第3話 次は誰が血を流す?

 檻の中、太陽の木漏れ日で目を覚ます。


「……これが、文明の利器か」


 腰が、腰が痛くない。このベットのおかげだ。

 さらには毛布のおかげで夜も暖かかった。

 そして当然、泥もついてない。それどころか、顔も洗える。


「ひゃぁっ、最高だ!」


 このまま体まで洗っちまおうか。……なんて。



「……あいつ、あんな小さい洗面所でシャワー浴びだしたぞ」

「ほんとだ。過度なストレスだろうな。軍法会議がよっぽど怖いんだろ」


 檻の外では軍人たちが俺を見ていた。

 しかしさっと目を逸らしてくれる。


 魔物たちは目を合わせるなり襲いかかってきていた。

 当たり前だが、理性のある人間って優しくていいな。美味しいご飯にホカホカご飯。俺の帰りも待っていてくれた。


 しかしふと中尉の言葉を思い出す。


 なぜ彼は報告書を虚偽だと思っているのだろうか。


 俺の字は確かに綺麗なほうじゃないが、しっかりと書いたはず。


 ……もしかして泥で字が見えなかったのか?

 だとしたら俺が悪いな。しっかり確認していなかった。


「――ヤマギシ二等兵」


 すると中尉の声がした。ふと頭を上げると檻の外で満面の笑みだ。

 よっぽど良いことがあったのだろうか。


「おはようございます。いい朝ですね」

「外は晴れ、最高の軍法会議日和だ。どうだ、もうすぐだぞ。楽しみだろう?」

「凄く楽しみです!」


 これでようやく疑いも晴れるのだ。嬉しくないわけがない。

 こんな朝から中尉自ら様子を見に来てくれることも気にかけてくれている証拠だろう。


「……ふん。いつまでもそんな言葉を吐けると思うなよ」


 しかしほんと感情豊かな人だな。今はちょっと不服そうだけど。

 上に立つのはしんどいっていうし、俺は二等兵のままでもいいな。


 それからまたパンを頂けた。美味しくてたまらない。

 お昼は何を食べようか。


 っと、日課の鍛錬をしておくか。



「おいあいつ、ベッドを持ち上げ始めたぞ。何するんだ?」

「ついにストレスの限界か……放っておくぞ。いちいち相手にしてたら面倒だ」


 ベッドを小指で持ち上げ、日課のスクワット。

 前線では岩を持ち上げていたが、ベッドは指をひっかけやすくていいな。


 とはいえ、ちと軽いが。


 そういえば俺の巨剣相棒はどこにあるだろう。

 丁寧に馬車に積み込んでくれていたが、それだけ気にかかるな。



 ふたたびシャワーを浴びていたとき、ついにお呼びがかかった。


「ヤマギシ二等兵。軍法会議だ。出ろ」

「はい!」


 地下通路を通って連れて行かれ先、大きな扉の前で足を止める。

 俺、中尉、そしてお付きの軍人が四人ほど。


 扉を開いて中に入ると、左右には立派な階級を付けた軍人が座っていた。

 全員で五人ほどだろうか。思っていたよりは少ないが、雰囲気が重苦しい。


 とはいえしっかり報告せねば。


「連れてまいりました。こちらがヤマギシでございます」

「ご苦労」


 俺を歓迎してくれたのは、白髪交じり、顔に痣がある50代ぐらいの男だった。

 ほんの少しだけ中尉と目くばせをして、何か合図を送ったように見えた。


「ではヤマギシ、そちらに立つが良い」


 まるで法廷のような場所に立たされる。


「はっ」

「ここに連れてかられた理由はわかるか?」

「もちろんです。報告書の件だと理解しています」

「そうだ。度重なる虚偽報告、そして一番の問題は、トルニア少尉がお主に殺害されたという件だ」

「……殺害?」


 俺は身に覚えのない名前に眉をひそめた。

 報告書には記載していない名前だ。


「存じ上げておりません。どなたでしょうか?」

「報告書を受け取っていた少尉だ。お主がやった証拠は、ゲルマン中尉によって既に挙がっている」


 証拠……一体何の話をしている?

 するとゲルマンが声を上げた。


「私は見ました。ヤマギシが偽造報告書を問い詰められ、トルニア少尉を殺したところを」

「いや、そんなこと――」

「既にテント内から持ち出された証拠がある。殺害に使われた剣、少尉の衣類、悪いが言い逃れはできんぞ」


 さっと持ち上げられたものは、一度も見たこともない服だった。

 けど、おかしいな。


「これは違います。ありえません」

「ありえないだと?」

「私が任務についていた前線は砂と泥にまみれています。テント内にあるのならば、泥や砂がついているはずです」


 事実、俺の服はかなり汚れている。

 行けばわかるだろうし、テント内のすべての衣類が汚れているはずだ。

 例え箱に厳重に管理していても、すき間から汚れてしまう。

 魔力が付着していて汚れが取れず、あの場所で綺麗にするのも不可能だと確かめればわかるはずだ。


「……お主の話は聞いておらぬ。度重なる虚偽報告、殺人への証拠、ただそれを確認したかっただけだ」

「どういう――」

「これにて軍法会議は終わりとする」


 すると老兵は俺の言葉を断ち切った。

 周りも同意し、聞く耳を持たない。ゲルマンが敬礼し、話を終わらせようとする。


「私は誰も殺していません。虚偽の報告も一切ございません」

「もう終わったのだよ。ゲルマン中尉、報告をありがとう」

「とんでもございません。ヤマギシ二等兵、いや、ヤマギシ。お前はもう終わりだ。無実な人を殺した罪を償え。――だから反対だったんだ。流れ下民を軍に入れることを」

「その通りだ。これで上層部も考えを改めるだろう。流れ者下民は必要ないと」


 その言葉で、俺はすべてを理解した。

 流れ者下民とは、国の外から来た人たちを軽蔑する言葉だ。


 軍の中にはそれを心よく思ってないものがいると聞いた事もある。


 つまり彼らは俺をダシにして気に食わない連中を追い出したかった。


 更についでのように殺人の罪もかぶせやがった。


 俺は一人で前線で戦っていた。

 その仕打ちがこれか?


 軍は規律を重んじる。


 そう聞いていたが、それは全くの嘘だったらしい。


「さて、ゲルマン中尉。よろしく頼むぞ」

「はっ」


 すると突然、五人の兵士とゲルマンが剣を構え始めた。


「形式は終わりだ。魔法の録音は既に終わった。お前の音声だけは偽造させてもらうがね」

「……どういう意味だ」

「お前は脱走を試みた。私たちは凶行に及んだお前を殺す。これで終わりだ」


 何もかも腐っているらしい。

 そうか。 


 俺は、好き勝手に生きてやる。


「じゃあなヤマギシ、お前の虚偽の報告書は助かったよ。流石に嘘の書類を書けという命令は難しいからな。――さらばだ!」


 そして中尉は俺の頭をめがけて剣を振りかぶった。

 

 しかし次の瞬間、血しぶきを上げたのは――ゲルマン中尉だ。


「ぐぁあっっあああ……な、なんだ、なんで私の右腕がああああああああああああ」


「一ついっておく。俺は血を見ると殺意が高まるんだ。幼少期の環境が悪くてな」


 俺は身体を翻し、ゲルマンの剣を奪って右腕を落とした。

 巨剣相棒と違って小さな剣で頼りないが、致し方ない。


 冒険者になれば金を稼げると聞いた事がある。


 次はそれを目指してみるか。


「じゃあ、次は誰が血を流す?」


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