閑話 研究者は踊る


「2番、出力切りました」


「よし。速やかに次のフェーズへ移行するぞ。アルファ班、データは出ているか?すぐに平均値を割り出してグループ化するんだ。目標は1時間以内だ」


「了解です。1699番はどうしますか?」


「今のところ連絡は来ていない。とりあえずは予定通り、他と同じ扱いで構わん」


「主任、1600番の方はどうしましょうか?」


「そっちはイビルアイと別のグループに入れろ。なるべく第4フェーズまでは秘密裏にしておきたい。室長の意向だからな」



巨大な機械と精密な魔法機器、薬の入ったビーカーや書類の山が乱雑に置かれた部屋。その中では、白衣を着た人間が慌ただしく動いていた。

モニターには、ざわつきながらもどこか緊張感が緩んだ様子の学生たちが映し出されている。

それも当然だろう。何せ今まさに第一試練が全て終了したところなのだ。辿り着くのが遅かった者、追試があった者にとっては、ようやくゆっくりと休める時間なのである。


だが実験を管理する側にとっては休む時間などまるでない。次の試練の準備は粗方整っているとはいえ、細かい調整は必要だ。

主任と呼ばれた男は、凝り固まった肩を手で揉みほぐしながら書類に目を通した。データは常に更新される。この実験期間中はリアルタイムで把握していく必要があるのだ。


「主任、1926番エビルスラッグの数値だけ足並みが揃っていません。次、介入しますか?」

 

「いやいい。エビルスラッグは第三種観察対象群だ、様子を見よう。サンプルは採ってあるし、もしロストした場合は廃棄で構わん」


「それより主任、やはりおかしいですよ。ランク4は一種のはずなのに二種あるなんて。しかも1925番の方は数値も狂ってるとしか思えないですよ」


「昨日も言ったが一応室長には連絡してある。返事は無かったが…ひとまず様子を見るしかないだろう。原因か分からん以上観察と分析が必要だ。それに不具合があったとしても緊急措置は取れる。今はまだ焦らずともいいだろう」


「エリア6、7、8それと9、準備整いました。中級ハンターの配置も完了。廃棄魔獣も予定通りそのままです」


「よし、予定通りだな。迷宮のカメラチェックもしておけよ」


「すみません主任、オーバーした1606番ですが…」


まだまだ鉄火場は終わらない。不測の事態や予測から外れた結果も出てくるが、その都度対処するしか無い。

これは毎度の実験での慣例行事みたいなものだが、確実に疲労は溜まっていく。主任と呼ばれた男は特別性の栄養ドリンクを一気に煽り、今日も業務にその命を燃やした。




実験も今回でもう16回目。前回の実験でほぼ研究成果は確立されたため、今回は総確認の意味での最終試行のはずだった。

だがそこで、我が研究所が誇る天才室長の悪い癖が出た。室長がどうしてもやりたい、と強く主張するので、一部内容を変更することになったのだ。

おかげで今ここに室長はいない。事前に大筋の予定を組んだとはいえ、主任である自分が指揮を取る立場になってしまった。

この実験は国が秘密裏に行っているもの。公にはされないが、莫大な予算がかかっているし、王族への献上義務もある。我々に失敗は許されないのだ。それを考えると男は非常に胃が痛かった。


「これだから天才は…。自由すぎて羨ましいよ」


国で最優。それゆえに好奇心のままにとんでもない実験を繰り返し、捕縛された。

だが規格外の優秀さゆえに処刑されることなく、こうして裏の研究を任される立場になった。

室長はイカれているが、確かにこの界隈では最も有名で能力もダントツでトップだ。

主任と呼ばれた男も室長を尊敬しているし、他の研究員だって同様だろう。崇拝すらしているやつもいる。


だからこうして室長の自由な行動の煽りを喰らっても、仕方ないと割り切れる。結局のところ、自分もあの頭のおかしい室長のやりたい実験を見てみたいのだ。


「はあ…室長、今頃楽しんでるんだろうな」


男のぼやきがこぼれるが、また部下の声が飛ぶ。


「主任、脱落した被験者の死体は保管しますか?」


「一応第二観察対象群の遺体だけ保管しておけ。ランク1の第三観察対象群の遺体は廃棄で構わん。廃棄口に落としてクズ獣の餌にして良い」


「主任、次の…」



まだまだ研究者は眠れない。

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