第35話 悪役がお嬢様扱いするのは、破壊力高め(◎) ③

 それからも、母さんを相手に接客を続けていた。


 母さんはちゃんと注文してくれるし、話もたくさん振ってくれる。

 時折、顔を真っ赤にしたり、鼻血を出していたのは心配になったけど……。


 こちらも色々と実践できて、接客することに緊張はしなくなっていた。

 

 もう、流れるように言葉が出てくるよね。

 仕上がってきているっていうのだろう。


 これなら、次に行ける。

 だから……。


「美香? 申し訳ないんだけど、そろそろ時間が……ね?」


 僕はこの席を離れたい。

 それに、いつまでも母さんだけを相手にしているわけにはいかない。

 

 5周年記念ということもあって、この間にも店内は混雑してきている。

 たくさんのお客さんと接して、バイト代を稼がないと!


「時間? このお店は19時閉店よね?」

「そうだね。今日は最後までいるつもりだから……」

「そうなの! 頑張るのね、レイくんっ」

「ああ、うん。やるって決めたからね」


 これもスマホ代のため。

 だから、他のお客さんとも……。


「じゃあ、まだまだ時間はあるじゃない〜」

「えっと……?」


 母さんはうふふ、と上機嫌に笑っている。


 なんか……会話が噛み合っていない気がするな?


「あのさ、美香? いや、母さん? もしかしてだけど……僕をこのまま指名した状態で営業終了まで粘るつもり?」


 責任者としてならともかく、お客としてはもう十分じゃないだろうか?


 せめて、僕以外がいいと思う。


「カッコいいスタッフならたくさんいるよ? そうだ! 恭子や……いや、キョウやナナっていう大型新人もいるわけだし!」


 横目に見れば、恭子さんと菜子ちゃんも接客に出ていて……。


「きゃあああっ! かっこいい!」

「本当に同じ女の子なの……?」

「これは課金しまくりっ」

「私、これなら抱かれても……っ」


 恭子さんや菜子ちゃんも頑張っている。

 頑張っているというか、オーバーキルしている。


 当たり前だ。

 美人と美女が男装したら、それはもう見惚れるしかないのだ。

 

 2人ならば母さんを満足させられる。

 いや、僕なんかよりも需要があるだろう。


「2人は大丈夫よ。ちゃんとできているのは、一目瞭然だしね。それよりも、れーくんのことよ。私がちゃんと見てあげないと。うふふっ♪」

「いや、僕はもういい気がするよ……?」


 そんなに僕のことが心配なのか。


 僕は悪役の立場で、昔はそりゃ酷い振る舞いだったとはいえ……。


 うーん、やはり信用を取り戻すのは難しいな。


 そんな時、肩を軽く叩かれた。


「随分と楽しまれていますね、美香お嬢様」

「あら、星くん〜」


 振り返ると、星さんが爽やかな笑みを浮かべていた。


「レイくん、ここはボクに任せて」


 ふと、耳元でそう囁かれて僕は頷く。


 次に星さんが一歩前に出て、母さんを真っ直ぐ見つめて……。


「お嬢様。彼はとても魅力的ですが、本日がデビュー日でして……。そろそろ休憩させてあげてもよろしいでしょうか?」

「そ、そうね! 私ったら……ごめんなさいっ。じゃあ早く行かせてあげないとねっ」


 さっきとは打って変わって、母さんは席から離れてもいいよと勧めてきた。


 なるほど。これなら母さんもそう言わざるおえないってわけだね。


「さあ、お嬢様のお許しも出たことだし、行こうかレイくん」

「は、はい」


 そうして、僕たちはバッグヤードの裏に移動する。

 

 僕はようやく母さんの席から離れたのだった。


「ありがとうございました、星さん」

「ボクに任せてよ。ああいう、熱烈なお嬢様の対応は慣れているからね」

 

 その返しも爽やかながら、最後には、ぱちんとウインクまでする星さん。


 もうカッコいいしかないな。

    

 てか、熱烈なお嬢様って丁寧な言い方しているけど……その中には、いわゆるガチ恋勢や迷惑客っていうのもいるんだよね。


 星さんのようにファンが多そうな人は余計、大変だろうなぁ。


「それにしても、僕って心配になるような接客しているんですかね? 自分的には気合い入れたし、ちゃんとできていると思ったのに……。母さんは僕のことを離そうとしなかったわけですし」


 呟き気味にそう言って、星さんの反応を伺えば……。


「それは……まあ、うん。美香さんはレイくんとことが心配だからといえば、そうなんだけどねぇ。他のお嬢様にもあの接客をやるってわけだし……。けれど、どっちかというと、美香さんがどんどん沼ってきていて……」

「ん? 沼って?」


 星さんの言い方が妙に歯切れが悪い。

 そんなに言いにくいことなのか?


「まあ、そのへんは……今はあまり気にしない方がいいよ」

「いや、でも……」

「営業後に話そう。ね?」


 星さんは軽く笑いながら、そう締めた。


 まあ、確かに今は仕事中だ。

 反省会は後回しだよね!


「じゃあ、レイくんは本当に休憩に入ろっか。キッチンにいる子に好きな飲み物を頼んでいいから、ゆっくりしてね。菜子ちゃんたちが戻ったら同じように伝えておいてほしいな」

「分かりました」


 僕はこくん、と大きく頷いた。


 きっと、さっきみたいに星さんが2人にも声を掛けてくれるんだろうなぁ。


「ふふっ。君、男の子なのに素直で可愛いね。って……ボクまで絆されそうだよ」

「?」


 星さんが最後に何か言ったような気がしたけど、聞き取れなかった。


 それからまだ誰もいない休憩室にて。


「ん! 美味しいっ。やっぱり、味も美味しいから人気があるんだなー」


 僕はというと、お店で1番高いトロピカルジュースを味わっていた。

 せっかくなら高いやつ飲みたいよね。


 そんな時だった。


「あっ……玲人様、お疲れ様です」


 休憩室の扉が開き、菜子ちゃんが入ってきた。

 菜子ちゃんも休憩に入ったんだね。


「菜子、お疲れ様。星さんからの伝言だ。好きな飲み物をキッチンの人にいる頼んでいいってさ」

「そうなんですね」

「うん。だから僕は、お店で1番高いジュースを頼んだ」


 キリッとした顔を作ってそう言えば、菜子ちゃんはクスッと笑ってくれた。


「じゃあ私も普段は飲めないジュースを頼んじゃいますね」

「それがいいよ」


 菜子ちゃんは一旦、キッチンの方へ向かった。


 恭子さんももう少ししたら帰ってくるだろうけど……。


 菜子ちゃんと2人っきりになるのは、学園以外だと初めてだよね。





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男女比バグっているのに悪役転生だと思い込んでいる奴 悠/陽波ゆうい @yuberu123

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