第二章 ダークエルフの王国編
第10話:警備隊長との賭け
まだら雲がおもむろに流れている晴天の下。
満たされてない空腹感と喉の乾きで、だらりとなってしまいそうな身体を半ば強引に前進させている。
昨日のあの事件以来、アリシアも俺も何も食べられていない。
お腹が「ぐー」と鳴る音は、もはやゲームのBGMの一部のような感じで気にしなくなっていた。
「お兄ちゃん、まだなの?」
「あともう少しかな・・・」
「それ3回目だし」
急かすアリシアの質問にいつもより優しい口調で答えてみる。
リディアさんの事件もあってしばらく落ち込むだろうと思ったアリシアは、いつもの元気溢れるアリシアに戻っていた。
ブルーオーガに襲撃された時点で、手を合わせて戦ってたらこんな結果にはなっていなかったかもしれない。
昨夜、アリシアに判断ミスについて謝ると、意外にもあっさりと許してくれた。
許してくれたというより、もう気にしてない感じだった。
リディアさんとの会話によると、現在はイレクシア歴1200年だそうだ。
俺がプレイしてた時点がイレクシア歴1250年だったから、ちょうど50年前の過去に飛ばされた事になる。
そして俺とアリシアが悪魔族という・・・絶滅したはずの魔族の一種とのことも判った。
道理で攻略集サイトにも情報がない訳だ。
昨日のリディアさんの反応から見て、この時代でも悪魔族は絶滅したはずの種族・・・。
でも俺とアリシアはこうやって存在している。
すなわち、俺とアリシアが悪魔族の最後の生き残りになるかもしれない。
そして・・・恐れおののいたリディアさんの姿を見て思い出した。
アリシア・ディ・リュミエール。
アストラル帝国の首都を訪れると、たまに耳にする名前。
統一された人間族の帝国『アストラル』の首都に単身で侵攻したことで名高い魔族。
過去の出来事で詳しい情報はあまり残っていなかったが、首都のNPC達が時折口にしていた。
皇帝のゼノンと4大天使長の活躍のお陰で、首都はこうして健在であまり被害を被らなかったと。
「ゼノン様と天使様たちがおらんかったら私達はもう・・・」
などといつもゼノンと天使族を褒め称える街のNPC達であった。
短い期間ではあるが、俺が見てきたアリシアは、とてもそういう事を起こすような人物には見えない。
単身で人間を虐殺しに首都を侵攻するなど・・・到底思えない。
それともこの過去の間、何かしらの出来事がアリシアの心境に大きな変化をもたらした・・などの可能性も考えうる。
悪魔族という事実を迂闊に明かすと、危険を招くかもしれない。
「アリシア、ここからは『トランスフォーム』しとこう」
「なんで・・・?」
「念のためだ」
アリシアの全身は魔力に包まれ、いつぞやの人間族の姿のようになっていた。
人間族からすれば、悪魔族は恐怖そのものだという事はよく判った。
では、同じ魔族からすれはどうなんだ?
戦争を起こし、敗北してしまった悪魔族は、ある意味その責任を他の魔族に丸投げにして勝手に絶滅してしまった感じではないか?
じゃじゃーん!
「実は生きてました!」の感覚で現れても歓迎してくれるのだろうか。
ひょっとしたら同じ魔族からも敵視されている可能性もある。
だとすると、まだトランスフォームして人間のふりをした方がマシな気がする。
魔族のダークエルフからすると、人間が二人来たくらいじゃ、そこまで警戒することではないだろうし。
ここは慎重にいこう。
俺の知るダークエルフの王国は、魔法大国であるアストレリアとゴーレム族の連合による攻撃で、ほぼ壊滅状態に追い込まれていた。
本来なら国が滅びてもおかしくないこの危機的な侵攻を、ダークエルフ族の英雄と称された大魔道士なんちゃらさんが救ったという。
彼はため込んだ全魔力を解放し、自らの命を犠牲にすることで、連合の攻撃を食い止め、国を守り抜いたらしい。
アストレリアの魔法部隊とゴーレム族の軍勢を阻止させたのはいいものの、ダークエルフの王国も既に絶望的な被害を受けていたのだ。
瓦解したダークエルフ族は反撃する余力もなく、自国の防衛に徹するしかない状況となった。
これが当時のストーリークエストをクリアしてわかったダークエルフ族の状況だ。
今はどうなってるのか。
せっかくここまで来た以上、アリシアにあの凄まじい魔力をコントロールする方法を教えられる師匠を探してあげたい。
「お兄ちゃん、あそこじゃない!?」
アリシアが指してる指先を目で追ってみると、そそり立った城塞が視界に入る。
画像で見た壊れかけの50年後の城塞が想像しにくいほど、頑丈そうな魔法の防壁が一緒に施されていた。
入口らしき大問の前には、警備兵も何も見当たらなかった。
「・・・所属と用件は?」
虚空から響いてくる声。
少し見上げても、城塞の上には誰もいなかった。
「所属と用件は?」
急かすような言い草に急いで回答しようとすると、
「お兄ちゃん所属で、用件は・・・魔法を教えてください!」
不思議そうにキョロキョロしていたアリシアは、面を上げて元気よく答える。
「すみません。冒険者ですが、もっと魔法を磨きたくてここに来ました・・・!」
直ちにアリシアの失言を訂正しつつ、敵意がない事を示すべく、ぎこちないスマイルを展開してみる。
「・・・少し待て」
その返事を最後に、しばらく虚空からは何の音もしなかった。
人間族と魔族が仲が悪いのは知っている。
でもこうして礼儀正しく事情を言えば、話くらいは聞いてくれるじゃないか。
魔族は狩るべき存在だと鵜呑みにしていた過去の自分を反省してみる。
閉ざされていた大問がゆっくりと開き始めた。
スムーズに用件を解決できそうで、
「束縛しろ」
「え?」
先程の声の持ち主の命令によって、十数人の警備魔道士達が大問の奥から出てきて俺とアリシアを遠巻きにする。
彼らの肌は、ビーチでよく見かけるような程良い小麦色で、全員がエルフの象徴である尖った耳を持っていた。
高度の魔法の知識を持つダークエルフ族らしく、警備魔道士達も全員一定以上の魔力を有していようだ。
かなり警戒している様子の彼らは、各自の杖を俺とアリシアに向けていた。
「人間族と名乗るとはいい度胸だ」
褐色のローブを纏っている中年の魔道士は、包囲網の後方で腕を組みながら、片方の口角をドヤッと持ち上げていた。
「ア、アリシアは人間族よ! ほら、角もないし」
「角・・・?」
ああ、アリシア・・・これはもうアウトだ。
「私はこの王国の警備隊長を務めるバルザック・ドランガルだ。
たかが人間族がそれほどの魔力を持つなどありえん。
正体を明かさぬつもりならば、侵入者として処理するまでだ」
警備隊長と名乗ったバルザックは、呆気なく俺たちの正体を見破り、断固とした口調で警告を言い放った。
目尻と口元にある深いシワは彼の貫禄を感じさせ、他のダークエルフより肩幅とがっしりとした体格は、警備隊長としての責任感を物語っているようだった。
小麦色の肌に栗色の髪と瞳、そしてそれを覆う全身の茶色のローブまで・・・カモフラージュも兼ねているのか?
バルザックの発言が終わった矢先、俺たちを取り囲んでいた警備魔道士達の杖の先に魔力が集まっていく。
アリシアの禍々しい魔力に慣れてるせいか、思ったほどの魔力ではなかった。
でも俺達はここに戦いに来た訳ではない。
魔法を教えてくれそうな者を探しに来た以上、どうしても下手に出るしかない。
「分かりました。騙したことについては謝ります。こっちにも事情があったので・・・」
と尻すぼみに言いつつ、『トランスフォーム』を解除する。
それを見たアリシアの「えー お兄ちゃんのせいでバレた」の愚痴は敢えて相手にしない。
トランスフォームの解除とともに、二本の黒い角が頭から生えていく。
「悪魔族・・・? ありえない・・・」
「でもあの黒い角は確か・・」
「生き残りがいたのか・・・?」
リディアさんの時みたいに恐れわなないたりはしないが、遠巻きにしている警備魔道士達はかなり動揺しているようだった。
でもこれなら、まだ話が通じる余地はある。
リディアさん達は恐怖のあまり、会話自体が成立していなかったから。
「なぜ正体を隠した? 悪魔族がここに何の用だ?」
バルザックは真剣な目をしていた。
絶滅したはずの悪魔族・・・そういう俺達が今更なぜ、ダークエルフの領地に正体まで隠して現れたのかを聞いているようだ。
それは・・・、
「可愛くないから!!」
「うん・・・?」
「角見られたらみんな怖がるし・・それは可愛くない・・・!」
とアリシアが割り込み、両目に力を入れながらバルザックの質問に答える。
多分、いや、確実に予想外の回答に両目が点になって困惑しているバルザックに、
「アシュタロスと言います。こっちは妹のアリシアです。目的は先ほどお伝えした通り、魔法の知識を求めて来ました。ダークエルフは魔族の中でもずば抜けた魔法の実力で名高いので」
と救いの言葉を差し伸べてみる。
バルザックは警戒を解かず、少し考え込むと口を開いた。
「話は理解した。だが、お前たちを通す訳にはいかん」
バルザックは俺達を通すのに危険要素が多すぎると言った。
危険どころか、俺達が偽装した侵入者の場合、彼は侵入者を目の前で通した責任を問われ、処刑になるそうだ。
第一次天魔戦争が終わってかなりの時間が経ったとはいえ、イレクシア内では未だにあの時のトラウマが色濃く残っているように見えた。
なにより、彼は俺とアリシアが悪魔族という事実さえ疑っているようだった。
「魔族らしく力で勝負しましょう。バルザックさんが負けたら、この国で一番強い魔道士を紹介してください。それだけでいいんです。
代わりに、俺が負けたらこの角を差し上げます。この角は、俺たち悪魔族の魔力の真髄です」
頭上に生えてる黒い角を指で指しながらバルザックの反応を伺う。
この黒い角が本当に悪魔族の魔力の源かどうかは知らない。
しかし、それはお互い様だ。
相手も悪魔族に関してはあまり情報を持っていない。
実際、俺たちが悪魔族かどうかさえもあやふやな様子だから。
魔力の強さを追求する彼らにこのはったりは通じる・・・!
「この国で一番の魔道士だと? ずいぶん生意気な若造だな・・・いいだろう」
幸い、バルザックも挑発に乗ってくれて勝負は成立した。
勝負の内容は至って簡単。
両者がフィールドの両側に立ち、相手に向かって己の魔力を撃ち放つ。
先に降参したり、戦闘不可能な状態になれば負けだ。
単なる魔力による力勝負ということだ。
「バルザック様の勝利に決まってるしょ・・!」
「あの方にも認めてもらったしな!!」
周囲の騒めきを遮断し、右手に感覚を集中させる。
プレイヤーだった時代、魔族との戦闘を思い出してみる。
そのほとんどが一般のプレイヤーより優れた魔力を持っていた。
バルザックの魔力も悪くはないが、この程度なら前のキャラクターでも簡単に勝てるくらいだ。
今はむしろ、どう上手く魔力のさじ加減をすればいいかの問題だ。
この身体に入ってまだそれ程の時間が経ってない。
魔力コントロールの練習を怠ってはないが、まだ慣れきってもないのだ。
バルザックと俺はフィールドの両側に立ち、中央の警備魔道士の合図を待っている。
「ふふん。お兄ちゃん、緊張してるんだ」
「いや、大丈夫」
ニヤリと笑ってすり寄ってくるアリシアに何かしらの不安を感じ、短く即答する。
相手の魔力に勝る威力を放出しつつ、相手を殺さない程度の繊細な魔力のコントロールが必要だ。
バルザックが握っている杖に神経を研ぎ澄ます。
数秒ほどの静寂。
唾をごくりと飲み込み、開始の合図を待つ。
「イレクシアー!!」
「ん?」
真ん中の警備魔道士の気合の入った掛け声と同時に、バルザックの杖の先から魔力の光が撃ち放たれる。
狼狽えながらも瞬時に右手から魔力を発散させ、直線上に飛んでくる魔力の塊めがけて撃つ。
「よーい、スタート!」とかじゃないのかよ・・・!
いきなり「イレクシアー!!」と叫んでおいて開始するのはどういうことだ。
ドカーン!
ぶつかり合った二つの魔力の塊は、互いを反対方面に押し出している。
〘魔神の身体への転移に伴い、設定済みの言語システムに問題が生じている可能性があります。『イレクシア』とは、双方の合意のもとで行われる勝負を指す、イレクシア世界の言葉です〙
ややこしいな。
これから重要な局面ごとに訳のわからないイレクシア語が飛び交ったら困る。
〘使用者に混乱が生じる可能性があるため、設定済みの言語システムを一時的にオフにします〙
「sgほあ!!svgんhさおhごまcs;dふぁx,s;!!」
アリシアが必死な顔で何かを全力で伝えてるようだが、全然聞き取れない。
生まれて初めて英語が簡単に思ってきた。
カノンちゃん、言語システムを元に戻して。
お願い。
〘言語システムの設定を元に戻します。確認の結果、言語システムのエラーの発生原因は特定できませんでした。修復に更に時間を要します〙
原因不明か・・・下手したらゲーム内の言語まで勉強しないといけないのか?
「お兄ちゃん・・・!! 負けちゃうって!!」
気がつけばバルザックの魔力の光が中央の警備魔道士を通り越してこっちに近寄っていた。
相手は思ったより雑魚ではなかったみたいだ。
少しだけ魔力を上げてみよう。
「恥ずかしいけど、お兄ちゃんが負けるのは嫌だから・・・!!」
高揚した声色のアリシアは勢いよく詰め寄り、片手で着ているワンピースの波打つ裾を少しだけ持ち上げる。
ぶつかり合う二つの魔力が放つ光に照らされ、中に着ているピンク色のパンツがほんの一瞬輝いていた。
「アリシア・・・!?」
「リディアさんから聞いたけど、男の人ってこうすれば強くなるんだって!」
つい集中力が乱れてしまい、制御していたはずの魔力を上回る魔元素の量が一気に放たれていく。
自信たっぷりの表情でパンツを見せつけるアリシアは、「ほら、ね」と言わんばかりの表情をしていた。
リディアさん、いつの間にあんなデタラメな情報を・・・。
俺の放った魔力は瞬く間に中央の警備魔道士を通り過ぎ、バルザックの方に距離を詰めていく。
ブレーキーを掛けようとも、既にバルザックの目前まで撃ち放たれた攻撃を止めるには手遅れだった。
「くっ・・・!!」
慌て気味のバルザックも顔をしかめ、杖を通して増幅された魔力を更に撃ち放つ。
それでも魔力の流れはバルザックの方に傾き、後もう少しでバルザックに直撃しそうだ。
「そこまでだ・・・!!」
低くて厳しい声がフィールド上に響き渡る。
突如として介入してきた魔力の塊は、俺とバルザックの魔力を丸ごと消し飛ばす。
衝突していた二つの魔力は跡形もなく大気中に散らばっていく。
「君はバルザックを殺す気か・・・!」
「ガルディオス様・・・!」
「「「ガルディオス様・・・!」」」
バルザックと警備魔道士達は声のする方向へと片膝をついて跪いた。
そのダークエルフは、バルザックと同様、小麦色の肌で尖ってる耳を持っていた。
恐らくダークエルフという種族は、全員小麦色の肌を持っているようだ。
違うところと言えば、金色の文様が緻密に刻まれた藍色のローブと、その上に聖職者がよく首から掛ける帯(ストラ)のような物を首に掛けていて、それにはより複雑な金色の文様が施されていた。
その割に握られた杖は至ってシンプルなデザインで、まるで駆け出しの魔道士がよく使いそうなモノのようだった。
肩にかかる灰青色の長髪は柔らかく光を反射し、深い彫りのある顔立ちは威厳と冷静さを兼ね備えている。
切れ長の薄緑色の瞳は静かに怒気を湛えながらも、内に秘めた強い意思が感じられる鋭い視線で、俺とアリシアを見据えていた。
もし俺が映画監督であれば、高貴な雰囲気を漂わせる彼こそ公爵役に打ってつけだと断言できる。
「その者たちを中に案内したまえ」
「はい・・・!」
低く響くガルディオスの言いつけに、力を落としてるように見えるバルザックだった。
全力ではなかったとはいえ、俺とバルザックの魔力を簡単に弾き飛ばすとは・・・きっと腕の立つ魔道士に違いない。
「案内する。こっちだ」
肩を落としたバルザックが前を先導していくのを見て、俺とアリシアも後ろから城塞の大門を通り抜けてダークエルフの領地に赴いた。
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