女神のイタズラ

@rabao

第1話 女神のイタズラ

「魔王に奪われた我らが領地を、この手に取り戻す為に、世界を救う勇者をこの地に召喚することを皆に約束する。」

一般参賀の式典で、城壁から国民に向けて高らかに宣言し、ここに新しい年がスタートした。


突如侵攻を始めた魔族との戦いはすでに5年目に突入していた。

これまでの戦果はまったくない。

各地で王国側の負けが続き、領地は明らかに削られてきた。

『奪われた国土の倍以上を制圧し、彼の国には我が国の旗がなびいている。』

捏造した情報で国民は王国側の勝利を確信していたが、他国の目を欺くことはできなかった。これ以上の敗北は、王国として各国に対する隷属を維持させるのが難しくなってしまう程の局面でもあった。

この宣言は国家の威信を掛けた、その名の通り命運を掛けたプロジェクトであった。



「この枯れ果てた世界を救う勇者を、どうか我々のもとにお導き下さい。」

国王の前に作られた祭壇で、聖職者が身体の芯を震わせるような透き通る低音で、祭壇の前に飾られている女神の像に語りかけた。

この低音に呼応する山びこのように、祭壇に描かれた魔法陣を囲む魔導師達が一斉に特殊な呪文を唱え始めた。

呪文が盛り上がってきたあたりで、ここにいる魔導師たちのエネルギーが魔法陣の中心にゆっくりと流れ込んでいく。


家族を人質に取られて、ここで絶命するしか前向きな解決策は見当たらなかった。

生き残れば、家族もろとも一族郎党のすべてが皆殺しの憂き目に遭う。

引き出された家族の前で呪文を唱えながら絶命するしかなかった。

ここで死ねば、犠牲は自分ひとりで済む。


『ここで死ぬならば、途切れること無くお前達家族の面倒見よう。』

国王のこの言葉を信じるしかなかった。

縄に繋がれた家族を見つめてから、自分の生存の核とも言える魔導エネルギーを放出していく。

自分の持てる全ての魔導魂を出し切るしかなかった。

早くすべてを出しきらなければ、家族の未来もなくなるのだ。


エネルギーの乏しい魔導師から倒れていく。

倒れるのを見届けるように、彼の家族がこの祭壇から消えて行った。

この光景を目の当たりにして、自らの命を断つ事に、目に見える現実の意味が芽生えた。

覚悟を決めて魔法陣に全身全霊のエネルギーを込めていく。

魔導エネルギーを使い果たし、倒れていく者たちの見開いたままの目玉からは、苦痛の表情が伺えるが、同時にやり遂げた満足感のような表情も感じられた。


魔法陣がまばたきをするように明滅している。

もう少しでこの魔法陣は完成する。


『早くしなくては・・・!』

まだ生き延びている魔道師たちは、全身全霊を込めてすべての生体エネルギーを注ぎ、前者と同じように、苦痛の表情の中に家族を守った充実感のある、何とも言えぬ表情で死んでいった。

100人以上の魔道師が6人ほどになった時に、巨人が目覚めるように魔法陣が明るくボワリと輝き出した。


聖職者が錫杖を振り上げた時、祭壇の周りを囲んでいた屈強な兵士たちが、生き残った魔道師達の首を刎ねた。

兵士の縄に繋がれていた、生き残った魔力の強い魔道士の一族が引き出され、女も子供も同じように魔法陣に向かって首を刎ねられた。

魔族との間に生まれた一族の、穢れた血液を糧に魔法陣の炎が大きくなっていった。


聖職者が祭壇の前の女神の像に祈りを捧げながら、自らの髪の毛を無造作に掴みあげる。

錫杖から、そろりと抜いた刃を躊躇無く自らの首に添えて刎ねた。

髪の毛を持ち上げていた頭は、勢いで投げ出され、倒れた首から魔法陣に向かい勢いよく神聖な血液が流れ込んだ。

紫色の炎の中で、不意に雷鎚が激しく踊った。

あまりの眩しさで、皆が目を伏せた時に、炎は消えて、血の溜まったすり鉢状の祭壇に描かれた魔法陣の中に醜い人間がもがいていた。


全身をドロドロとした血液に浸した姿で、祭壇の中央で溺れかけている。

異世界の勇者と呼ぶにはあまりにも卑屈で、豚のように鈍重だった。


「う~っ、 むぅ~ッ。」

容姿で優劣を決めるものでは無いが、明らかに劣っていた。

残念ながら、こいつでは状況を一変させるどころではないと思った。



~~~~~


突然、炎に包まれたような気がした。

雨戸を閉めてカーテンに包まれた部屋の中では、モニターの明かりだけが光の全てだった。

その部屋がいきなり炎に包まれ燃え上がった。

みるみる燃え上がる炎は、食べ散らかして異臭を放つポリエチレンの容器も、ひらひらのカーテンも、ねっとりと垢じみたベットも燃やすことはなかった。

自分のみが発火点であり、可燃物であった。

みるみる燃え上がる紫色の炎が実際に僕を焼いていった。

突然叫びだした息子の声を聞いた母親が、いつものようにビクビクしながらドアを開ける。

暗い部屋の中で燃えている息子を見て母親が、「ひッ」と息を飲んだが、黒く焦げていく僕にホッとしたような安堵の表情を見せていた。


黒焦げになって崩れ落ちていく僕に、バリバリと雷鎚が走り抜けた。

母は、目をつぶって先ほどと同じように「ひ~ッ!」と声を上げながら肩をすくめた。

ゆっくり目を開いた時には、息子はもうこの世には存在していなかった。


『汚い部屋・・・。名前は・・・?』

母親だった夢から覚めていくような気がする。

彼女は奇声を発するエロゲームの電源を切って、異臭を放つ部屋の窓を勢いよく開けた。

誰だか分からないが、ここに住み着いていたあの忌々しい悪魔が消えたことだけは分かった。

新しい世界が目の前に広がっていくような気持ちだ。

陽の光に照らされた彼女の表情は、恋をしていた頃と同じように、誰もが振り返るほどに生き生きと輝いていた。


~~~~~


血の海から引き上げられた僕は、ほとんど引きずられるように二本の線を描きながら国王の前に連れて行かれる。

屈強な兵士が僕の肩をグイッと押さえつけた。

立っていることもできずに、そのまま国王の前にベッタリと座り込んだ。


「・・・そなたが、勇者なのか・・・?」

国王の隣に控えている大臣が訝しげに尋ねる。

「この世界の王であらせられる。召喚の礼を述べるが良い。」


怖い。

僕は勇者ではない。

学校にも馴染めず、部屋に引きこもり干渉しない父や、言うことを聞いてくれる母だけは強くなった気がしていただけのただの弱虫だった。

ちらりと下から国王を睨めあげる。

うつむきながら、言われるがままにお礼をする。


『不快極まりない。』

卑屈な態度が国王、大臣はおろか祭壇に集まるすべての者にそう感じさせた。


「ここに来る途中で、女神より加護を授けられたと思うのだが、そなたは何を願ったのかを教えて欲しい。」

大臣に問われて回る景色の中で、確かに女神に会ったことを思い出した。

僕は、すでに消えている自分の火を消したくて水を願ったのだ。

女神は微笑みながら、僕の口に水瓶の水を注いでくれた。

そのことを下を向いたまま、ぼつぼつと答えた。


「なに?、水を得たと?」

聞き取りにくい声に大臣が声を荒らげる。

「確かに我が国の水不足は深刻では有るが、果たして水で魔王が倒せるものであろうか?」

大臣の目に不信の色が濃くなっていく。

「なにかやってみよ。」

国王が僕に声を掛ける。


何が出来るのかは分からないが、女神の加護を与えられたに違いなかった。

僕は必死で水を思い浮かべる。

何も起きない不安から吐き気が込み上げてきた。

「っうげぇ・・・っ」

僕の口から大量の水が溢れ出した。

シャツの前面についた血が洗われて、垢じみた衣服と不潔に伸びたあごひげが現れる。


不愉快でしかなかった。

あの偉大な聖職者を殺してまで手に入れたかった勇者が、ここまで醜い生き物であることが許せなかった。

「もうよい。」

「牢にぶち込んでおけ。本物であれば自分で出てこよう。」

「リーブラからの預かりものだ、絶対に殺すな。」

汚らわしい物を見つめるように、鼻に皺を寄せ眉をひそめて手で僕を払う。


「これだけの命を掛けて召喚した者が、かくも情けない者とは思いもしなかったぞ。」

国王の怒りが手に取るように分かった。

「ただ、この件で力のある魔導師は一族もろともに誅殺できましたので、反乱には一定の効果があるものと考えられます。」

大臣が慌てて今回の利点に目を向けさせる。

「早急に新たな勇者を召喚致しましょう。」



僕は国王の命令で、地下の牢屋に閉じ込められた。

薄暗く、狭い、空気の淀んだ悪臭は、自分から閉じこもった転生前の自室に似ていた。

シャツに付いた血が、汗で乾かずに日が経つにつれて腐っていく。

固くこびりついた髪の毛から、それがポロポロと剥がれおちてくる。

腐敗臭と体臭が混ざった、独特な異臭を放つ囚人に看守は冷たかった。

ウトウトと眠りに落ちる度に牢屋の鉄格子が金属で叩かれてガシャン、ガシャンと大きな音を立てる。

眠る事はできても眠らせてはもらえない。


あの頃と同じように、僕の周りにはそういう人間が集まり暇を潰す。

僕は常にビクビクと背中を丸めて、下を向いたまま看守の顔色を伺う日を重ねる。

食事は近寄るのが嫌なのだろう、固形物も汁物もすべてを投げ込まれた。

固形物は土で汚れるだけだったが、汁物は地面の土に吸い込まれる前に床に這いつくばってすするしかなかった。

自分のクソの混じった地面を、土ごと一緒にすすりベロベロと舐めあげる。

まるで犬・・・、いやそれ以下の生き物だった。


眠れない日々は、召喚前のあの家にいた頃の母を思い出させた。

ずいぶんと酷いことをしてきた。



「水を扱えるのに服も洗わずに、与えられた水を必死で飲むのか・・・。」

「何も考えられないとは、なんとも情けない愚か者であろうか。」

穢れと言われる魔導師も、そこら中にいるわけではなかった。

戦闘においては、魔族を上回る戦闘力を有する。

多大な有能な士を犠牲にして、新たな勇者を召喚する事は、国力の低下を意味する。

今ある勇者の覚醒を密かに望んではいたが、大臣の僅かな期待はあっさりと裏切られた。


「全土に魔導師がりの勅令を発せよ。」

「勇者はこの世に一人だけだ。」


大臣の手が横にうごくと、衛兵が踵を返した。

せめて奴が人並に気持ちを汲み取ることができたならば・・・。

うつむいたままで人を見ず、自分を持たない無表情な豚の顔。

思い出すだけで、ムカムカと吐き気が襲ってきた。


「敬愛する女神よ。

遊びではないのですぞ・・・。」

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