第5話 扉とメモ
まさかとは思ったが、そしてそう思いたくなかったが、ジュリの奴、てんで役に立たない。
タキは、ここのところイライラしていた。せっかく記憶のある来訪者に会えたというのに、ドヨウの意味もわかったというのに、全然帰るための手がかりが掴めない。いや、全く掴めないわけじゃないのだが。
ジュリはヨクさんの塔で散々泣いた後、どのようにしてデザへ来たか話してくれた。それが、友人のお見舞いでビョーインに行った帰りにノミヤガイをうろつき、不思議な模様の扉が合ったので中に入ったら意識を失い気づいたら湖で介抱されていた、というのだ。
そんなこと言われても!とタキは思った。そんなこと言われても、帰る方法に結びつかないよ。扉を開けたことが引き金でここへ来たのか、それとも扉の中で起きたことが引き金なのか、それもわからない。そもそもビョーインとか、ノミヤガイなんていうハイカラなもの、この砂漠には無いからイメージがまるでつかない。ヨクさんは物知りだから、何となくわかったような感じだったけれど。それにしても。
「ここも違うか」
タキは、ジュリに描いてもらったメモを頼りに、「アパート」のそれぞれの階の扉をしらみ潰しに確認していた。メモには、例の「不思議な模様の扉」の絵が描かれている。これと同じ扉があれば、そこを通れば元の世界へいくことができる、なんてことにならないだろうか、と思ったのだ。
ただ、樹里の絵があまり上手くないせいにしても、その扉の絵と合致する扉は見つからない。
最上階から見ていって一番下の階の古ぼけた扉を見た時、タキは、「あること」を思いついた。タキはその扉のブザーを鳴らし、「タキです」と言った。
「入っとくれ」
と言う声がしたので、タキは中に入った。
中では、大家のユナ婆が小さな椅子に腰掛けていた。
「久しいな、タキ。最近全然遊びに来んからてっきり狩りの最中で死んだものと思っておったぞ」
「ユナ婆こそ。ご存命でしたか。てっきり大家は代替わりしたものかと思っていました」
とタキは言い、メモを取り出した。それを見てユナ婆が、
「待て待て、そう急かなくとも良いではないか。せっかく来たのだから、世間話の一つでもしてから本題に入らんか」
と言うので、
「これがその世間話です」
とタキは言った。
「ふむ」
ユナ婆は、メモを見て、静かに唸った。
「これと同じ扉を、ご存知ありませんか?例えば、この『アパート』に隠されているとか」
タキは、やや早口でそう言った。
「それはない」
とユナ婆が即答したので、
「……何故言い切れるのですか?」
とタキは聞いた。
「一個一個、しらみ潰しに調べたわけでもあるまいし。『アパート』の全階、全部屋の扉、覚えているとでも言うんですか?」
ユナ婆は、しばらく黙った後、
「タキ、お前も変わったのぅ」
と小さくため息をつきながらそう言った。
「昔はもう少し可愛げがあった」
「何言ってるんですか、今も可愛いですよ」
とタキは言うと、メモを折り畳んで、懐にしまった。
「話したくないのならいいです。関係壊してまで聞きたく無いですし……」
とタキは言うと、部屋から出て行く素振りを見せた。
「昊にある」
ユナ婆の思いがけない言葉に、タキのドアノブを握ろうとした手は止まった。
「昊にある。昊の、ほれ、白い宮殿じゃ。あの奥に隠されている」
タキの腕には鳥肌が立っていた。昊。考えたこともなかった。何故今まで考えてこなかったのだろう?ちょっとよく考えたら、ありうることだと気づくはずなのに。
「このこと、いつから知って——?」
タキは、振り返ってユナ婆を見た。ユナ婆は、鋭い目でタキを見据えている。
「もしかして、ドヨウの意味も、前聞いた時にご存知だったんですか?」
タキは、口の中がカラカラになりながら言った。
「それは知らん。ただ、扉のことは知っとった。いつかその情報にお前がたどり着くであろうこともな。ただ、ここでわしの力を借りようとは思わなんだ。タキ、お前はヨクと仲が良いじゃろう」
「まさか、ヨクさんは知って——?」
「わしが教えた。お前よりずっと早く、昊について知りたがったので、な。あの時は調子に乗って喋りすぎただけなんじゃが」
タキは、目の前が真っ赤になったような心地を覚えて、ヨクの前に立っていた。
横には、ジュリもいる。塔の螺旋階段を登る間、落ち着いて話せそうになかったので、黙ってついて来させたのだが。
タキは、ヨクの目の前にジュリの描いたあのメモを放り投げると、
「満足?」
と聞いた。
「何が」
ヨクは、笑いながら言った。こいつ。
「わかってるんでしょ。しらばっくれないで」
タキがそう言うと、
「ふぅー」
とヨクが言って、
「バレちゃったかぁ……」
とさらに言った。
「ユナ婆も手ぬるいというか、口が軽いというか……」
とぶつぶつ続けるヨクに、タキは
「もう全部知ってんでしょ?帰り方、わかってるんでしょ?私と、ジュリに説明して。今すぐ私たちを元の世界に帰して」
とここまで言って、ヨクが黙っていると、
「面白がってたんでしょ」
とタキは声をわなつかせながら言った。
「違う」
「嘘つき」
ヨクは、また、ふぅーとため息をつき、
「まぁ、嘘ついてたけどさ」
と言った。
「俺、記憶あるからさ」
タキとジュリは、ハッとして彼を見つめた。
「ニホンって、そんなにいい国じゃないよな?」
ヨクが、急にジュリの方を向いて話すので、ジュリは、ぎこちなく
「それは……」
と言った。
「帰らないほうがいいよ、あんな国。ここの方が、まだいい、タキ、君のためを思って、黙っていた。君はきっとニホンジンだ。ニホンは、こわくて、残酷なところだよ。君に苦労して欲しくなかったんだ。タキ、これは本当」
ヨクが虚ろな声でそう言う。
「もう苦労してんだよ。記憶のあるあんたと違って、こちとら自分のルーツも知らないから、何でここに居るのか、自問自答せずにはいられないんだ。その私の気持ち、知ってたはずなのに」
「タキ、あっちに行って良いことがあるとは限らないじゃん。本当、君のためを思って——」
「違う‼︎あんたは、自分が帰るのが恐いだけなんだよ!この……ビビリ野郎‼︎」
タキは、ここまで言って、ヨクに手をあげようとした。ジュリが、それを止めて言った。
「落ち着いて」
「落ち着けない!」
「ハジメにも、きっと事情があるんだよ」
と、ジュリが言った。
「ハジメ?」
きょとんとした顔で、怒っていることも一瞬忘れ、タキが言った。
「あー」
ヨクは、頭を垂れて言った。
「そりゃ、気づくよなー、ジュリ」
「うん」
とジュリ。
「まぁ、俺も最初から気づいてたけどね。顔見てアレ?って思って、アクシュで試してみて、名前聞いて確信」
「そうだったんだ……。アクシュ、そっか……そこで試されてたんだ。だから……」
ジュリは、妙に納得した顔をしている。
「もしかして、あなた達二人、記憶あるもの同士、前の世界からの知り合いってこと?」
「まぁ、ね」
とヨク。
「昔ね」
とジュリ。
「そっかぁ……」
タキは、今度は泣きそうになりながら言った。そして、
「……ずるいなぁ……」
と呟いた。
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