妹は三代前の王妃、娘は先代の王妃、そして孫娘も無事に現在の王に嫁がせることに成功し、全方位の支持基盤を完璧に固めて死角はない。

ジフィ本人は極めて凡庸な人物で、容姿、学業、詩才、奏楽、武芸のどれをとっても十人並みで取り立てて目立つところはなく、ただひとつ傑出していたのが生まれた家柄の良さだった。  


 若い頃からの口癖は、「第一大臣に、わしはなる!」

確かにその言葉は実現したのだが、それは単に第一大臣だった父親の跡を継いだだけで、本人の才能や努力によるものでは全くなかった。

そんなジフィにとって、自らの才能だけを武器にして、異様な速さで朝廷内の地位を上げてぐいぐいと迫って来るドーシンは、自分を今のポジションから追い落とそうとする侵略者にしか見えなかった。  



 ジフィの孫娘の婿にあたる現在の王ディーゴは、まだ弱冠十七歳。

ジフィに「第二大臣に謀反の嫌疑あり、陛下を追い落として自分の思い通りに動かせる陛下の異母弟を王にすげ替えようと企てておりますぞ!」とまくし立てられては抗うすべもなかった。  


 そんなわけで、運の悪い第二大臣プラムのドーシンは左遷の憂き目に遭い、都から遥か西のトーノミアに流されて来たのだった。



        * 



 ドーシンがトーノミアに来て二週間ほどが経った。

その間ソータは何度か南館に行ってみたのだが、館の周りには常に見張りの役人が立っていて近づけない。

 

 南館の庭は荒れ放題で、ソータの背丈ほどの雑草が生い茂っている所もある。

井戸は埋まっているので土砂を取り除く作業を行い、垣根の竹は編んでいた縄が切れてバラバラに壊れていたので結い直さなければならなかった。

その様子をソータは遠くからこっそり眺めていたが、ドーシンの姿はなかった。  



 それから数日後の朝のこと。

ソータはサザンバードを行くあてもなくブラついていた。

路上には車を曳く牛や馬の「落し物」があちこちに転がって臭いを放ち、掃除人たちがそれを拾い集めている。いつもの朝の風景だ。  


 サギス川の船着き場のところで、幼なじみのゲキに出くわした。

ソータより一つ年上の十一歳、ニカシの牛飼いの息子だ。

日頃からトーノミア、特に中心を東西に縦断するこのサザンバードの辺りをウロつくのを日課としている。  


 ソータを見たゲキは、アゴをグイッと上げてみせた。

ソバカスを散らした顔には、いつも人を小馬鹿にしたような表情が浮かんでいる。

ソータもそれに応えて肩をすくめる。

狭い街で毎日のように顔を付き合わせていると、言葉をかけるのも億劫になるものだ。  


 だが、近づいてゲキの顔を見たソータは、(おや?)と思った。

その目が興奮で爛々と輝き、鼻が膨らんでいたからだ。


「おい、聞いたか、あん話! 狐やて」いきなりゲキがまくしたてる。


「キツネ……こんな街ん中に?」


「そっちのキツネじゃなか、都から来た化け狐のことや」 ゲキは得意そうに続ける。


「へーアンの都で人間に化けて王様を呪い殺そうとした妖狐が捕らえられて、ここに送られて来たんやと。市場ではその話でもちきりや。なんでも三百年も生きた尻尾が九本あるでっかい白狐で、とんでもなく邪悪な妖術を使うらしか」


「それ、南館に住んどぉおっさんのことか」  



 ソータは一度だけ見たドーシンの姿を思い出した。

生い茂った雑草の中でうずくまって吐いていた姿は、とてもじゃないがそんな強大なパワーを持った大物には見えなかった。


「信じられーん、化け狐とかうっそくさー」  


 自慢の噂話を否定されたゲキは、ムキになって食ってかかった。


「ならそん目で確かめてみぃ。今ごろテンパー山で呪詛をかけとぉはずやから」  



 テンパー山とは、トーノミアの南にある標高257メートルの山である。

ソータの家からは大人の足で徒歩二十分、ドーシンの住む南館からは四十分ほどのところにある。

山全体にススキが生い茂っているが、背の高い木は生えていない。

(その数百年後にシイやタブの木が植樹されて、千年後には鬱蒼とした木立に覆われているが)  


 登山道の入り口は人が四〜五人並んでも楽に進めるほどゆったりしており、八合目あたりまでは緩やかな傾斜の道が続くため、登山というより丘を登るような気楽さで「テンパー山楽勝♪」とか思うのだが、その先に突如現れるのが436段の石段。

軽く地獄を見ることになる。  


 その正道の他に、〈マシラの径〉〈シャクナゲの径〉といった登山道がある。

ソータたちはその名の通りのケモノ道のようなマシラの径で登るのがお気に入りだった。  


 山頂からはイノムラサキ平野からカタハ湊までの絶景が見渡せて、天気が良ければ沖にあるウマノ島が見える。  



 本日の明け方、そのテンパー山へドーシンの乗った牛車が向かったとの情報を、牛飼いであるゲキの父親が仕事仲間から仕入れたというのだ。


「なぁ、狐が化けるところ、見に行かん?」  


 ソータとゲキは顔を見合わせうなずくと、テンパー山目指して駆け出した。






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