§2 月ヶ瀬くらいしす。
第10話 思ったより深刻な状況だったりするのだろうか
月ヶ瀬に報告しようと思ったが、よくよく考えたらクラス違うし今日は芸術もない。
じゃあ無理じゃん。
この教室の中ですら気まずい人間なのに他所のクラスに訪問して覗き込むなんてできるわけがない。かといって報告しないのは不義理な気がするしな。
はてさてどうするか……。
そんな事を考えているうちにもう昼休みになってしまった。
この時間逃したらいよいよタイミングが無くなってしまいそうだ。あるいは帰りに待ち伏せ……はちょっとキモいか。大体部活あるだろうしなあの子。
「や、山添……」
ふと名前を呼ばれるので顔を向けると、渡良瀬が隣の席で何かこちらに身体を向けながら何か言いたげにもじもじしていた。
明らかに今までとは違う異様な光景だ。
その表情は恥じらいに染まり、かつてあった残忍で嗜虐的な雰囲気はどこへやら。こちらを見る視線は相手の様子を窺い立てるように下から届いているが、かつてはどこまでも傲慢に上から降り注いでいたはずだった。
「るーこち、オベントー……っとっと」
ふと渡良瀬の背後から名前の知らない女子の影が現れる。
「あ、とぱちゃん……」
「ふうーむ」
自信なさげに縮こまる渡良瀬の様子をとぱちゃん? とやらが可愛らしく呻りながら観察し始める。とぱちゃんて一体どんな名前なんだこの人。名札には……
「ねーねー、山添くぅん」
「あ、え、俺?」
失礼な事を考えていたら急に呼ばれたのでつい言葉を詰まらせてしまうが、とぱちゃんもとい釜戸は特に気にした様子もなくゆるっとした笑みを浮かべる。
そのまま俺の前の席に座ると、こちらの机に肘を置いた。
「ちょっと聞きたい事あるから耳貸して?」
釜戸は小首を傾げると、二つに結ったボリューム多めのおさげがふわっと揺れる。
「はやくはやく~」
「はあ」
急かしてくるので言われた通り耳を近づけると、バニラのような甘い香りに包まれる。
「もしかして山添君、るこちとヤったの?」
「……はい?」
囁いてくる声の方につい目を向けてしまうと、楽し気な眼差しと視線がぶつかる。
るこちとは渡良瀬の事なのは間違いないが、今俺は何を聞かれた?
「ね? ヤッたんだよね?」
「何を」
「えぇ~? それ女の子に言わせるの~?」
釜戸がじっとりとした笑みをこちらに向ける。
「分かった。言わなくてもいいから話はこれでおしまいだ」
「セックスだよ~セックス」
「……」
流石に無いだろうと思っていたのにはっきりと言われてしまった。しかも二回だ。
渡良瀬の方を盗み見てみると、こちらの会話は聞こえていないのかそわそわしながら俺たちの様子を窺っている。
「釜戸さん……だっけか? 何故そんな事聞いてきたのかは知らないけど、誤解されるのはごめん被るからはっきり言うぞ。そんな事実は一切ない」
「え~本当かなぁ?」
きっぱりと告げるが、釜戸はニヨニヨといやらしい笑みを浮かべながら訝しんできた。
「なんでそんな疑うのかな」
「だって明らかにるこちの様子おかしいし。特に山添君に対してかなり態度変わってるよね」
「まぁ、それはそうだけど」
流石にこの変貌ぶりを誤魔化す事はできないと思われるのでここは正直に頷いておく。
「じゃあやっぱりヤッたんだ?」
「だからなんでそうなるんだよ……」
顔面を抑えて突っ伏してそのまま寝入りたい衝動に駆られるが、このまま放置して噂となって独り歩きされても困るので、しっかりとケアしておかなければいけない。
「そもそも渡良瀬と俺はただの幼馴染で付き合っても無いんだぞ」
「え、そうだったの?」
「逆にあれでなんで付き合ってると思えるのか聞きたいところだな。本来カップルっていうのは互いを尊重し合って成り立つある種の運命共同体だ。あんな一方的なやりとりで恋人同士なんて片腹痛いわ」
「めっちゃ語るー……」
よし、ここまで言えば流石に誤解は解けただろう。ほんのちょっとだけ超ドン引きされてる気がするけどそれはたぶん気のせい。
俺としては話はこれで終わりのつもりだったのだが、釜戸はさらに付随して情報を重ねてきた。
「でもプレイだったんでしょ?」
「は?」
え、何、プレイ? 俺と渡良瀬のやりとりが?
「うん、だって
勝太……と言う名前を聞けばあいつしかいないな。あのクズ野郎、そんな事を吹聴してたのか。
「あ、って事は今のももしかしてプレイ? 主従逆転的な?」
「そんなわけあるか! まずさっきも言ったが渡良瀬とはただの幼馴染だし、その関係性の中に何かしらをプレイするような間柄は無い」
「ふうん……」
少し声を張ってしまったが、その分必死さが伝わったのかようやく釜戸が離れていく。
ホッとしたのも束の間、釜戸は口元に手を置き小馬鹿にしたような笑みを浮かべてきた。
「ま、口では何とでも言えるけどね」
「あのな……」
まるで信じる気が無い。あるいはそうでなければ整合性が取れないほど悲惨な状況だったのか……?
不安になってきたが、それよりももっと深刻なのがこれまでの渡良瀬のやりとりがこのクラスにおいてプレイの一環だと浸透している可能性がある事だよな……。
もしかして初日に話しかけてきたあいつが話しかけてこなくなったのってそれが原因だったり?
一応しばらくは俺の方から話しかけてたけどなんかすごい微妙な反応されたんだよなぁ。
それもこれも全部アイツのせいだとその原因の種を探せば、教室の前の方で陽キャグループときゃいきゃい騒いでいた。
「ま、かっちーは陰キャだもんなっ!」
「も~! りっきーまたそれ言ったぁ! ひどーい」
ふと、教室の外でちろちろと行ったり来たりしてる影を見つける。
誰かを探しているというよりは、探してる相手を見つけたら用事中でどうするべきか考えてるような雰囲気がある。
そんな姿をいち早く見つけたのは本倉だった。
「あれー? もしかして美朔ちゃん?」
中から突然名前を呼ばれ月ヶ瀬が背筋を伸ばす。
手を振った本倉は立ち上がると、わざわざ月ヶ瀬のいる後ろ側の扉まで歩いていった。
中学の頃は大人しくしていたから反省しているのかと思ったが、高校になって舞い上がったか。
「美朔ちゃんおひさ~」
「あ、も、本倉くん……久しぶり~はは」
声をかけられ、月ヶ瀬がやや後ずさりしながらもぎこちない笑みで応じる。
「手に持ってるのそれおべんとー? あれだったら僕たちと一緒どう?」
「え⁉ あぁ、これ……あはは」
月ヶ瀬が手に持つ包みを後ろへと隠す。
「なにあの子ちょー可愛くね? やっぱかっちー流石だな」
「しかも今ご飯誘ってなかったか? しかも僕たちって事はぁ?」
「うおおさすがかっちーGGすぎい!」
ふと、本倉と一緒にいた陽キャたちがひそひそ騒ぐ声が聞こえてくる。
なるほど、さっきの会話の流れとこいつらのこの反応。本倉の目的はなんとなく分かった。
ならもう目的の大半は達成している事だろうし、これ以上静観する理由は無いな。まぁあのクズにそこまで忖度してやる義理も無いんだが。
「あれ、山添どこに……」
「ちょっと野暮用」
俺は渡良瀬に答えつつ、昼飯の入ってるコンビニの袋を手に取り立ち上がった。
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