第27話

 鉄の龍が鳴き、その足を動かし始める。

 銀と軍の町から出た汽車は山間の線路みちを駆けていく。


 宴会が始まりだという事は分かった。だが、そこにあった何が始点かが判明していない。使われていた食材なのか、それとも飲料なのか、はたまた建物や部屋なのか。しかし外部協力者であるドクレイが軍内部の出来事を詳細に調査する事は許されなかったのだ。


「そのお店はどんな?」

「ゼーロント産の海産物を出す酒場です。中々の人気店である様で、無事だった医師看護師の中にも数日前に食事に行った者がいましたね」

「それでいて、宴会の時だけ大きな食中毒が発生した……」


 タビトは考える、こうした事件は日本でよくニュースとして報じられていた。もしかしたら素人に過ぎない自分の知識が、医師であるドクレイの助けになるかもしれない。


「出された料理とか、分かってるんですか?」

「店に直接確認は出来ませんでしたが、医師らから大まかな聞き取りは出来ました。酒などの飲料、サラダ等の生野菜、焼き魚、魚と貝が使われた鍋料理、蟹と卵の炒め物、茹で海老に香辛料を絡めた物、等々」

「結構盛大な宴会だったんだね」


 何十人もが一斉にダウンした宴会、小ぢんまりとした物であるはずがない。店を丸ごと貸し切るような規模の大きい催しであったのだ。そこでは高級な酒が振舞われ、珍しい食材を使った料理も出された。種類が多すぎて、数日間の聞き取り程度では感染源の発見は不可能だ。


「時間を掛けられるならば一人一人に食べた物、飲んだ物を聞き出す事である程度の推測が出来ます。しかしワタシはただの応援者、そこまで長く今回の事態に関係できないのが残念ですね」


 非常に残念そうにドクレイは肩をすくめた。根本原因を追究するというのは学術的に楽しいもの、少なくとも彼はそう考えている。その一番良い所に手を付けられないというのは残念以外の何物でもないのである。


「ですので、過去の事例で同じようなものが無いか、その際に原因が判明していないかをこうして調べているのですよ」


 医学書を開く。

 感染症に関わる内容はどれもこれも被害が甚大だ。次々と人が倒れ、その治療をしようとしていた者も倒れ、際限なく事態が広がっていく。終息したとして、その原因が何なのかは分からない場合が多い。それ故に医学書には原因不明での結びとなっている感染症事例もあるのだ。


 しかしその中で近似の物があれば閃きの切っ掛けが掴めるかもしれない。ドクレイがなぜ共有スペースで書物を広げているのか。それは調べるべき書物があまりにも多いからだ。


「そういえば珍しい食材ってどんな物なんです?」

「ワタシは現物を見ていないので詳細は分かりませんが、貝だったようです。とても美味しく、その身は牛乳の様に真っ白だった、と」

「へぇ~、なんだか食べてみたーい」


 子細が分からない以上は想像できない物体だが、美味しいと言われれば食べてみたいと思うのは当然だ。どんな感じなんだろうとノーラは考える。


「ああそれと、殻は岩の様だった、とも言っていましたね」

「ますます想像できない……」


 岩のような殻を持っていて中身が真っ白な貝。その姿を想像する事が出来ず、彼女は首を傾げるばかり。しかし反対に、タビトは一つ思い当たる存在があった。


「あの、それもしかしたら牡蠣かきかも」

「ふむ?タビトさんはこの情報だけでそれが何か分かるのですか?」

「この世界の貝が僕の知っているそれと同じかは分からないですけど……」

「ああ、貴方は異世界から来たと言っていましたね。続けて下さい」


 この世界に無い知識、それが答えに繋がるのではないかとドクレイは考える。


「えっと僕の国では毎年、牡蠣にあたる人が出るんです。詳しい事はよく知らないんですが、海の中の毒素を吸収してしまうのが原因だとか」

「ほう、興味深い。ではその貝自体は元々毒を持っていない、と」

「はい。あ、そうだ、加熱用と生食用が分けられてました」

「えっ、生で食べるの!?というかタビトくんの国、生で色々食べ過ぎじゃない……?」


 ノーラに指摘されて、本当にそうですよねぇ、とタビトは笑った。

 魚に貝に、イカにタコに、海老に蟹。果ては卵まで生で食べる。生食大好き国家、それが日本である。おかしくないか、と言われてしまえばぐうの音も出ないのだ。生で色々食べるのは変じゃないか、異世界でもその考えは同じであったようだ。


「その二つはどうやって分けられているのですか」

「えーっと確か、牡蠣がいる場所による、はずです。と言っても養殖の話ですけど。人の住んでる所に近いと下水から細菌……ウイルスだっけ?を吸収してしまう、だったかな……?」

「ふむ、その『細菌』や『ウイルス』というのは何ですか?」


 地球では十六から十七世紀には発明されていた顕微鏡だが、この世界にはまだ存在しない。病は何か悪い物が身体に入って発生する。それは魔力の類なのか、それとも呪いなのか、とは考えられているがそこまでだ。病の原因が肉眼で見えない程に小さな存在だ、などとは判明していないのである。おそらくは魔法という、ある面では万能な力がある事で一部の分野の化学発展が遅いせいだろう。


 それをタビトは説明する。ノーラは全く意味が分からずに首を傾げるが、ドクレイは成程成程とメモを取りながら頷いた。


「これは興味深い。もしその細菌やウイルスなるものがこの世界にも存在するとするならば、数々の病や毒の原因が分かるかもしれない」


 時代の流れに任せたとしたらもうしばらく先になったであろう発見。それを世界の外から齎されて、医師である彼は目を輝かせる。


「ありがとうございます、タビトさん。この知識は後に、世界中の多くの人を助けるかもしれない」

「えっ、いやそんな。素人のうろ覚え一般常識ですよ」

「それでも、です。存在しない観点を得た、それはただ単純に知識を渡されるよりも有益なのです。これを調べ、纏め、学会で発表せねば」


 ふふ、とドクレイは怪しく笑う。いや本人は素晴らしい発見を受けて歓喜の笑いを浮かべているのだが、傍から見ると改造実験を実行せんとしている悪の科学者の笑みにしか見えない。勿論実験体は彼の目の前にいるタビトとノーラだ。


 という変な状況を変えるため、タビトは思い付いた事を質問する。


「あ、あの。一つ聞きたいんですが」

「何でしょうか、タビトさん」

「ええと、回復魔法はあるんですか?それで病気を治す事が出来たりしないんですか?」

「ありますよ。ですが毒や病には使えません」


 彼は首を横に振る。


「それはなぜ?」

「身体を回復させる、その実態は身体しんたいの活性化です。血の巡りが良くなる事で毒の回りは早くなり、病は身体に入り込んだものも活性化するためにより悪化する。細菌やウイルスの概念を考えるならば、そうなるのも当然と言えるかもしれません」


 魔法は不可思議な力、しかし万能ではない。何もかもを解決させるものではなく、出来る事は出来る、不可能な事は不可能なのだ。タビトの考える魔法よりもずっと、それは現実的なものであった。


 と、そんな時。

 ぐうぅ、と音が鳴る。


「あぁっ!私、朝ご飯食べてない!!」


 ノーラが嘆いた。

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