UNDERTAKER

くろぬか

1章

第1話 魔堕ち


 遠い遠い昔には、本物の“魔法使い”という存在が居たらしい。

 何も無い所から炎を出してみせたり、水を作り出してみせたり。

 多くの種族が暮すこの世界において、“魔法”というのは一つの特徴に過ぎなかったそうだ。

 魔法を使って戦闘を行う者、不思議な道具を作る人。

 それらは人々の暮らしを豊かにし、他の技術も発展させてきた奇跡の様な力。

 しかし技術というのは、使う人間によっては凶器に代わる。

 魔法の頂点を極めようとした者は、一人で大軍勢を相手取れてしまったり。

 そういう者達に対抗する為、今度は魔法の道具を作る人たちが効率的に相手を殺せる道具を作り出してみせたり。

 その争いはやがて、魔法を使えない者達の生活にも飛び火し始める。

 誰にでも扱える武器を作り出して、身分の低い者達を捨て駒の様に使い始めたり。

 またある者は、能力の低い魔法使いを馬車馬のように働かせ利益を上げたり。

 こんな事はやがて当たり前となり、様々な意味での“攻撃的な魔法の使い方”は日常へと溶け込んでいく。

 魔法も、魔法使いも、便利な“道具”に成り下がってしまったのだ。

 長い長い時を経て、様々な血が交じり合って。

 人も、魔法も進化していく中。

 ある日、ソレは生まれてしまった。

 強大な魔力、簡単な術式でも片手間に大勢の人を殺せてしまいそうな威力。

 そんな力を生まれつき持っていた存在が生れ、人々はソレを“魔王”と呼んだ。

 その影響もあり、これまで多くの者を助けていた魔法と言う技術は。

 人々から“悪”として見られる様になった。

 魔法使いは人々の敵、そうやって掌を返して。

 ひとり、また一人と打ち取られ。

 多くの国に敵視された“魔王”も、やがて打ち取られた。

 この歴史があるからこそ、人々は魔法では無い他の“技術”を育て始める。

 だが魔王の恨みか、それとも魔法使いの血筋がまだ残っていたのか。

 世界各地で、再び“魔法”は芽吹き始めたのであった。


「なんて、昔話くらいに単純な世界だったら良かったんですけどね」


「ハハッ、またその本ですか? 好きですねぇ、隊長」


 何人も運べるような大きな車に揺られながら、ため息交じりに本を閉じた。

 きっとこの本に描かれている時代に生きていた人達には、現代はとても想像出来ない様な進化を遂げて来た事だろう。

 人という生物は、どこまでも渇望する生き物だ。

 木材を使った簡単な建物は無くなり、代わりにコンクリートで作られた背の高い建築物が立ち並ぶ。

 昔ながらの武器では殺せない相手が出て来れば、新たな兵器を開発してソレを討つ。

 “魔法”という技術を嫌ったからこそ、今を生きる人達は非常に“賢くなった”と言えるだろう。

 この時代、既に魔法使いなど存在しないと言われている。

 だがしかし、やはり例外は居るもので。


「また……“魔堕まおち”ですか」


「減りませんね、相変わらず。裕福層に関しちゃ全く分かりませんが、一般層でも増えてます。んでもって、この最下層とも呼べる貧民街は……都合の良い逃げ道になっちゃってますから」


 魔堕ち。

 それはこの現代において、未だ魔法らしき力が行使できる者の名称。

 流石に昔の様な、“魔女狩り”じみた思考回路は現代人にはない。

 だがふとした瞬間に脅威となりえる存在だからこそ、恐れられているのは確かだ。

 当然政府としては無視出来ない為、魔堕ちが発見されれば私達の様な部隊が差し向けられる。

 現代に魔法は存在しない。

 それを民に信じさせる為、厳密に国の管理下に置く必要が出て来てしまうという訳だ。

 先程読んでいた本に登場する“魔王”に近い体質、なんて程に分かりやすければ良かったのだが……そんな派手なモノではないのだ。

 “もしかしたら”今後脅威に変わる人間かもしれない、と言うだけ。

 例え本人にその意思が無かったとしても、魔堕ちとして確認されれば、ほとんどの場合が指名手配者となる。

 ろくな力が使えなかったり、それどころか他の一般人と全く変わらない様な人達だって多く居る。

 そんな彼等彼女等にだって、国は首輪を嵌めようとするのだ。

 そしてその首輪が嵌められてしまえば、もはや自由は無いに等しい。

 だからこそ例え魔堕ちになったとしても、必死で力を隠す人間の方が多い。

 しかしこういう話だって、世間には噂程度にしか流れないのだ。

 更に言うのなら、特別な力が手に入った時。

 一人で胸の中に隠し続け、一切使わないで一生を遂げられる人間というのは……あまりにも少ない。


「嫌な仕事もあったものですね……魔堕ちにとって、私達こそ彼等を“堕とす”執行者なのですから」


「まぁ、こればっかりは仕方ないですよ。俺達だって“同じ存在”、国に従う他無い集まりですから。野良か飼い犬かの違いってだけです」


 乾いた笑い声を溢す隊員の声を聞きながら、私の首に巻きつけられた首輪を弄る。

 魔堕ちとは危険な存在、だからこそ同種を宛がう。

 とても自然で、単純で、残酷な答え。

 首輪を付けられた魔堕ちは、もはや組織の奴隷とも言って良い存在に堕ちる。

 迫害され、傷つき、保護と言う名の監獄に入れられる。

 その後は“上”の言う通りに、同じような存在を見つけては首輪を嵌めるという訳だ。

 何故こんな酷い状況に陥ってしまったのか。

 それは、とても簡単な答え。

 ただただ運が悪かった。

 たまたま魔堕ちとして“力”を得てしまった、たったそれだけ。

 しかし“凶悪で狂暴”な魔堕ちも当然の様に存在する為、一緒くたに管理される。

 もはや魔堕ちが使えるのは、何でもできる魔法なんて便利な代物ではない。

 “特殊能力”にも近い状態で、行使できる力は大抵一人に一つだけ。

 攻撃的な能力に目覚めた者程、周りに被害を出す傾向にある。

 人の本能か、それとも魔堕ちになったからなのかは分からないが。

 ソレらに対抗する為の、“国に従順な魔堕ち”の戦闘部隊。

 国の保有する戦力の一部。

 私達の正体は、同胞殺しと言われ恨まれてもおかしくない存在。

 名前など無い。ただ、“組織”としか呼ばれない。

 私達は、その一角と言う訳だ。


「やはり、何度だって考えてしまいますね。もう少し良い形にはならないものかと」


「ハハッ。“魔堕ち”が結集してクーデターを起こした所で、結局は俺等みたいな存在が対処するか、国が持ちうる戦力でズドン、それで終わりです。昔みたいに万能な魔法使い様でも居るなら話は別かもしれないですけど」


「それこそ、“魔王”でもまた出現すれば話が変わるんでしょうけどね」


「ハハハッ、それこそ勘弁ですよ。全面戦争になるじゃないですか」


 などと会話をしている内に現場に到着し、皆揃って車を降りてみれば。

 とある光景を見た瞬間、全員呼吸が止まったんじゃないかって程に静かになってしまった。

 なんて事無い、廃ビル。

 今回ココに“野良の魔堕ち”が居ると通報が入った為、私達が送り込まれた。

 ここまでは、いつも通りだったのだが。

 ビルの敷地内、それこそ駐車場脇の植木に。


「墓……ですよね」


「ってことは……隊長!」


 誰も彼も先程とは違い、落ち着きが無くなって行く。

 現場に来て、“コレ”を発見した時は……。


「本部に情報共有と、可能なら追加戦力を要請して下さい。特別指名手配対象……“葬儀屋”が居る可能性があります」


 “葬儀屋”と呼ばれる、正体不明の魔堕ち。

 アイツが来ている。

 ソレが訪れた現場は、文字通りの血の海に変わるのだ。

 一般人も、魔堕ちも関係ない。

 その場にいる全てを殺すかの勢いで、蹂躙の限りを尽くす化け物。

 どういう基準なのかは分からないが、こうして“墓”を作ってから去る事が多々。

 だからこそ、私達の中ではもはや常識になってしまったのだ。


「戦場で墓を見つけたら、自分の棺桶を準備しろ……ですか。国が管理する魔堕ちも何人狩られた事か」


「墓に埋まってる奴が、大体“野良の魔堕ち”だからこそ……葬儀屋もそうなんじゃないかって話ですよね……」


 誰も彼も、その墓を眺めつつ臆している。

 しかし、私達が仕事をしないという選択肢はないのだ。

 というか、そんな選択は許されない。

 ならば、進むしかない。


「全員警戒。作戦通り進みますが、いつも以上に警戒して進みます。少しでも違和感を覚えたら、すぐにでも報告して下さい」


「「了解っ!」」


 あぁ、嫌だなぁ……本当なら今すぐ逃げ出したい。

 でも、やらないと。

 命令をこなせない“魔堕ち”は、処分されてしまうかもしれないから。


「行きます」


 廃ビルの入口からゆっくりと身を忍ばせ、建物内に入ってみると。

 思わずウッと顔を顰めてしまった。

 既に入口ですら、血の匂いが鼻にこびり付く。

 こんな生活、もう嫌だ。

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