01話 俺が魔法少女に!? シャルティ・レッド、爆誕!

その①

 原田はらだ緋奈太ひなたは不良だ。売られた喧嘩は必ず買い、喧嘩相手を必要以上にブチのめして病院送りなんてのはザラだ。地元の定依栖ていえす市で最強のおとこと謳われ、その噂を聞きつけた腕自慢の不良達を悉く返り討ちにする日々を送っていた。


「母ちゃん夜勤で遅くなるみてぇだし、今日は牛丼にすっかな」


 緋奈太の母親はその昔、此処ら一帯を纏め上げたレディースらしく、今は亡き父親も喧嘩では負け知らずの番長だったらしい。大人になっても血の気はそのままで、喧嘩で負けて帰ってこようものなら勝つまで帰ってくるなと家から締め出される程だ。傍から見ればロクでなしの両親なのかもしれないが、緋奈太にとっては尊敬に値する大人だ。


 ――すけ……て……。

 「……あぁ?」


 僅かな夕食代と共に夕暮れ前の街並みを歩いていると、聞き覚えの無い掠れた声が突如として頭の中で鳴り響いた。思わず立ち止まり、声の主を探してみるも見つからない。空耳なのだろうと判断した緋奈太は舌打ちを打った後に再び歩き始める。


 ――たす……て……助け……て……助け……て! 誰か助けて!!

「……っるせーな! 誰だ!?」


 幻聴は何度も何度も反響する。そして反響する度に声量は増していく一方だった。いい加減耳障りに感じた緋奈太は吼えながら辺りを見渡す。それでも呼び止めようとしている奴の姿が何処にも見当たらず、如何ともし難い苛立ちが募るばかりである。


 「ッ!」


 何処に居るんだと辺りを見渡していると、緋奈太の脳裏に見覚えのある道の景色が映る。その道は学校に行く時によく使っていた小道であり、其処はよく身の程知らずに絡まれる場所だったので色々な意味で馴染み深かった。此処へ来い、とでも言いたいのだろうか。


「クソが! ンだよ一体!」


 緋奈太は怒りに身を任せ、深く考える事なく指し示された場所へと駆け抜けていく。数分も経たない内に到着すると、その通りには如何にもな不良生徒達と、傷ついてぐったりとしている黒い小動物を確認出来た。そして小悪党どもは弱っている動物に対して蹴りつけたりしてその小さな命を弄んでいるのだと分かった。


「っ!!」


 それが分かった瞬間、緋奈太は怒髪天を衝く。世界で一番尊敬している母がいつも言っていた。弱い奴を虐める様なクソ共をブッ飛ばせる位強くなれ、と。ずっと言われ続けている言葉でありずっと守り続けている言葉でもある。


「あぁ? なンだァてめェ?」


 此方の存在に気付くや否や男が眉を顰めてガンを飛ばしてくる。緋奈太も負けじと睨み返す。一触即発の空気の中、不良の一人が彼の顔を見た瞬間に顔を蒼くした。

 

「マズイよタカちゃん! コイツ原田緋奈太だ!」

「はらだひなたァ?」

「ホラ! 百人を一人で相手にして全員病院送りにしたって言う定依栖最強の――!」


 男は物色するように緋奈太を見回す。そして鼻で嗤っておちょくり出してきた。


「はっ! どー見てもヒョロそうなチビじゃねーか! どーせどっかのバカがホラでも吹いてるんだろーが!」


 身長が百五十センチ前半しかない緋奈太の額には太い青筋が立っていた。此方を侮って余所見して小馬鹿にしている相手目掛けてゆっくりと接近していく。


「じゃあ俺がコイツぶっ飛ばして定依栖最強になっちま――」


 小悪党の大きく振りかぶって放とうとしたパンチがチビの顔面に届く事は無い。その前に緋奈太が逸早く内臓を破裂しかねないボディブローを放ったからだ。


「がっ……はっ……」


 振り上げた腕は力無く下がり、巨漢はそのまま腹を抑えて蹲る。低い位置まで降りてきた頭頂部にトドメとばかりに強烈な踵落としをお見舞いする。地面に叩きつけられた男はそのまま気を失い、戦闘不能となった。


「まだやんのかコラ」


 昂ぶる激情を抑え切れず、緋奈太が残党に対して睥睨する。すっかり萎縮してしまった取り巻き達は残像が残る程のスピードで何度も首を横に振ると、そのまま悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 ――どいつもこいつも弱いものイジメなんざしやがって。格好悪ぃとか思わねぇのかよ。


 無様に逃げていく小物達の背中を膠鰾にべも無く見逃した後、緋奈太は痛めつけられていた動物の元へと歩み寄った。随分と元気が無いようだが、生きてはいるみたいだ。


「オイ、無事か?」


 誰かに呼びかけられて此処に来た事なんてすっかり忘れていた緋奈太は、一先ず保護しようと手を差し伸べようとした瞬間、さっきまで力無く倒れていた筈の動物がゆっくりと立ち上がり、此方を向いてゆっくり、はっきりと口を開けた。


「ハイ。助けて下さり、有難うございます」

「!!???」


 よく見ると犬の様な、猫の様な、良く分からない、兎にも角にも黒い体毛を生やしている得体の知れない動物であった。それにも緋奈太は驚いたが、何より一番驚いたのは、人間でもない生物が口と舌を器用に動かして喋り、会話を成立させている事だった。

 この現実離れした出来事には筋金入りの不良少年でも流石に面食らったようであり、思わず腰を抜かして後退りしていた。


「驚かせてしまって申し訳ありません。とある事情により、この姿になってしまったのです」

「な、ななな何なんだオメーわ!?」

「申し遅れました。私、ヘルムと申します。以後、宜しくお願いします」

「お、おう。俺は原田緋奈太。此方こそ夜露死苦……じゃねぇ!!」


 未だにこの現実を受け止めきれない緋奈太は狼狽えるばかりであった。それも仕方の無い事だろう、とばかりにヘルムと名乗っている生物は落ち着き払っていた。


「……原田緋奈太さん、でしたよね? 驚くのも無理は無いと思います。……ですが一先ず落ち着いて此方の話を聞いてくれませんか?」

「落ち着けるワケねーだろ!? 大体――」


 言い返そうとした瞬間、緋奈太の目の前にドス黒い線が空間に浮かび上がってくる。其処からヒビが入り、亀裂となって大きくなっていき、辛うじて人間の形をしたが隙間から這いずり出てきた。


「お、おい! アレもお前の仲間か何か!?」

「……マズイ! 緋奈太さん! これを!!」


 声を荒げたヘルムが此方に目掛けて口から何かを吐き出し、そのまま手渡した。それは神々しい程に紅く光る4カラット程の宝石、それと白いフレームのスマートフォンだった。だが、こんなので一体どうしたらいいのか分からずに困惑していると、ヘルムは更に続けた。


「――それを使って変身してください! シャルティエイルに!!」

「はぁ!? シャル……何だって!?」


 意味不明な単語を繰り出すヘルムに対して緋奈太は素っ頓狂な声を上げた。コイツ何か変なモンでも食って頭がパーにでもなってんのか、とばかりに謎の生物を見る少年の目はとても冷ややかなものであった。


「イチイチ説明している暇はありません! 貴方には炎のシャルティエイルに選ばれたという事です! 変身出来る筈です!」

「いやだから何なんだよその……シャル何とかっつーのはよ!?」

「シャルティエイル! 目の前の怪物、ゲンレスターを倒すにはシャルティエイルに変身するしかありません!」


 説明を求めているのにも関わらずまたしても聞いた事のない単語を次々と出してくる始末だった。元々頭の出来は褒められたものではない緋奈太が到底理解出来る筈も無い。


「……よく分かんねーけどよ、オメーはコイツに追い掛けられて困ってるっつーワケだよな?」

「何をお考えで――!?」

「めんどくせぇ! 要はコイツをブッ飛ばして黙らせりゃいいんだろうが!」

「無茶です! 人間の力なんかで敵う筈が――!」


 考える事を放棄し、黒い隙間から出てきた謎の影に対してタイマンを仕掛ける事にする。制止を無視し、渾身の一発を腹部に打ち込む。手応えは確かにあった。そんじょそこらの不良達が悶絶する程の威力の筈だ。異形の存在はビクともしていなかった。


「嘘……だろ……!?」


 喧嘩では負け知らずだった拳が通用しない事実を信じる事が出来ず、緋奈太は何度も殴ったり蹴ったりしてみた。しかし怪物にダメージが入っている様子はない。己の無力さと相手との力の差を思い知り、緋奈太の顔は恐怖と絶望に染まっていた。

 小蠅を払うが如く異形は腕らしきものを振り払うと、少年の身体は数メートルまで吹っ飛んだ。何度も地面に転がり、口の中は血と砂が混ざり合って一緒くたになった。


「一旦態勢を立て直しましょう! こっちです! 早く!」


 悔しいが勝てる気がしない。このまま続けていたら恐らく死んでしまう。口の中の異物を吐き出しながらどうしたものかと考えていると、ヘルムが逃走経路を示した。今は逃げる事しか出来ないが、やられっぱなしのままで終わるわけにはいかない。


「……テメェは後で絶対ブッ潰す!」


 苦し紛れに捨て台詞を吐いた緋奈太はヘルムに追従する形で敵に背を向けて逃亡したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る