第46話 13歳立夏④
いや、声で薄々気づいてはいたけれど男姿なのかよ。泉の精って美女とか美少女とかが定番でしょうに。なぜここで筋肉男なんだよ……。
そういえばこいつの獣姿、ウー〇ールーパーだったよな……。この人間形態は想定外すぎる。
『グレイシエル様。誠にありがとうございます。あなたの御業で魔力の循環が正常になり、断たれていた精霊層との繋がりが戻りました。そしてこの通り、人の姿も取れるよう回復いたしました』
「そ、そうか。良かったな」
『うむ。其方はこれから我らの役に立つのじゃぞ』
『はい、つきましては、是非こちらをお受け取りください。この玉には私の魔力と鱗を込めております。世界中どこでも泉に浸して呼び出していただければ、このニペーレ、世界のどこでも馳せ参じます』
『これで下僕が手に入ったのう。良かったではないか』
「へ? あ。ありがとう」
**グレイシエルは ムキムキマッチョ男を 手に入れた!**
いや、うん。本当になぜ泉の精なのに、綺麗なお姉さんじゃないんだろうな………。
『む。おぬし、なんぞ邪なことを考えておるのではないか?』
「いや、なんでもないよ……。それより、肉が新鮮なうちに帰ろうか。でもこの量のボアを持って帰るのはなかなかに厳しいね。牙と皮は討伐証明に持って行くとして、肉は三分の一が限界かな」
『一旦凍らせておいて後で取りに来るのはどうじゃ? お主の氷と違って、我のならば溶けぬぞ』
「そうしようかな。干し肉の作り方が聞けたら携帯食料にもできるし」
ニペーレに氷漬けの肉塊の管理をお願いし、森の中層に戻る。日が落ちるまで後2時間ほどありそうだが、背負っている荷物が重いので香草は少しだけしか収穫できないかもしれない。
中層まで戻ってくる途中、聞いていた特徴の葉っぱが生えているのを見つけた。……これは、パセリかな。記録本にも記録しておく。
師匠は魔物以外には興味がなかったみたいで、香草はもちろん、薬草も必要最低限しか記録をつけてなかったんだよね。
記録本を仕舞うと、今度は鞄の中から女将さんメモを取り出す。
えーと、「光輪パセリは太陽の光を受けると輪のような模様が浮かび上がるので、光を当てて収穫する。その時が一番苦みが少ない」
水魔法を使って森に射している太陽の光を葉に反射させる。すると、お目当てのパセリの葉に光の輪が浮き上がってきた。
短剣を使ってパセリを刈り取る。結構ある。さすがに森の中層まで来て香草を採る人はいないんだろうな。
収穫したパセリを紐で括って、背負っていた肉の上に乗せる。ちょっとこれ以上はもう持てないな。
えーと、肉の匂い消しに使えそうな香草は、あと星降りのタイム、クルアーンローズマリー、セレストセージかな。なになに、全部森の浅層か出たところの小川沿いが群生地か。今日は止めておこうかな。
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西門にたどり着いた時には夕方になっていた。冒険者証を出して門に入る。
「うわ。君、なに狩ってきたの? すごい牙だね」
「こりゃ、背負ってる肉の量もすごいな。大変だったろ」
「ちょっと大きいボアがいたんですよ。重くって……」
「おう、そうだな。早く冒険者ギルドに行ってきな」
門の兵士たちには獲物の量にぎょっとされたが、無事街に入ることができた。街ですれ違う人々にもちらちらと見られている。しまった、気配を消しておけばよかったかな……。
冒険者ギルドにたどり着くと、昨日来た時よりも人が多く、混雑している。仕方ない。夕方のこの時間はどこのギルドでも人が多いんだよな。
「なんだあの荷物」
「肉の塊か? あんなに背負ってきて」
「あの牙、ボアみたいだが……?」
ざわざわと周囲の視線を感じながら受付の列に並ぶ。ん? 前に並んでいた人が後ろを振り返ってきた。
「お! 坊主じゃねえか。昨日ぶりだな。大層な荷物を抱えて、すげえ大物を仕留めたな?」
確か、この人は昨日声をかけてきたおじさんの片方だ。
「ええ、運が良かったのか悪かったのか。森の泉近くで大きいボアに遭遇しまして、フォレストボアの大型個体だと思うんですけど」
途中で出会ったあの3人組の冒険者たちにもらった情報で、とりあえずとぼけておく。
「おー! すげえな。さすが、師匠付きだな。それにしちゃでかいし、色も違うような……。ま、俺が思った通り、坊主は腕が立ちそうだ」
おじさんはウルフ系の討伐依頼を受けたようだ。ウルフは皮と牙、爪などしか価値がないため、持ち帰る部位も少ない。群れを発見でき、仕留める腕があれば効率の良い依頼だ。こういうのがよそ者にはあんまり回ってこないやつだろう。
「次の方、どうぞ」
呼ばれたのでカウンターに皮を載せる。大きいボアを討伐したことを伝え、牙は大きいので乗せてよいか聞くと、少しお待ちくださいと受付嬢が奥の部屋に引っ込んだ。奥から出てきたのはメガネをかけた若い女性だった。
「こんにちは、シエルさんですね。討伐したボアを見せていただきます。牙はこちらへ」
彼女はカウンターに置いた皮と牙を熱心に確認しているようだった。
「シエルさん。こちらの魔物は……フォレストボアではありませんね。ブラッディファングボアです。赤黒い毛皮にこの牙の大きさ、間違いありません。ボア系の魔物から稀に進化して発生する凶暴な四つ星ランクの魔物です。ギルドマスターに報告いたしますので少々お待ちください」
驚いたな。初見で分かるのか。記録本の魔道具も使ってないのに。第3騎士団の討伐遠征でも見たことがない珍しい魔物だったのに。
「ブラッディファングボアだって? 聞いたことないぞ」
「あの坊主が狩ったのか?」
「4つ星の魔物だってよ」
「いや、泉の奥にいるのはフォレストボアのボス個体じゃなかったのか?」
「でも、ティナ嬢の見立てなら間違いないはずだ」
「あの坊主、二つ星だぞ」
「二つ星!? なんだってそんな星の数で」
「おう、坊主。注目の的じゃねーか。まさか4つ星の魔物とはな。実力か運か、どっちだ?」
「運が良かったんですよ、運が」
脇に寄けておじさんと喋っていると、先ほどの女性が戻って来た。精算するので奥にいらっしゃってくださいとのことだった。彼に挨拶し、奥に進む。
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