第30話 第一休息所②


「全く、瑠璃丘君は…。児玉君たちは倫理に反した行動をしていないだろうね」


「あ、うん。そ、それは大丈夫だよ。僕たちは人殺しとかは…してないから」


さっきまで瑠璃丘に詰め寄っていた委員長が今度は僕に水を向けてきた。幸い僕たちにはまだ人を殺めた経験なんてない。ハンターに襲われた時は暴走した竜生君がやっつけちゃったし、その後も遭遇しなかったから。


「じゃ、じゃあ僕も掲示板とか色々確認してくるね。それじゃ、また」


そう言って、僕たちもまだ何か言い足りなそうな委員長から離れて行った。ちなみに委員長は薄井さんには特に話しかけなかった。どうも薄井さんには近寄りがたい雰囲気があるらしい。何故か僕の後ろにピッタリくっついてきてるけど


そして掲示板に向かおうとした時、瑠璃丘が学校一の不良である大破君と話しているのが目に入った。

普通の人なら絶対に目も合わせないような怖い人なのに、あんなに中良さそうに話すなんて…。くそっ、その無駄なコミュ力を他のことに使えよな。僕はまた心の中で奴に嫉妬した。


僕はその二人、いや赤羽さんも加わった三人の談笑する横をすり抜け、掲示板へと向かった。


『ここにいるやつはみんな変な匂いがするな』


『こいつら、変。そして強い』


周りをキョロキョロしながらクロとグリがそんなことを言う。そりゃここにいるクラスメイトはみんな魔獣の力を持っているからなあ。


『中でもあいつが一番怖い匂いがするな』


そう言ってクロが差し示したのは、ソファに座ってくつろいでいる学校一のアイドル、尾野崎さんだった。


「えっ、クロそれほんと?あの尾野崎さんが?何かの間違いじゃない?」


『ツヨシ、それ本当。あいつ、ドラゴンくらい怖い』


そのグリの言葉を聞いて僕は戦慄した。ド、ドラゴンと同じくらい?それはちょっと言い過ぎじゃ…。

あっ、そういえばあの時尾野崎さんが星4のカードを引いたってみんなが騒いでたような…。えっ、それじゃ本当に?嘘だろ。

僕の本命は鳳さんだけど、尾野崎さんの事ももちろん気になってる。なんてったってアイドルだし。

あわよくばカッコつけて守ってあげようとか少し考えてたのに、それじゃ僕なんてお呼びじゃないじゃないか。


そんな風に僕が尾野崎さんを見ていると、僕の服を後ろからクイと軽く惹かれる感触があった。

後ろを見ると、僕の服の裾を引っ張っていたのは薄井さんで、その長い髪の奥から僕の事をじっと見つめていた。


「う、薄井さん、どうしたの?」


「……私が……」


突然の事に僕が驚いていると薄井さんが何やら言いかけたが、途中で言うのをやめてパッと僕の服を放した。??一体どうしたんだろう。


「そ、そう」


とりあえず気にしないようにして、頭を切り替えた僕は掲示板へと向かった。

掲示板コーナーには色んな張り紙と、大きな黒板があった。一番目を引く黒板には、『暴力禁止、窃盗禁止、性的行為禁止』とチョークで大きく書かれている。指で触ってみたけど、このチョークは全然消えなかった。

そしてその下には小さく『破った者には厳罰』という文言が書かれていた。これは…この状況を考えると、あの研究者みたいな男が何かしてくるのかな。とにかくこの約束事は守ったほうが良さそうだ。僕にはこれを破る気なんて毛頭無いけど、安心していられる場所というのは実にありがたいと思う。


そして次に掲示板の張り紙に目を向けた。

色々な張り紙がある。特にこの場所についての説明が多いみたいだ。

どうやらここでは一日3食のご飯がもらえるらしい。今までサバイバルご飯の連続だったから、これは本当にありがたい。水もカウンター横のウォーターサーバーみたいな機械から飲み放題とのこと。

それにここにはトイレ、シャワー、寝袋なんかの宿泊グッズもあるみたいだ。これだけ揃っていたら十分ここで生活ができそう。


そして気になるのは掲示板の上にあるシンプルな電光掲示板みたいなやつ。いそこには『9』という数字が表示されていた。

これは一体なんなんだろう。あっ、横になんか書いてある。全員が揃うまでお待ち下さい…?


そんな風に色々と確認していると、キーンコーン…という学校のチャイムみたいな音が聞こえた。

何だ?と思っているとカウンターのシャッターが開き、そこには湯気を立てた食事が置いてあった。こ、これがここの配給?すごい、普通のご飯だ。

見るとプレートに一人一人の名前が書いてある。僕のプレートには他と違って、木の実や生魚なんかが追加で乗っていた。も、もしかしてこれってクロとグリの分なのかな?だとしたらありがたいけど、ちょっと怖い。だってどこまで自分たちが監視されてるか分かったもんじゃない。


とりあえず僕と薄井さんは自分のプレートを手に取り、近くのテーブルで食べることにした。あっ普通に美味しい。この牛乳みたいなやつは少しクセがあるけど慣れるとイケる。

見ると薄井さんもしっかり食べてるし、クロとグリも木の実と魚を美味しそうに食べている。


そうして食事も終わり一息ついた頃、ギイィと入り口の扉が開いた。これは…誰かがこの場所にたどり着いたのか。

そちらを見ると、重症厨二病患者の伊園と人科最強女子の花沢さんの二人が立っていた。これは何とも変わった組み合わせだ。


「ふむ…これは驚いた。まさかこんな聖域サンクチュアリがゴールだとはな」


「確かにな…だがこれまでの苦難を考えればここで休めるのは有難い」


相変わらずの伊園と、重厚な口調の花沢さん。でも何だか二人の距離が近い。、やっぱりこんな状況で力を合わせていると、あんな変わり者の二人でも仲良くなれるんだなあ。


花沢さんには赤羽さんが駆け寄って、嬉しそうに話しかけていた。あそこ意外と仲良いんだな。

でも伊園には誰も近寄って行かないみたいだ。あいつの話は面倒臭いからなあ…あっ、委員長が声をかけた。さすが委員長、えらいなあ。


そういえば、と僕は電光掲示板に目を向けた。…あっ数字が9から7に減ってる。という事は…もしかしてあれって残りの人数なのかな?いや、でも人数が合わないし…あ。そうか、いや、でも…でもそれが一番腑に落ちるか。


「もう、何人か死んでるのかも…」


僕が数字を見ながら呟くと、薄井さんは小さく頷いた。どうやら薄井さんも同じ意見のようだ。

そうか…確かにこの環境じゃ仕方ないけど…やっぱりクラスメイトが死ぬなんて心が重くなる。せめて自分と仲が良い人じゃなかったらいいけど…。

と、そんな最低の考えが頭に浮かんできてしまう。…僕は本当にダメだなあ。



今日はその後に扉を開けて入ってくる人はいなかった。

夕飯はパスタみたいなやつと野菜スープ、それと謎肉の串焼きだった。どうやらメニューにはバリエーションがあるみたいだ。

そして奥のドアから入った先のシャワールームで、久しぶりにお湯のシャワーを浴びた。いい加減体も痒くなってきてたし、これは本当に気持ちよかった。タオルも備え付けてあったし、至れり尽くせりだ。

そして寝袋を使ってロビーの床で眠った。これもサービス良く寝室があればいいのに…とは思ったけど、贅沢は言っちゃダメか。他のクラスメイトもここで寝てるし気になるけど、この部屋での約束事があるからトラブルにはならないだろう。


横ではグリが雑魚寝をしていて。クロはソファを贅沢に使って眠っている。そして薄井さんも僕の横で寝袋に入って眠っていた。

前髪の隙間から綺麗な顔が少し見える。シャワーを浴びたから血行も良くなって、こないだよりも美人に見える。勿体無いな…普通に顔を見せればいいのに。


ウトウトとまどろみの入り口に入りながら、僕は今日の事を振り返った。

大破君はやっぱり強そうだなあ。尾野崎さんは相変わらず可愛かったなあ。そして夜ノ森さんは何を考えているのかよく分からない。あれ、そういえばあんなに目立ちたがり屋の一条君が静かだったな。それに傲慢な五反田君も小さくなってたし、いつもと少し違う感じの人もいるなあ…。



そんなことを思いながら、暖かい寝床の中僕はゆっくりと眠りについた。

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