最終話「お礼と『お礼』」

「終わった、終わったんだよな。」

口から魂が漏れ出しそうになりながら、チャイムが鳴り響いた教室を見渡す。

周りの生徒もこの後の予定を話しあっており、少しお祭り感が強い。

「流石に今回の期末は大丈夫だな。」

金城きんじょうあやが作ってきた小テストの範囲が丸々出たので、赤点どころか彼女が提示した「50点以上取る」も確実にクリアしてそうだ。

「あいつにお礼しないとな。」

携帯を取り出して彼女に連絡を取ろうとする。

海藤かいどうさんから何か来てる。」

内容を確認する。

「あいつ知ったのか、まぁ遅かれ早かれ気づくよな。」

荷物をまとめ、クラスメイトにお別れを告げて教室を出る。

「このタイミングで送ってくるあたり、海藤かいどうさんも質が悪い。」

下駄箱に向かえば、既に金城きんじょうあやは入り口で待っていた。

「浅見様テストどうでしたか。」

「おかげ様で50点以上はお堅い。これなら夏休みは補習祭りにはならなそうだ。」

「それは良かったです。私も頑張って教えましたから。」

「そういうお前はどうなんだ。」

「凄い自信がありますよ。もしかしたら学年一位も夢じゃないかと。」

「俺といる世界が相変わらず違うな。」

二人揃って学校を出るのももう普通になった、未だにあれこれ言う奴らはいるが。

「この後暇か。」

「お時間は空いてますよ、なんなら夏休みはほぼ暇です。」

「なら良かった。行きたい所があってな、ここから数駅の場所なんだがいいか。」

「大丈夫です。浅見様からお誘いを受けるなんて珍しいですね。」

「そういう日もある。」

「綺麗。」

「ここ辺りだと結構有名なスポットらしい。」

やって来たのは町を見下ろせる高台にある公園だった。

「丁度あの先にベンチもあるし、そこで休むとしよう。」

「そうですね、テストの疲れもしっかり取るとしましょうか。」

道中の自販機で飲み物を買い、彼女に手渡す。

「こうしてまったりとしてると学校の屋上を思い出します。」

「恥ずかしい思い出だから話さないで貰うと助かる。」

「浅見様もなんだかんだ嬉しそうでしたよ?」

「そういう問題じゃない。」

夏間近だが、今日は風もあってかとても過ごしやすい。穏やかな風が肌を撫でる。

金城きんじょう、話がある。」

「浅見様からお話なんて珍しいです。今日は珍しい事ばかりです。」

「知ったんだろ、俺の両親のこと。」

俺の言葉で彼女が固まる。少ししてから震える体を抑えるように頷く。

「ごめんなさい、嫌でしたよね。」

「遅かれ早かれバレたことだ、お前が気に病む必要も無い。」

「でも。」

「お前が言いたい事は分かってる。その上で言いたい、それで苦しまないでくれ。」

俺の両親の事を知り、職場で話を聞いた、なら彼女はを知っている。

「きっと今の俺の言葉じゃお前を守れない、これからもきっと苦しんでしまう。」

「いいのです。それほどのことを。」

「違う、それだけは言える。だから聞いてくれ俺の話を。」

「・・分かりました。」

「君の両親はもう帰ってこない。」

小学一年生だったある日、俺は知らない大人にそう告げられた。

大きな火事があり、俺の両親はその火事の救出中の崩落に巻き込まれた。

「そんな。」

そこからの記憶はあやふやだ。

知らない大人、知っている大人、色んな人が俺の前に現れては消えていった。

「あの子誰が引き取るの。」

「まだあんな年齢よ、私娘いるし。」

親族から厄介者とされたことは理解出来た、その上で何も口に出せなかった。

(どうして二人は僕を置いて行ったの。そんなに他人が大事だったの。)

当時の俺は両親を憎んだ、俺を置いて先に行った二人を。

「この子は俺達が面倒を見ます。」

そう声を上げたのは両親の職場の方々だった。

「よろしくお願いします。」

俺は従うしかしなかった、それしか選択肢が無かったから。

それから学校、職場、家を回るように生活した。

職場の人は皆良くしてくれた、だからこそ俺は『苦しかった』。

きり、数日学校を休めるか。」

「大丈夫。」

きり、車酔いとか大丈夫か。」

「大丈夫。」

海藤かいどうさんは俺を連れて色んな所に連れて行ってくれた。

行く先々で俺の両親が救ってくれた人に出会った。

皆口を揃えてこう言った、「ありがとう、助けてくれてありがとう」と。

(なんでこんな人たちを助けたんだ。)

未だに俺の心は暗かった。

「この家が最後だ。」

「そう。」

金城きんじょう、俺の両親が最後に助けた家族。

金城きんじょうあやです。」

海藤かいどうさんはチャイムを鳴らすと、出てきたのは俺と同じぐらい女の子だった。

「・・・君は。」

あやです。君はなんて言うの。」

浅見あさみきり。」

それが俺と、金城きんじょうあやの出会いだった。

「ここまでは聞いた話だろ。」

「はい。」

「だがここからは違う。ここからが俺の、『本当のお話』だ。」

両親が助けた家族には俺と同じ年齢の少女がいた。

「ありがとう!お父様とお母さま、そして私を助けてくれて。」

「僕じゃない。」

助けたのは両親で、俺はじゃない。

「そうだとしてもありがとう!お父様とお母さま、そして私を助けてくれて。」

彼女は俺の手を取った。

誰も取らなかった俺の手を、君は確かに取ってくれた。

「大丈夫、あっそうだ、ほらもっと寄って。」

「え、うん。」

「ぎゅー!」

彼女は優しく、でも離さないように抱きしめてくれた。

気づいたら俺は泣いていた、きっと抱きしめられる前から泣いていたのだろう。

「ごめんなさい。」

俺は両親を憎んでいた、そして俺はと思っていた。

でも違った、愛されていた。

だって。

「この子を助けた。」

自分と同じ年齢の子を、未来ある子を助けた。

「愛されてたんだ。」

分かってた筈なのに、俺は信じられなかった。

「父さんと母さんは助けたんだ。」

ならは選ぼう、あの二人のように。

「だから『お礼』は要らないんだ、ずっと昔に俺はお前に救われた。」

「そんなの、私は知らなかった。」

「知る筈無いだろ、俺もお前に再会するなんて思わなかった。」

涙が止まらない彼女の手を握り、話を続ける。

「私は貴方の両親を殺した。」

「殺してない、あの場にいたのがお前じゃなくてもきっと二人は行ってた。」

「それでも。」

「けど、あの場にいたのがお前と、その家族だったから俺はこうして生きている。」

彼女と目が合う。

「あの日、お前が俺の手を取ってくれたから。」

「取ってくれたから。」

思い出す。あの火事の日、彼が手を取ってくれたから私はこうして生きている。

「同じだったんですね、お互い。」

「まぁそうかもしれないし、違うかもしれない。」

そう彼は笑いながら、私の涙を拭った。

「だから『お礼』はいい、お礼をしなきゃいけないのはむしろ俺なんだよ。」

「お礼をする...」

「だから言ってくれ、お前がしてほしい事を。俺が叶えられる範囲でだけどな。」

彼の笑顔が太陽のように眩しくて、悩み苦しんでた事が嘘みたいに心が軽くなる。

「・・・・・・・さい。」

「?」

「側にいてください。」

自分の気持ちに素直になる。贖罪の気持ちもある、けどそれ以上に。

「浅見様の側にいたい、ダメですか。」

「それがお礼になるのなら。」

彼が抱きしめてくれる、と同じように。

「暖かい。」

「そうだな、それが俺を救ってくれた。」

「離したくない。」

「満足するまでやってくれ。」

「好きです。」

「俺も・・・・え、え!?」

ポロっと零れた私の本音に彼が固まる。

「す、好き?俺が!?」

「好きですよ、浅見様のこと。」

「あ、あ~ちと頭の回路がショート気味だわ。」

「顔真っ赤です。」

「お前もな!」

お互いに顔真っ赤にしていながらも、離さず抱きしめ続ける。

「ズルいですよね。」

「まぁズルいな。」

「でも『お礼』は続けたいです。」

「俺は要らないんだけどな。」

満足したのか彼女は俺から離れる。

「私は浅見様からお礼を貰い。」

「俺はお前から『お礼』を貰うか...お前な~。」

彼女の頭をグシャグシャと撫でる。

「そんなに笑えるならもう大丈夫だろ。」

「はい。」

「そろそろ帰るか。」

立ち上がり、背伸びする。

「そうですね、今日も浅見様のお家に行ってもよろしいですか。」

「いいぞ。・・・あとその『様』はもう堅苦しいしやめないか。」

「辞める....きり?」

「急に名前呼びかよ、まぁいいけどな。」

「じゃあ私の事も名前で呼んでください。『初恋キラー』は嫌です。」

「・・・・金城きんじょう。」

「名前で。」

あや。」

「はい!」

頭を掻きながら、彼女の笑顔に免じて根負けする。

「これからもよろしくお願いします。」

「お互いここからだな。」

「そうですね、これからも長い付き合いになりますしね。」

「あ~よろしくお願いします。」

彼女が俺の前に立つ。

「どうした?」

不意に風が吹いた。

意識がそれに割かれた瞬間、

「え。」

きり、好きですよ。」

「おま、お前!そういうのはな!!!」

「何ですか、言葉にしないと分からないですよ。」

「言えるかボケ!!!!!!!!」

彼女の『お礼』はまだまだ続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火事から救った女の子から「お礼」と称して甘やかされる 焼鳥 @dango4423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ