第5話 出身中学校

 その後も、周囲の家への取材を重ねたが、お留守だったり、よく知りませんと素気なかったり、耳が遠くて会話ができなかったりして、情報を得られたのはプードルのおばさまだけだった。


 とはいえ、山岸家のことはわかった。外村からの文章だけではわからない、生活や家庭環境が見えてきた。


 由依は愛想が良く、挨拶のきちんとできる子。動物好きで、弱い存在を労われる。

 一方で、母親の沙都子は真逆の性格をしていたようだ。だが、我が子に対する愛情は過多。

 沙都子の離婚理由は性格の不一致とのことだが、これは曖昧過ぎる。おそらく別の理由があるだろう。


 今の環境を由依がどう思っているのかが気になった。

 父親の不在を寂しく感じたり、不満を募らせたりしていないのだろうか。学校での生活態度はわからなかったから、やはり同級生や同窓生を当たらないといけない。


 そろそろ学校が終わる頃だろうと、由依の出身中学校に向かった。

 下校する生徒たちとすれ違う。

 今年卒業した生徒のことを一年生に聞いてもわかるわけがないので、小さな子は外し、体がある程度成長している三年生らしき生徒に声をかけた。


 名刺を見せて身分を示してから、山岸由依の写真を見せて尋ねる。

 どの生徒も首を振るばかりで、知らないと返ってくる。

 やはり学年の違いは大きいようだ。クラスの中では異質な存在でも、学校全体となると目立つ生徒ではなかったということだろうか。


 中学生への聞き込みは徒労に終わりそうだと諦めかけたとき、

「芙季子先輩!」

 声量は抑えながらも強い口調で呼び止める声が聞こえた。


 振り返ると、正門から芙季子に向かって走ってくる姿があった。

 水色のシャツに黒のチノパン姿の女性がポニーテールを振り乱してダッシュしてくる。


 見覚えのある顔だが、たまに会う時とは姿がずいぶん違うせいか、脳みそがバグを起こしそうだ。

 混乱している間に右腕を力強く掴まれ、勢いに押されるままに正門から見えない角に連れ込まれる。


「範ちゃん? 大丈夫?」

 肩を激しく上下させている彼女に声をかけると、山口範子のりこは勢いよく顔を上げた。見た事のない怖い表情に、芙季子は息を呑んだ。


「先輩……何をして……るんで……すか」

「何って仕事。範ちゃん、ここの中学校に勤めてたのね」


「仕事……どういう……」

「とりあえず、息落ち着けて」


 範子の乱れた呼吸が整うのを待つ。


 彼女に会うのは今年の正月以来。

 いつもフェミニンな服を着て、髪はコテで巻いている。

 パンツスタイルを見たことがなかった。

 足下はスニーカーで、高校の体育の時間以外に見たことがない。


「それで、先輩。中学生相手に仕事ってどういうことですか」

 落ちついた範子が、きりっとした鋭い視線を向けてくる。


「範ちゃん、なんか怖いよ」

「怖くもなりますよ。知らないおばさんが話しかけてるって生徒が駆け込んできたんですよ」


「おばさんって、私まだ33よ。あなただって32で言われるの嫌でしょう」

「中学生からしたらおばさんですよ。今そんな話してませんって。理由をきかせてください」


「昨夜、市内の高校で起こった事件知ってる?」

「知ってますよ。女子生徒が二人校内で倒れてたって。まさか中学生にどう思うって聞いて回ってたんですか」


「違うわよ。この生徒知ってる?」

 スマホの写真を見せると、範子は表情を一変させた。明らかに知っている顔だった。


「この生徒が被害者なんですか」

「詳しいことはまだだから、被害者かはわからない。でも関係者であるとみて動いてる」


「どうしてわかったんですか」

「事件のあった高校の生徒から教えてもらった。もう一人はわかってないみたいだけど」


「たしかな情報なんですか」

「わたしはそのつもりで動いている。だけどまだ裏は取れていない」


「確かでないなら、止めてください」

「無関係なら集めた情報はすべて破棄するわ。加害者であっても未成年だから名前は出ない」


「でも根掘り葉掘り調べて書くんですよね」

「それがわたしの仕事だから」


「プライバシーの侵害です」

「それを世間は求めてる」


「高校の時に言ってた真実の追求って、こういうことなんですか」

「真相を見極めるために必要なことよ」


「理解できません」

「憶測や捏造でいくらでも記事は書けるけど、わたしたちはきちんと取材をする。いろんな人から話を聞かないと真実と嘘は見分けられない」


「お金を渡すんですか」

「真実と思われる情報、その後も情報が欲しい相手には渡すこともある。でも基本は渡さない。お金によって情報の内容が変わることは避けたいから」


「うちの生徒には渡してないですね」

「渡してないし、ちらつかせてもない。名刺は見せたけど、問題ないでしょ」


「それは、はい、大丈夫です。とにかく生徒への取材は止めてください。しつこいようなら警察に通報しますよ」

「警察ぐらいでびびると思う?」

 挑発するように言うと、範子は非難するように芙季子の顔を見つめてきた。


 二人はしばらく睨みあい、

「なら、あたしのために止めてください」

 範子の言い方に、芙季子はぷっと表情を崩した。


「どうして笑うんですか」

 範子がいつもの少し甘えた声を出す。中学校教師として、普段の自分を抑えているその姿勢に敬意を表したくなった。


「あたしのために、って恋人じゃないんだから」

「17年来の友人のためにっていう意味ですよ」


「わかってるわよ。他に言い方あるじゃない。教師としての顔を立ててくださいとか」

「意味はおんなじですよ。取材、止めてくれるんですか、くれないんですか」


「今日はあなたの顔を立てるわよ。どのみち知っている生徒はいなさそうだったし」

「特に問題児っていうわけでもなかったですから。手のかかる生徒ではありましたけど」


「よく知っているみたいね。教師Aとして、取材させてよ」

「断るに決まってるじゃないですか。あたしたちには守秘義務があるんです。学校での出来事を話すわけにはいきません。さ、帰ってください」


「急かさないでよ。タクシー呼ぶから」

 体を回転させられて、背中を押される。


「バスもありますから。ほら行ってください」

 範子は学生たちと「さよなら」と挨拶を交わしながら、芙季子を大通りまで連れて行き、結局バスに乗るまで目を離さなかった。


 午後5時から保護者に向けた説明会が行われることがわかり、芙季子はもう一度高校に戻ってきた。


 1時間後、開かれた門から出てくる保護者たちに、待っていた報道陣が群がる。

 保護者たちは顔をしかめて足早に駅に向かって歩いていく。

 バス停で立ち止まった保護者はマイクを向けられて、逃げるように離れていく。

  

 芙季子も声をかけたが、みんな通り過ぎていった。学校側からどういう説明があったのか。気になるところではあったが、聞き出せそうになかった。


 保護者たちが出ると、門は再び固く閉ざされた。


 その後、自宅へ戻る電車に乗っている間に、警察から外村が得た情報が届いた。


 学校や近隣の防犯カメラの映像に不審者は見当たらず、また該当生徒の二人は、朝登校したきり下校する姿がカメラに映っていなかったと。

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