五話「私の過去と彼の過去」

「お父様お母さま、この後お時間はありますか。」

「あるぞ。」

「ありますよ。」

「ありがとうございます。」

勉強会を終えた夜、私は意を決して聞くことにした。

の事を覚えてますよね。」

私の話で両親は顔を見合わせ、真面目な話だと分かってくれた。

「二人はあの日、助けてくれた消防士のお名前を聞きましたか。」

「聞いたとも。」

答えたのはお父様だった。

「命の恩人だ、全てが終わったら改めてお礼に行く筈だった。」

「でも叶わなかった。」

あの火事の後、私達を助けてくれた二人は亡くなった、正確にはになった。

私達を助け出し、無事な外まで避難させた後、再びあの日の中に飛び込んでいったことを覚えている。そして少ししたのち、崩落したのだ、跡形もなく。

誰が見ても結果は分かりきっていた。

「名前を知りたいのです。」

「まさか娘からそんな事を聞かれる日が来るとはね。」

「貴方、もったいぶらずに言って。」

「そうだね。」

真剣な目だった。今までで初めて見る目だった。

「浅見、浅見消防士だよ。」

その一言で分かった。

「そうだったのですね。」

私達が、浅見様の両親を、大切な人を彼から奪ったという事実を。

「明日から浅見様とどうお話すれば。」

いつもならベッドに飛び込めばすぐに寝れるのに、今日は目が冴えている。

知ってしまった、気づいてしまった以上もう隠せない。

「背中が似てたのも無理ないですよね。だってあの二人の息子さんなんですもん。」

目を閉じれば今でも思い出せる、暖かい背中を、優しさを。

「私はどうしたら。」

ふと思いついた。

「知りたい、二人の事が。」

私は何も知らない、だから知りたい。知った上で彼と話をしたい。

「ズル休みになってしまうけどいいですよね。」

彼に「明日は休みます」と連絡すると、すぐに「体調不良か、気をつけてな」と返ってくる。

「本当に優しい人。」

少しだけ胸が痛むが、それでも知りたいのだ。

「ここがあの二人が働いていた職場。」

次の日の朝に、インターネットで調べたら直ぐに分かった。

突然のアポではお話出来ないと思っていたが、私の名前を出した途端、直ぐに時間を取ってくれた。何かあったのだろうか。

金城きんじょうあやです。本日の朝連絡をしました。」

受付の人にそう言うと、直ぐに部屋に案内された。

部屋に入ると、大柄な男の人がいた。

海藤かいどうと言います。金城きんじょうあやさん、本日はお越し頂いてありがとうございます。」

「こちらこそ、急な連絡でお時間を頂いてすみません。」

「いえいえ。」

案内されるがままソファに座り、用意されていたお茶も持ちながら話を切り出す。

「今日来たのは....。」

「浅見消防士のことですよね。」

「どうしてそれを。」

「いつか貴方か貴方の両親が此処に来ると思っていたんです。変だと思われても仕方ないと思います、でも現に貴方は此処に来た。」

「浅見消防士について何か知っているのですか。」

「私が知ってることなんて貴方と何ら変わらないと思います。でも浅見消防士の息子さんについては知っている事が一つだけあります。」

「息子さんについて。」

どうしてここで彼の話が出るのだろうか。

「覚えてないと思いますが、昔私は貴方とお会いしてるのです。」

「そうなんですか!?すみません全然覚えてなくて。」

「仕方ありません、まだ本当に小さい頃でしたから。」

そこから海藤かいどう消防士は話始めた。

「貴方とお会いしたのは10年程前のことです。あの忌々しい火事で浅見ご夫婦が亡くなり、息子さんだけが取り残された。」

浅見夫妻が救助した人数はのべ20名を超え、偉業と称えられても可笑しくないほどだった。しかし救助活動中に施設が崩落、それに巻き込まれ帰らぬ人となった。

「残された息子さんは心を閉じてしまってね。誰も対しても返答が同じで、段々と彼を関わろうとする人が減って行った。それでも僕達だけは手を伸ばさないといけないと思っていた。あの浅見ご夫婦の忘れ形見だ、でもあの子を救う方法が思いつかなかった。そんなある時、ふと思いついたんだ。」

それは彼の両親が救った人達に会いに行かせることだった。

我ながら適当な策だった思う。でもそれぐらいしないと彼はいなくなってしまう気がしたのだ。

「一件、また一件と回ったけど、あの子から『哀しい』以外を引き出す事が出来なかった。」

「それでどうなったのですか。」

「きっかけは君だ。」

「私、ですか。」

この家で最後というとこまで来たが、彼は何も変わらず、私も諦めかけていた。

「ご連絡していた海藤かいどうです。」

「浅見です。」

最後に尋ねたのは、二人が最後に助けた家族、唯一小さい子供がいたと聞いてるところだった。

金城きんじょうあやです。」

金城きんじょうあやさん、ご両親はいますか。」

「今呼んできます。」

その後、直ぐに両親が玄関先にやってきて二人の話を彼に聞かせた。

「二人が来なかったら今頃はどうなっていたことか。」

「はい。」

「お父様お母さま、この子が皆を助けた人なの?」

女の子は純粋な疑問を両親に聞き、両親もそれに答える。子供というのは酷く純粋な者だ、それがどんな傷つけるかを分からず言う。

「違うよ。この子は私達を助けてくれた人のお子さんだ。」

「そうなの!」

その勢いのまま、女の子は彼の手を握った。

「ありがとう!お父様とお母さま、そして私を助けてくれて。」

子供のことだ、言うべき人が違うと言いたかった。でも言える筈が無かった。

彼が泣いていた。一度も泣かなかった彼が、ボタボタと大粒の涙を流していた。

「お父さんとお母さんは助けた。そうだね、助けたんだ。」

「大丈夫、あっそうだ、ほらもっと寄って。」

「うん。」

「ぎゅー!」

泣いている彼を少女は優しく、けど決して離さないように抱きしめた。

彼が泣き止むまでずっとずっと、抱きしめていた。

「私が知っているのはそこまでだ。その後は息子さんは今までと打って変わって俺や職場の人に『消防士』になりたいと言い出してな。やっぱりあの二人の子供だなと思った。」

「そうだったんですね。」

「だから一方的ではあるが、君に感謝している。今回の話が君にどれだけ有用であるかは分からない、でも話しておかないといけないと思っていた。」

「ありがとうございます。私も覚えてなかったことなので。」

「なら良かった。」

その後は彼の写真やご夫婦の活躍、職場の空気などの雑談で花を咲かせた。

「本日はありがとうございました。」

「こちらこそ、良い一日だった。」

海藤かいどうさんにお別れを告げ、帰路につく。

「昔浅見様と会ってたんだ。」

自分の事なのに、知らない事を知れた。

胸の中にまだモヤモヤが残っているが、それでも少しは晴れたような気がする。

「まだ話せなくても、いつかちゃんと話さないとね。」

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