第7話 火付け兎
「おい、確認しろ」
「え、何? 帰って来て早々」
部屋に戻ってみれば、玄関に向かって包丁を構えている“ライターバニー”の姿が。
やはり、飄々とした様子を見せながらも警戒心は強いのだろう。
人の顔を見て安堵の息を溢すのは良いが、包丁は下げろ。
ため息を溢しつつも、ローブに包んだ女の顔を見せてやれば。
「な、なんで! 何でこの子がココにいるの!? アンタ何した訳!?」
抱えている女の顔を晒した瞬間、彼女は叫び声を上げながら包丁を取り落とした。
そのまま俺の腕からその子を奪い取り、まるで威嚇すかのような唸り声を上げて睨んで来るが。
「助けただけだ」
「誰からよ! この子は“普通”なのよ!? 狙われる理由が無いわ!」
「お前だ」
事実だけを伝えてみれば、彼女はポカンとした表情を浮かべ。
次第に目尻に涙を溜め始めた。
「もしかして……私を釣る為の、餌にされた。とか?」
「結果的には、な。しかし行動を起こしたのはお前の妹が先だ。姉を助けてくれと、お前を狙う連中から救ってくれと依頼を出したそうだ。恐らく片っ端から情報収集したのだろう、相手にも感づかれた様だ。タイミングと運が悪かったな」
そう伝えてみれば、ライターバニーはその子を胸に抱えながら泣き始める。
随分と派手な格好をしている割に、泣き顔は年相応というか。
まぁ、なんでも良いか。
「安心しろ、まだ生きている。意識を取り戻したら、風呂に入れてやれ。俺が洗う訳にもいかないからな」
「この子は……何をされたの?」
「……」
実の家族に、明かして良い内容なのかと思ってはしまうが。
とはいえこんなご時世だ、珍しい事ではない。
なので、今日俺が見たものを大雑把に話してみると。
「ソイツ、何処に居るの?」
「知ってどうする」
「私がソイツを殺す! 妹をオモチャにした汚らわしい股間のブツを切り取って、ソイツの口に突っ込んでやる!」
「無駄だ」
「何で!? いいから教え――」
「ソイツは再生能力を持つ“魔堕ち”だった。実際ブツを切り落としても、すぐに再生したからな。それだけではなく、“国の管理する特殊部隊”が嗅ぎ付けた。今頃は監獄の中か、実験用のモルモットになっている頃だろう」
ため息交じりにそんな言葉を紡いでみれば。
彼女は驚愕と絶望の顔を浮かべながら、ギリッと奥歯を噛みしめた。
そして。
「何で、何でソイツを殺してくれなかったの……」
「俺の仕事は一時的なお前の安全確保だ、そして妹に会わせるという事。相手の始末は、本来仕事の内に入っていない」
正直、その辺りは詳しく設定されている内容では無かったが。
しかし姉を救い出し、依頼者でもある妹もこうして手元に戻したのだ。
曖昧な依頼だったとしても、コレで達成していないとは言わないだろう。
二人の精神的なケアまでは、俺の仕事ではない。
なんて事を思いながら、冷たい瞳を向けていれば。
「ぅ、ん……ぁ、え? お姉ちゃん?」
「ミユ! 大丈夫!? アンタ何やってるの……“魔堕ち”になった私なんか放っておけば良いのに。それなのに、変な組織に依頼を出したんだって? ホント、馬鹿なんだから……私なんか無視して幸せな日常を送れば、普通に生きられたのに……」
保護対象が目を覚ましたらしく、腕に抱いた彼女に縋りつくライターバニー。
美しい姉妹愛、と言った所なのだろうが。
些か恰好と、衛生面がよろしくない。
「とっとと風呂に入って来い」
それだけ言ってタオルを投げ渡せば、妹の方はヒッ! と短い悲鳴を上げ。
姉の方は再び此方を睨んで来た。
「感謝はする……けど」
「だろうな。俺としては関係の無い事だが、理解している。勝手に恨め」
ため息と同時にベッドに腰掛け、通信端末を耳に当てた。
この光景に、相手も喋る気が無くなったのか。
無言のまま妹を連れて、バスルームに消えていった。
コレで良い。
どうせ今後は関わる事のない人物なのだ。
だったらさっさと身を清めて、そのまま彼女達なりの人生を送れば良いだけだ。
「仲介屋、聞こえるか?」
『おう、葬儀屋。今回は随分と派手な事になった様だな? “ワンコ”まで出て来たんだって?』
「あぁ、だが対象は全て確保。相手は犬に“首輪”を付けられた事だろう。まさか最後を向こうに任せたから、依頼失敗なんて言わないだろう?」
『それこそまさかだよ、葬儀屋。曖昧な依頼だったとしても、結果があれば文句はねぇ。そっちの兎妹から受け取った依頼料も、いつもの場所で受け渡す。仲介料はいつも通り“抜く”がな?』
「ぼったくりめ」
『なら、他の奴と組むか?』
「今の所、その予定はない。明日、いつもの時間に行く」
ため息を溢しつつ、通話を切ってみれば。
バスルームの扉が開き、バタバタと騒がしい音が聞えて来る。
すると。
「ちょっとアンタ! これどういう事!? 妹の下半身から、あり得ない程色々溢れ来るんですけど!?」
タオル一枚のライターバニーが、激昂した様子でクレームを入れて来るのであった。
……はぁ、流石にそこまでは知らん。
俺は警察でも何でもないんだぞ。
※※※
「報酬以外に、随分珍しい物を要求して来るじゃないか。まだ“買ってる”のか? バニーちゃんを」
「黙れクソヤロウ、とっとと寄越せ」
翌日。
人気のない公園で、適当な距離に座った俺達。
そして俺の足元に置かれたバッグと同じ物を脇に抱えた“仲介屋”が、スッと取り替えてから席を立った。
「お前がそこまでお盛んだったとはなぁ?」
「黙れ、死ね」
「そう嫌うなって、冗談だよ。これだって、ライターバニーの妹の為だろ?」
「黙れ、気軽に名前を口にするな」
気安い仲介屋の声に警告してみれば、相手はクククッと軽い声を溢してから。
「相手は何日兎の妹を囲っていたのかわかねぇ、本当に気休めだぞ」
「だとしても、だ」
「“もしも”の時は、俺に連絡しな。そっちも仲介してやるよ、闇医者だがな? 妊娠検査薬も入れてあるから、ちゃんと調べるこった」
どうやら、コイツなりの“サービス”もしてくれているらしい。
有難く相手のバッグを肩に担ぎ、その場を後にしようとしてみると。
「あぁ~それから。ライターバニーの件に関しては、“その後”の話が無いんだ」
「……何?」
「向こうの家族は、既に前回のチンピラ共に荒らされた後だ。本人達以外に生き残っちゃいねぇよ。とてもじゃないが、“魔堕ち”の姉貴と二人じゃ、普通の生活は送れないだろうな」
「おい待て」
「相手だって理解してるだろうさ。早めに追い出すんだな、お前のアパート……ペット禁止だろう?」
そんな事を言いつつ、煙草を咥えた老け顔のおっさんはその場を後にするのであった。
アイツ、あのクソヤロウ。
依頼だけ受けて、吹っ掛けて。
その後の問題は全部こっちにぶん投げやがった。
俺が拒否すれば、アイツ等は出て行く他なくなる。
しかし俺が住んでいる所を知っているのなら、路頭に迷えば間違いなく縋って来る未来は見えているというものだ。
思わず、大きなため息が零れてしまった。
コレは、本当に忙しくなるかもしれない。
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